第79話 副作用
「あら、もう起きてこれたの? 予想外……」
ルティスが階下に降りて食堂に顔を出すと、先に来てアリシアと話をしていたティーナは意外そうに首を傾げた。
リアナとライラはまだ厨房なのだろう。
良い匂いが漂ってきていたが、まだテーブルには何も並んではいなかった。
「こうなるのわかってたなら、先に教えてくださいよ……」
「あっはは。言ったところで、どうにもならないもの」
「そうかもしれませんけど、心の準備というものがですね」
ルティスが抗議するが、全く気にも留めないティーナは軽く笑うだけだ。
ただ、確かに事前に聞いていたところで、やらないという選択肢は無かったし、同じことなのかもしれないと思いながら、ルティスは椅子に座った。
「ティーナさんの『予想外』ってのは、どういう意味?」
アリシアが疑問を口に挟んだ。
「んー、もっと寝込むかなって。これまでに教えた子が何人かいるけど、長い子は3日くらい立てなかったもの」
「…………!」
ティーナの話にルティスは絶句する。
もし、先にそれほどのことが起こる可能性があると教えられていたならば、自分も躊躇したかもしれないと思えた。
だからティーナは言わなかったのだろうか。
「だから、すごく早いほうよ。他人の魔法の構成の中に巻き込むって、かなり危険なことだから。私はまだ弟子を廃人にしたことはないけれど……」
「廃人……」
「まぁ、昔はそんなこともね。今は詠唱とか構成の技術も進歩してるから普通の魔法でそんなことはないけど。時間魔法はそういうの無くて、身体で覚えないといけないから難しいのよねぇ……」
確かにティーナは魔法を使うときに詠唱をしたりはしない。
それは普段リアナがするように、弱い魔法であれば詠唱無くとも発動できる、というのとはどうやら違うように聞こえた。
「ってことは、時間魔法はそもそも詠唱とか無いってことですか?」
「そうよ。最初に言っておく話だったかもしれないわね。……ま、いっか」
ペロッと舌を出して笑ったティーナからは、悪気は全く感じなかった。
ただ――。
(リアナもティーナさんも、なんでこうも力技なんだろ……?)
もう少し優しく指導してくれてもいいじゃないかと思いながら、自分の境遇に苦笑いを浮かべた。
◆
「食事してみて、気分はどうですか?」
夕食後、リアナが不安そうな顔でルティスに尋ねた。
今日の夕食はきのこを多く使ったリゾットと、野菜たっぷりのスープだった。
柔らかく煮て食べやすいように気を遣ってはいたものの、それで充分だったのかどうかわからなくて。
「ええ、もう大丈夫です。美味しかったですよ」
「よかったです。それでは、お茶淹れてきますね」
ほっとした顔で厨房に向かったリアナを目で追ったあと、ルティスはティーナに声をかけた。
「ティーナさん、これまでの人って、どのくらいかかったんですか? 魔法を覚えるまで……」
「んー、ピンキリだったわよ。駄目な子は半年かけても結局覚えられなくて諦めたし」
「そ、そうなんですね……。早い人は……?」
「一番早かったのは1週間くらい? 私の娘」
ティーナが昔を懐かしむような顔を見せる。
あまり聞くのは良くないとは思いながらも、ルティスはその時のことを尋ねた。
「それって、どのくらい前の話なんでしょうか?」
「ええっと……。確か、500年……? 違うか、もうちょっと前かな……? 忘れちゃったわ」
「そんなに……昔の話なんですね……?」
ルティスは驚きつつもティーナの顔をじっくりと見た。
その視線に気づき、彼女はにっこりと笑顔を浮かべる。
「……私の歳、知りたいんでしょ?」
「そ、そんなことは……」
「へぇー、そーなんだ。教えてあげてもいいって思ってたんけどなー」
ティーナがわざとらしく言うが、ルティスはどうしたものかと悩む。
しかし、そこにお茶を持ったリアナが顔を出して、冷たい視線をティーナに向けた。
「ルティスさんをからかって遊ばないでください。歳くらい、別に……」
ティーナは口を「ぶー」と鳴らして、ルティスを横目で見た。
「ルティスさんの彼女が虐めるぅ……」
「虐めてません。……むしろ昼間虐められたのは私ですよ。ぷんぷん」
「あっはは。ごめんごめん」
謝っているのか笑っているのかわからないティーナの前に、リアナは「ガチャッ!」とお茶を置いた。
明らかに不機嫌そうに見えるが、それでもお茶を溢したりはしない。
「まぁまぁ。でも、歳はいいとして、ティーナさんってなんで若いままなんですか?」
それまで黙っていたアリシアが、ふたりをなだめるように割って入った。
とはいえ、ティーナは別に不機嫌なわけではなく、いつものように遊んでいるだけなのだが。
「……これはね、私も詳しく知らないんだけど、魔法の副作用じゃないかって思ってるの」
「副作用……ですか?」
「たぶんだけど、時間魔法って魔法を使い続けてる限り、術者自身の時間も止まるようなのよね。不思議なんだけど」
ティーナ自身、理由がよく分かっていないといった口調で説明する。
しかし、その説明を聞いて、ルティスが疑問を挟む。
「使い続けてるってのは、誰か他の方に対して使ってる、ってことですか?」
ティーナはしばらく目を細めて思考を巡らせてから、ゆっくりと小さく頷いた。
「……そうよ。1000年以上、私は魔法を使い続けてるの。いつまで続くかは私にもわからないわ。誰かに変わってもらうわけにもいかないしね……」
そう呟いたティーナは、それまでの楽しげな口調とは違っていた。
むしろそれは諦めにも似た、重たいなにかを彼女が背負っているような。そんな感覚をルティスは覚えた。
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