第80話 先生の先生

 それからあっという間に3週間が過ぎた。

 毎日、午前中はルティスが練習しつつ、そのあとは夕方までベッドで寝込んでいた。


 そして、午後になると昼寝を終えたティーナが起きてきて、リアナに少し指導するという流れで日々が過ぎていく。


 この日も指導の合間にお茶を飲みながら休憩をしていた。


「……アンナベルから教えてもらってたら早かったんだけどねぇ」


 そうぼやきながらも、ティーナはなんだかんだと光魔法以外についても教えてくれていた。


 ただ、あっという間に部屋を散らかしっぱなしにするわ、風呂場にまで下着をそのままにするティーナに、リアナは毎日ブツブツと文句を言っていたのだが。

 それを全く気にもしないティーナは大物というか、大らかだというか。外見と中身は違うのだということがよくわかる。


「――前読んだ本に、600年ほど前に王都を魔族が襲ったって書かれていたのですが、ティーナさんはご存知ですか?」


 休憩のときに、リアナは以前カレッジの文書館で読んだ本についてのことを尋ねてみた。

 その本には、聖魔法に似ているけれど違う魔法、という記述があった。可能性として、自分が今学んでいる光の魔法が、それに該当するのではないかと思ってのことだ。


「あー、そうね。守護者が最後に人の前に現れたのがそれだと思うわ」


「守護者って、前に言っていたあの?」


「ええ、最強の魔族のひとりね。私はその話あとで聞いたくらいだけどね」


「そうなんですね。……そのとき倒したのって、やっぱり光魔法士だったんでしょうか?」


「そうよ。名前は忘れちゃったけど、あなたのご先祖様」


 ティーナは大したことでもないという雰囲気で、さらっと答える。

 とはいえ、それが事実ならば、王都の聖魔法たちでも敵わなかった強大な魔族を倒したのは自分の先祖だということになる。

 まさか自分がそんな偉大な魔法士の血を引いているとは思ってもいなかった。


「……光の魔法が使える子はみんな、私の親友の子孫だから」


「それは、この本を書いた方ですか?」


 リアナは手に持つ魔法書を見せながら聞く。

 もちろん本名ではないだろうが、「紫の魔女」と名乗っていたのだろう。


「そうね」


「……すごい方だったんですね」


「まー、凄いのは凄かったけど、生真面目過ぎてねぇ……」


「あー……」


 本を読んでいてもそれは伝わってきていた。

 字は綺麗とはいえないが、記述がやたらと細かいのだ。

 そのおかげで、理解は早かったということもある。

 しかし、同じことを何度も細かく書いてあったりして、絶対に読み間違えさせない、というような徹底ぶりだった。


 そして、きっとそんな性格ならば、ティーナとはウマが合わなかっただろう。


「潔癖症だったしね。……よくそれで男ができたわぁ。と言っても、男ができたからあなたがいるんだけどねぇ」


「……。ティーナさんがズボラすぎるんです。よくもまぁこんな生活習慣で、これまでひとりで生きてこられましたね」


「あはは、まあまあ。……細かいところ、あの子とそっくりなのは勘弁してよ」


 自覚はあるのか、ティーナはリアナの小言を宥めるように両手を突き出した。


「違います、私はふつーですよぅ」


「まー、ルティスさんは我慢強そうだし、良かったわ――あら? あの子が来てるみたいよ?」


「あの子って……? お母さん?」


「そうそう」


 ティーナが突然斜め上を見るように顔を上げた。

 まだリアナには何が来たのかは感じられなかったが、そろそろアンナベルが王都に来てもおかしくない頃だとは思っていた。


「まだ王都の入り口くらいね。……出迎えでもする?」


「そんな離れててもわかるんですか……。出迎え……うーん」


 それほど離れているなら、全くわからないのも当然だと思った。自分でわかるのは、せいぜい目で見える範囲くらいなものだ。

 王都の入り口と言えば、馬車で1時間もかかる距離で、他の住民のノイズが大きすぎた。


 母に会いたい気持ちがないわけではないが、基本的に自分には厳しいことしか言わないというのもあって、あまり乗り気ではなかった。


「あはは、だいじょーぶよ。私がいるもの」


「…………だから心配なんですよ……」


 軽い調子で言うティーナに、リアナは苦い顔をしつつ聞こえないように呟いた。


 ◆


「――何者だ!」


 王都の入り口から王宮へと真っ直ぐ向かう通りで、ムーンバルト侯爵が乗った馬車の列を塞ぐように、ティーナが仁王立ちする。

 それに付き合わされたリアナは頭を抱えてうなだれる。


(ティーナさん、本気だったんですね……)


 どうやって出迎えるのかを聞いたとき、「普通に止める」としか言わなかった彼女が、どういった行動をするのかとドキドキしていた。

 それがこれほど堂々と道を塞ぐとは……普通ならば切り捨てられてもおかしくない。


「侯爵に用事があるの。ちょっと良いかしら?」


「良い訳無いだろう! 邪魔をすると成敗するぞ!」


 ティーナが軽い調子で先導する騎士に声を掛けたが、全く取り合ってくれる気配はない。

 「そんなの当たり前だ!」と思いながら、リアナは仕方なくフォローに入る。


「失礼します。私、アリシアお嬢様付きのリアナです。セドリック様に急ぎお伝えしなければならないことがございまして、失礼とは思いますが参りました」


 それまでティーナにばかり目が行っていた騎士団の面々が、一斉にリアナに視線を向ける。

 彼女の顔を見て、表情を変えるのがすぐにわかった。


「リ、リアナ……様!?」

「お、おい……。どうする……?」

「どうするもないだろ、判断仰ぐしか……」


 先頭の騎士団員たちがざわつく様子が伝わったのか、ひとりだけ鎧が異なる騎士がリアナの前まで来て、彼女を見下ろした。


「間違いない。……リアナさん、お久しぶりです。ご用はなんでしょうか?」


「アルベストさん、お久しぶりです」


 リアナはペコリと頭を下げたあと、隣りでのんびりしていたティーナの頭を掴んで強引に下げさせた。

 隣から「なにするのよぅ!」と抗議の声が聞こえるが、一切気にしないことにした。


「……あはは」


 笑ってごまかそうとしたリアナだったが、今度は馬車の扉が開いて中からひとりの女性が降りてきた。

 その顔を見て、リアナの顔に緊張が走る。

 しかし――。


「あー! ベルちゃん! ひっさしぶりぃ~」


「…………恥ずかしいからやめてください、先生」


 陽気な声でぶんぶんと両手を振ったティーナを見て、アンナベルのほうがガックリと頭を抱えた。

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