第73話 ティーナ来訪

「おはよう、ルティスさん」


 翌朝、ベッドの中で寄り添ったまま、アリシアはルティスの耳元で声をかけた。

 彼は身じろぎしながらゆっくりと目を覚ます。


「……おはようございます」


「ふふっ、よく寝てたね」


 ルティスよりも早く目が覚めていたアリシアは、しばらく彼の寝顔を眺めていたのだ。

 気持ちよさそうに寝ているのを、ギリギリまで起こさないでおいたのも、彼を想ってのことだ。


「ですね。アリシアは寝相がいいから……」


「あら、リアナはそんなに寝相悪いの?」


 ルティスの話を聞いて、交代で一緒に寝ている妹のことが気になった。

 そんなに寝相が悪いようには思っていなかったのだが。


「寝相が悪いというわけではないんですけど、リアナは離れてくれないので……」


「あー、なるほど……」


 アリシアにもその光景が目に浮かんだ。

 何度か、リアナが半身をルティスにのしかかるように寝ているのを目撃したこともある。

 リアナはルティスの肩を枕にして、ぴったりくっついて寝るのが好きなのだ。多少重いが、間近で幸せそうなリアナの寝顔を見るのも可愛いと思って、何も言わない。


 逆にアリシアは横に並んで、仄かな息遣いを感じながら寝る。


「ふたり、性格はだいぶ違いますよね。アリシアは思っていたよりも控えめですし……」


「そう? リアナはそうと決めたら一直線だもんね」


「ですねー」


 アリシアもリアナの性格は熟知している。

 自分を抑えるところは強いけれども、やると決めたら多少強引にでも完遂するまで絶対にやめない。


 一方、アリシアはリアナに比べると執着心は薄い。

 というよりも、これまで我慢しないといけないことばかりだったからだ。

 ただ――。


「でも、ルティスさんのことは引き下がらないわよ? 覚悟しておいてね」


「わかってますよ」


 横で不敵な笑みを浮かべるアリシアの髪をそっと梳く。

 寝る時に傷まないように、ゆるく束ねた髪を。

 髪の色も質も、リアナとは大きく違う。母親の違いが色濃く出ているのだろう。


「……アリシアのお母さんはどんな人だったんでしょう? アリシアが小さい頃に亡くなられたと聞きましたが」


「ほとんど覚えてないのよね。お父様ともそれほど会っていないし……」


「そうなんですね……」


「だから、むしろ先生がお母さんみたいなものだったわ。……厳しかったけど」


 アリシアの言う「先生」とは、もちろんリアナの母親のアンナベルのことだ。

 そう考えると、アンナベルはアリシアが自分の娘であるリアナと姉妹であることを知った上で、リアナをアリシアの保険として育てていたことにルティスは違和感を覚えた。

 しかし、アンナベルの意図がわからない現時点では、そのことに疑問を挟むことに意味はない。


「……そろそろ起きますか?」


「ええ、そうしましょう」


 ルティスが声をかけると、アリシアは小さく頷きながら、そっと彼の頬にキスをして微笑む。

 そのあと、ルティスからもう一度、今度は唇を重ねてから、ゆっくりと体を起こした。


 ◆


 ルティスは一度自室に戻り、着替えてから1階に降りる。

 もうこの時間なら、リアナとライラは先に起きて朝食の準備をしている頃だろう。


「おはようございます――って、ええっ!」


 食堂に行き、そこにティーナが座っていたことに驚いてルティスは声を上げた。

 その彼女の前にはリアナもいて、何やら複雑な顔をしていた。


「あら、ルティスさん。お久しぶりね」


「こ、来られていたのですね……。ティーナさん」


「ええ、今朝王都に来たばかりよ」


 今朝到着したということは、夜通し移動していたのだろうかと疑問に思って問いかけた。


「……夜、移動してたんですか?」


「そうよ。私、明るいのはあまり好きじゃないの。だから夜起きてて、昼間寝るのよ」


「そうなんですね……」


 その理由が気にはなったが、それはあえて聞かずに続けた。


「ティーナさんの魔力を全然感じなくて、全く気づきませんでした」


「ふふーん、でしょ? まぁ、大きな街であんまり魔力撒き散らすのもね」


「なるほど。……それでアンナベルさんには会ったんですよね?」


 相変わらず微妙な表情のリアナと見比べながら尋ねると、ティーナも同じように複雑そうな顔をした。


「うーん、会ったのは会ったんだけどね……。魔法のこと教えるのは良いらしいんだけど、なんで隠してたのかは言ってくれなかったのよねぇ……。しょぼーんだわぁ……」


「……だそうです。私もよくわかりません」


「でも、まぁ良いじゃないですか。いずれきっとわかりますよ」


 そう言いながらリアナの頭を撫でると、彼女はようやく表情を緩めた。

 話の区切りがいいところを見計らったのか、ライラが厨房から顔を出した。


「朝ごはん、そろそろできますよ。ティーナさんも食べますよね?」


「あら、ありがとう。いただくわ」


「はい。ではあと少しお待ちください。アリシア様も呼んでいただければ」


「じゃ、俺が呼んできますよ」


 ずっと立っていたままだったルティスは、そのまままた2階に戻ってアリシアの部屋の外から声をかけた。


「アリシア、朝ごはんです。あと、ティーナさんが来られています」


「はーい、すぐ行くわ。先に行ってて」


 彼女の返事を確認したあと、ルティスは「はい、下で待ってますね」とドア越しに声をかけてから、食堂に戻った。


 ◆


「一応、ティーナさんの部屋も準備していますわ」


 朝食を食べながら、アリシアがティーナに伝えた。

 来たときに困らないよう、先日の休みの日に家具店に行き、空き部屋にベッドを準備していたのだ。

 ティーナがいるのはそれほど長期間ではないかもしれないが、その後も来客などがあるかもしれないと、それなりのものを整えている。


「あら、ありがとう。なら、このあと休ませてもらうわね。もう眠くなってきちゃって……」


 ティーナはパンを頬張りながら、目を擦った。

 夜通し移動していたのなら、そろそろ眠くなってもおかしくない。


「あの……。昼間寝るなら、俺たちと時間が合わない気がするんですけど……?」


 ルティスは先ほどから薄々思っていた疑問を投げかけた。

 ティーナに魔法を教えてもらうのであれば、どちらかが時間を合わせないといけないのだ。


「それはもちろん、師匠に合わせるのが当然よねぇ……?」


 ルティスの疑問にティーナはにっこりと微笑みを浮かべた。

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