第74話 水と油

 夜型生活だと言うティーナの話に、皆は顔を見合わせる。

 アリシアは頭の中でシミュレーションしながら「むぅ……」と唸った。


(夜に教えるってことは……ルティスさんとリアナは夜中にいないってこと? ……ってことは、昼間にふたりで一緒に寝る……ってことにしかならないじゃないの)


 どう考えても、自分に不利な内容だ。

 ただでさえ交代なのに、これでは毎日リアナに取られるだけだ。


 逆にリアナも同じことを考えて、にんまりと口元が緩む。


 そして、同時に口を開く。


「ダメよ、それは……!」

「良いと思います……!」


 全く正反対のことを口にしたふたりは、キッと顔を見合わせた。


「夜中にふたりがいないと、家に何かあった時に困るでしょ?」


「そうかもしれませんが、わざわざ来てもらってるティーナさんのご都合に合わせるべきだと思います」


「むうぅー!」

「ふにゅー!」


 ティーナはそのやり取りを笑いながら面白そうに見ているだけだ。

 そして、ルティスは目の前の姉妹の攻防をオロオロと見ていて。


 残るライラはいつものことだと思うことにした。ルティスを取り合ってこうして駆け引きを繰り広げることは、これまでもよくあったし、別にそれで仲が悪くなったこともないのだから。


 しばらくして、ティーナはコソッとルティスに耳打ちした。


「……私、どうするのが一番面白くなるかな? わくわく」


 ルティスは少し考えて答える。


「ティーナさんが昼起きてくれるのが一番丸く収まりますけど……」


「それ面白くないから却下ぁ。……んー、それじゃこうしようかなぁ」


 即答でルティスの提案を却下しつつ、ティーナはよっこいしょと立ち上がった。

 それを目にして、アリシアとリアナもティーナの方に顔を向けた。


「ルティスさんはしばらく私が預かるわ。それなら平等よねー?」


「「――は?」」


 アリシアとリアナの声が重なる。

 しかしそれを気にせずに、ティーナは一瞬消えたかと思うと、ルティスの背後に現れて、後ろから彼をぎゅっと抱きしめた。


「――――っ!」


 リアナの口がパクパクとして、声にならない声を上げる。

 それを良いことに、ティーナはそっとルティスの下腹部に手を持っていき、そっとさする。


「ねー、ルティスさんも、もっとオトナな私の方が良いわよねぇ? ……気持ちいいこと、いっぱい教えてあげるわよぉ?」


 ルティスの背中に胸を押し付けながら、耳元で甘い言葉を囁く。

 その瞬間――。


 ブチッ!!


 ルティスには、そういう音が聞こえたような気がして、ビクッと震える。危険信号を感じて体が強張った。

 正確には、リアナの魔力が一瞬にして弾けるのが、そういう音に聞こえたのだ。


 ――ガキン!


 それと同時に、ティーナの下半身が一瞬にして氷に包まれた。


ルティスさんに手を出すなら、誰であろうと許しませんッ!」


「……、ね」


 リアナの横で呆れた顔をしたアリシアが、さりげなく自分も含めろとアピールする。


 意外にも、ティーナは目をぱちくりとさせながら、ルティスを抱いていた手を離し、彼を解放しながら呟く。


「……へぇ、びっくり。思ってたより凄いわねぇ。……魔力はそこまでだと思ってたけど、発動速度は私より早いかも。これだけ興奮しててもルティスさんを外して私だけ狙うって、制御も正確だし……」


 ティーナは感嘆しつつも、ちらっと自分を固定している氷を一瞥すると、一瞬で氷は消え去った。

 自由になった体を「んー」と伸ばしつつ、ティーナは続けた。


「その歳でよくそこまで細かく制御できるわね。あの子がそう鍛えたのかしら……?」


 リアナはそれを聞き流しながら、ルティスの手を引いて奪い返しつつ、背中からすぐにぎゅっと抱きしめる。

 先ほどティーナがそうしていたように。


「早さは誰にも負けません。たぶん、ティーナさんが魔法を使うよりも早く、氷漬けにできますよ」


「……そうかもねぇ。でも、私は氷漬けにされたくらいじゃ、止められないわ」


「…………むー」


 唸りながらも、リアナはルティスを抱く力を強めた。自分のものだと主張するかのように。


「ま、良いわ。だいたいあなたの力量も見えたしね。……しばらくここにお世話になるわけだし、時間はあなたたちに合わせましょうか。……今日は無理だけど。……ふわぁあっ」


 何もなかったかのように肩の力を抜いたティーナは、大きなあくびをしながら目を細めた。

 

「それじゃ、明日から昼間に教えるわ。……部屋に案内してもらえる? もう眠くて眠くて……」


「は、はい……」


 ようやく落ち着いたリアナは、ティーナを先導して2階への階段へと向かう。

 とりあえず、お手洗いとティーナに使ってもらう部屋の場所を教えると、「おやすみー」と言ってそのまま部屋に入ったきり、静かになった。


 食堂へと戻ってきたリアナは、「ふうぅ……」と大きなため息をついた。


「……どーにも、ティーナさんの頭の中がよくわかりません」


「ふふっ、リアナが一瞬でブチ切れるなんて、久しぶりに見たわよ」


 テーブルにぐったりと顔を伏せたリアナを見て、アリシアが笑う。

 アリシアもティーナの行動には驚いたが、元より我慢強いリアナが一気に怒りを爆発させたことで、逆に冷静でいられたのだ。


「ふにゅう……。私もまだまだ修行が足りませんね……」


 リアナがぽつりと呟く。


「我慢の修行? それなら、私がルティスさんを預かるから、リアナはしばらく我慢してみたら?」


 しかしリアナはバンっとテーブルを叩いて顔を上げると、アリシアに向かって口を尖らせた。


「お嬢様! それも絶対認められませんっ!」


「ほらほら、もう落ち着いていないわよ?」


「むうぅ……!」


 自分がアリシアに手玉に取られて、からかわれたことに気づいたリアナは、ますます眉を顰めて唸り声を上げた。


 ただ、その様子を見ていたルティスは思う。


(俺、毎日リアナにあんな感じで怒られてたんだけどな……)


 最近おとなしくなったリアナが、以前のような姿を見せたことが、なんとなく懐かしく思ってしまった。

 ただ、その矛先が自分に向かって欲しくないとも思いつつ。

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