第77話 フェリックからの頼みごと

 その頃、カレッジでは先日採取してきた魔法植物について、レイヴェンド教授と研究室のメンバーとで選別を行っていた。

 とはいえ、フェデリコはまだ自領に帰っていたから、メンバーはアリシアとフェリックのふたりだけだ。


 この研究室では魔法植物を材料にして、様々な魔法薬を作ることを目的としていた。

 今回の遠征の成果を使って、何が生み出せるかをこれから実験していくのだ。


「うーむ……。このアルカナムード・モスは面白いな。相当魔力を溜め込んでいる」


 そのなかのひとつ、赤く光る苔をじっくりと観察しながら、レイヴェンドは呟く。

 この苔はムルランの山を歩いているとき、リアナが異様な魔力を感じたということで向かった先の洞窟に、びっしりと張り付いていたものだ。


「ええ、原理は分かりませんけど、なにかに使えるのではと思いまして」


「そうだね。溜め込む習性があるということは、この苔はそれを何らかのエネルギーにしているはず。それがわかれば……」


 考え込むレイヴェンドに、フェリックが白い球状のキノコが入ったトレーを見せた。


「教授、こちらのオーブキャップもなかなか珍しいものかと」


「ああ、私も久しぶりに見たよ。よくこれが採集できたな。君たちは運がいい」


「はい。遠征に行ってよかったと思います」


 レイヴェンドに向かってしっかりと頷いたフェリックを見て、レイヴェンドも満足そうに頷き返す。

 今回の遠征では、それまでひとりで行動することの多かったフェリックが、アリシア達を避けないようになったことが大きいとレイヴェンドは思っていた。

 それは得られた魔法植物以上に有益なことだ。


「ふぅ、一旦休憩しよう」


 教授は一息ついて、自席のゆったりとしたチェアに深く腰掛けた。

 それを横目に、フェリックはアリシアに声を掛けた。


「アリシアさん、今日の帰りに寄ってもいいでしょうか?」


「良いわよ。……急にどうしたの?」


「父さんから手紙を預かっていまして」


「ふぅん、エドワードさんから……? ここで受け取ってもいいけれど……」


 手紙ならば、この場で受け取ったとしても問題ないはずだ。

 そう思って不思議そうな顔をするアリシアに、フェリックは続ける。


「そうですけど、先日のお礼もしたいので……」


「そう、わかったわ。それじゃ、迎えが来たら行きましょうか」


「すみません」


 二つ返事で頷いたアリシアに、申し訳無さそうな顔でフェリックは頭を下げた。


 ◆


「……というワケなんだけど」


「わかりました。――お久しぶりです、フェリックさん」


 カレッジへと迎えに来たリアナは、アリシアから話を聞いて頷くと、フェリックに挨拶を返した。

 いつもならば必ずルティスとふたりで行動しているリアナだが、今日は珍しくひとりだけだった。

 そのことをアリシアが不思議に思って聞いた。


「……ルティスさんは?」


「家で休んでいます。魔法の練習でだいぶ参っているようで……」


「そうなのね……。大丈夫かしら……?」


「大丈夫と思いますよ。ただ、まっすぐ歩けないみたいですから、仕方なく置いてきました」


 フェリックがいる場だということもあって、落ち着いた表情で伝えたリアナだが、内心ではかなり心配していた。

 本音ではずっと傍にいたいと思っていたが、アリシアの迎えは自分の役目であり、仕方なく出向いたのだから。


「そう……。それなら早く帰らないとね。行きましょうか」


 家に向かって先導するアリシアに、リアナとフェリックが後ろを付いていく。


 とはいえ、アリシアの家はさほど遠くない。

 すぐに到着し、玄関の扉を開ける。


「お帰りなさいませ、アリシア様。……あれ? フェリックさん、お久しぶりですね」


 出迎えてくれたライラが、フェリックの顔を見てペコリと頭を下げた。


「お邪魔します。少し用事があったので寄らせてもらいました」


 その間にアリシアがちらっとライラとリアナの顔をそれぞれ見て、それから口を開く。


「えっと、リアナ。お茶淹れてくれる?」


「あっ、お茶ならわたしが淹れますよっ?」


 慌ててライラが言うが、アリシアの意図を察したリアナが手でそれを制する。

 普通ならばライラに頼む場面だろう。

 だが、ここであえて自分を指名したのには、必ず理由があるのだろうと。


「お嬢様は私に指示されましたから。……ライラさんはフェリックさんをもてなしてあげてください」


「は、はい……」


 リアナが厨房に入っていくのを横目に、アリシアは奥にあるサロンへとフェリックを案内する。

 そこは普段使わないが、広い応接間のようになっていて、客人をもてなすための場所だ。


 そして、アリシアも含めて、全員がゆったりとしたソファに座った。


「ライラさん、この前は案内ありがとうございました」


 すぐにフェリックはライラに向かって先日の礼を伝える。

 ライラにとっては意外だったのか、恐縮しながらペコペコと頭を下げた。


「いえっ、わたしなんかでお手伝いできることで良かったですっ」


「今日、アリシアさんとも研究室で話していましたが、皆さんのお陰で良い成果に繋がりましたので。お礼にと思って、これを」


 フェリックはそう言いながら、懐から小さな封筒を取り出すと、ライラに手渡した。


「ええっと?」


「中を見てみてください」


「はい。――わ、綺麗……!」


 促されて封筒を開けると、中には小ぶりなクリスタルクローバーの葉っぱが入っていた。

 透き通るような青白いその葉が綺麗に煌めいていた。


「クリスタルクローバーを押し花にしたものです。こうなると魔法植物としてはもう使えませんが、観賞用としてなら、ガラスにでも挟んでおけばずっと保ちますよ」


「ありがとうございます。飾っておきますね」


 ライラは嬉しそうにしながら、傷めないように封筒へと大事に仕舞った。

 そのとき、サロンの扉がノックされ、リアナがお茶を持って入ってきた。


「はい、お茶が入りました。どうぞ」


 客人であるフェリックから順番に、ローテーブルの上にカップを並べていく。

 最後、ひとつ余分に淹れてきたお茶を見て、アリシアが尋ねた。


「そういえばティーナさんは?」


「すぐ来ると思いますよ。さっき声をかけましたから」


 答えながらリアナもソファに腰を掛ける。

 アリシアがカップを手にして、そっと口を付けたとき、陽気な声がサロンに響いた。


「やっほー、ひっさしぶり~」


 見れば扉の前にティーナが立っていて、笑顔で手をパタパタと振っていた。


「お久しぶりです。この前はどうも。……もう王都に来られていたんですね」


「昨日来たところよ。ここ、居心地良いから、住み着いちゃおうかなぁって思うくらい」


「……それはちょっと……」


 ぼそっと、ほとんど聞こえないような声でリアナが呟く。

 魔法の指導はしてもらいたいが、ずっと間近で相手をするのは、リアナにとってストレスでしかなかった。


 ティーナにそれが聞こえたのかどうかは分からないが、彼女が気にせずソファへと座ったことで、ルティス以外の全員がこの場に揃った。

 それを見て、フェリックが口を開く。


「あのですね、父さんから皆さんへと、頼みごとがあるんです。ルティスさんにもあとで伝えてもらいたいのですが、構いませんか?」


 フェリックの「頼みごと」という言葉に、アリシア達は顔を見合わせた。

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