第78話 個性

 皆に頼みたいことがある、というフェリックにアリシアは頷く。


「とりあえず、聞きましょうか」


 フェリックがここに来たのは、もともとエドワードからの手紙を渡すためだ。

 そのことについて伝えようというのだろう。


「ありがとうございます。アリシアさん、これが手紙です。詳しくは中を見てもらえたらと思いますが……。ちょうど1ヶ月後、王宮で国王陛下の生誕記念式典が開催されます。今年は50歳の節目ということもあって、盛大に行われるようでして、多くの参加者が集まる予定です」


「へぇ……。そうなのね……」


「となると、その中に良からぬやからが紛れ込むことも考えられます。ですので、アリシアさんも来賓として参加していただきつつ、腕の立つ皆さんにも周りに目を光らせていて欲しいのです。もちろん、何もなければ普通にパーティーを楽しんでいただければ、と」


 フェリックの話を要約すると、つまり警備員のようなことを参加者に紛れて行って欲しい、ということだろうか。

 しかし、アリシアはなんとなく引っかかるものを感じた。


「でも、王宮でしょ? 十分な兵士もいるでしょうし、むしろそういう人を増やすほうがリスク高くない? だって兵士の格好をした人が立ってる方がよほど抑止になるもの」


 当然のこと、王宮で働く魔法師は優秀な者ばかりだ。

 聖魔法士だって幾人も抱えているし、たとえ魔族に襲われたとしても対処できそうに思えた。

 それを問われたフェリックは、首を傾げながら考えを巡らせる。


「……確かに。僕が知る限り、過去このような要請があったという話は聞いたことがありませんね」


「そういう警備の者が参加者に紛れている、って喧伝するならともかく。流石にそれはしないでしょうし……」


「そうですね。……ただ、僕にはそれ以上わかりません。父さんなら何か知っているかもしれませんが……」


 確かにアリシアの考えには引っかかるものがあったが、ここで何を話したとしても推測に過ぎない。

 経験も豊富にあるだろうと、アリシアはティーナに尋ねた。


「――ティーナさんは、何か想像つきますか?」


「んー、ぜんぜん。想像で良ければあるけど……」


「例えば?」


「そうねぇ……。たとえば、何か予告状でも届いているとか? あとは、腕の立つ者を王都に集めたいって意図だとしたら、その間は王都以外の守りは疎かになるわね」


 なんとなくワクワクとしたような表情で、ティーナが指を折りながら思いついたことを挙げる。


「うーん……。ま、いいか。……お父様も来るのかしら?」


「既に招待状は届いていると思います。この国の男爵以上の貴族すべてに案内は出しているはずですから」


「なら来るかな……。となると、先生も……」


 アリシアの父であるセドリック侯爵が来るのであれば、間違いなく護衛としてリアナの母であるアンナベルも来るだろう。

 それを聞いて思い出したようにティーナが手を叩いた。


「あっ、そーいえば『近いうちにまた会うでしょう』なんて、意味深なこと言ってたわ、あの子……。私に隠し事するなんて! きっとこの話のことね」


「なるほど。……どっちにしても、王都が騒がしくなりそうね」


 アリシアはそう呟きながら、「ふぅ」と息を吐いた。


 ◆


「ルティスさん、失礼します」


 フェリックが帰ったあと、寝込んでいるというルティスが心配になったアリシアは、彼の寝室へと来ていた。

 部屋に入ると、クッションで上半身を少し高めにしつつ、ベッドで横になっていたルティスは、アリシアのほうに顔を向ける。


「……アリシア」


「リアナから聞いたの。なんか魔法の練習で気分が悪くなったとかって」


 アリシアは、彼のベッドすぐ横にしゃがみ込んで、同じ高さの目線に合わせた。

 ランプの灯りだから顔色はわからないが、いつもとそれほど大きく変わるようには見えなかった。


「うん、ティーナさんの魔法が理解できないと、こうなってしまうみたいで。でも、昼間よりはだいぶマシになったよ」


「それは良かったわ。夕食は食べられる?」


「少しなら。昼も食べてないし、何か入れとかないと寝られそうになくて……」


 時間が経つにつれ、だんだんとお腹が空いてきていた。

 それはつまり、体調が回復してきているということでもあるのだろう。


「それじゃ、リアナに伝えておくわ。軽いものの方がいいわよね?」


「そうですね。よろしくお願いします」


「うん。……それじゃ、また呼びにくるね」


「はい」


 アリシアはルティスの頬にそっと手を這わせて、愛おしそうな顔を見せたあと、まっすぐ部屋を出ていった。


 そろそろ起きないと、と思って体を起こす。

 まだ多少は残っているとはいえ、それまでの視界が歪むような酷さはほぼなくなっていた。


「よっと……」


 ベッドから降りて立ち上がってみる。

 ……大丈夫そうだ。


 そのとき、部屋の扉がノックされ、すぐに開く。


「入ります。……あ、ルティスさん、どーです?」


 立っていたルティスに会いに来たのは、今度はリアナだった。

 アリシアから聞いて来たのだろう。

 起き上がっている、ということにまずは安堵の表情を見せつつ、すぐに近くまで寄ってくる。


「だいぶマシになりましたよ」


「良かったです。……でも、これからもしばらくこんな調子なんでしょうか……?」


「さぁ……。ティーナさんに聞いてみますけど、毎日これは辛いですね……」


 「大丈夫」だとアピールするように、ルティスはリアナの頭に手をポンポンと乗せて、少し口元を緩めた。


「無理はしないようにしてくださいね。それでは、私は食事の準備に戻ります。あと15分くらいだと思いますから、ゆっくり降りてきてください」


 リアナは一度ぎゅっとルティスに抱きついてから、向きを変えつつ、後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、名残惜しそうに部屋を出ていった。


(やっぱ個性あるよな……)


 だいぶ頭が回る用になってきたこともあって、アリシアとリアナのふたりの様子を思い返す。

 先程のようにちょっと様子を見に来ただけでも、それぞれの個性がなんとなく現れているように感じた。


 アリシアはどちらかというと対等なパートナーというような感じで接してくる。

 考え方も行動も、自分の意志をはっきり持ちつつも、周りの意見もちゃんと尊重する。精神的にも強くて大人だ。

 一緒にいると、ほっと落ち着くことができる雰囲気を持っているのも彼女の特徴だろうか。


 一方、リアナは最初の印象とは全く違って、精神的に弱いところが散見された。

 思いのほか心配性なところもある。かつて魔法の練習で痛めつけられたことなど、アリシアのためを想ってか、相当無理していたのではないかとも思ったくらいだ。

 ふたりでいると際限なく甘えてくるのが可愛い……けれど、多少疲れるところも。


(どちらが良い、ってことはないけど……)


 そう思いながら、扉のノブに手をかけた。

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