第69話 守護者

 あっさりと魔族を消し去ったあと、鼻息荒く自慢するティーナとは対照的に、リアナは戸惑いながら頷いた。


「は、はい……。驚きました……」


「でしょでしょ⁉︎ 私、凄いのよー」


 妙に興奮している様子のティーナは、それまでの儚げな美女というイメージは全くない。

 それを見て、リアナもようやく落ち着いてきた。


「凄いのはわかりました。……どんな魔法なんでしょうか? 全く理解できませんでした」


 リアナが尋ねると、ティーナは口元に人差し指を当てた。


「……それは、ヒ・ミ・ツ」


「…………」


 無言でジトーっと眉を顰めたリアナに、ティーナは指を差しながら笑った。


「あー、それそれ! ほんっとアンナベルとそっくりねぇ……。懐かしいなぁー」


「むむー」


 口を尖らせたリアナをなだめようと、ルティスが横から頭を撫でた。


「ほらほら、ダメですよ。落ち着いて落ち着いて……」


 すると、あっという間にリアナの頬が緩む。


「ふにゅう……」


 その様子を見たティーナは更に笑う。


「あはは、やっぱり私の思ってたとおりじゃないの。……私の血を引く子と、の子孫が仲良くしてるなんてね、面白いわねぇー」


「――え? ティーナさんの……?」


 何気なく言ったのだろうか、ティーナの言葉が耳に引っかかって、ルティスは聞き返した。

 しかしティーナは当たり前だと言わんばかりの口調で答えた。


「そうよ。……あなたはね、私の血を引いてるの。もう数え切れないくらい、世代が違うけど」


「どうして……わかるんですか? そんなこと……」


「魔力の感じでわかるのよねぇ。かなり特殊な血だから……」


 ティーナは少し遠い目をしながら続けた。


「……ま、それはそれ。戻りましょうか」


 のんびりと家に向かって歩くティーナにふたりも続いた。


 ◆


「……そういうわけで、私がいるとね、時々こうして魔族が襲ってくるのよねぇ」


 新しく淹れなおした紅茶を優雅に飲みながら、皆の前でティーナはしみじみと溢した。

 しかし、リアナには疑問があった。


「でも、ティーナさんくらいなら、魔力を隠すことくらいできそうな気がするんですけれど……」


 魔族は存在を誇示するために、あまり魔力を隠すことはしない。

 ただ、それはできないわけではなく、しないだけだ。

 例えば、アンブロジオ鉱山でのときも、学園祭でのときも、リアナは直前まで魔力を感じることはできなかった。

 それは魔族が隠密のために隠していたからだ。


 その疑問にティーナが答える。


「そうね。例えばこんな感じに隠すこともできるけれど……」


 リアナとルティス以外には何もわからない変化だが、そのふたりには、これまでティーナから感じていた魔力がすっと消えたように感じた。

 魔法士ですらない、ただの一般人のように。


「……すごい」


 ルティスは思わず言葉を漏らす。

 自分もリアナとの訓練で細かい魔力の制御は叩き込まれたが、多少抑えることはできても、消すことなど不可能だったからだ。


 感嘆するルティスの顔を見て、ティーナは鼻息を荒くした。


「むっふっふ。私すごいー」


「……それはもう良いです」


「…………ぶぅ」


 白い目でぽつりと呟いたリアナを見て、ティーナがしょぼーんと肩を落とした。

 その様子を見ていると、どちらが歳上なのかよくわからなくなる。

 しかしティーナはすぐに気を取り直して続ける。


「……ま、まぁそれはそれ。――仮に私が魔力抑えたとしても、勘づく魔族はいるわ。魔力だけじゃないのよね。それで……例えばさっきだって、この村に人がいっぱいいたらどうなってたかしら?」


「……ティーナさんが出ていく前に殺される人がいたかも?」


 アリシアが答えると、ティーナは満足そうに頷く。


「うんうん、花丸満点の回答ね。……ってわけで、買い物とかで町に行く時だけは魔力を抑えるけれど、ひとりのときはむしろ誘った方が楽なのよねぇ」


 しかし、その話を聞いて、リアナは首を傾げた。


「ひとりのとき、って言いましたけど、今私たちが来てるのにそうしてないですよね? ……わざとですか? それに、以前王都に住んでた……って言っていませんでした?」


「ふぅん、あなた意外と鋭いし、よく覚えてるわね?」


「……なんか褒められた気がしませんけど」


 リアナは眉を顰めつつ、それ以上何も言わなかった。


 ルティスはその様子を見つつ、リアナとティーナの相性が良いのか悪いのか、悩ましく思っていた。

 これまでのティーナの言動から、自由奔放なタイプにも思えた。

 それはアリシアにも似ているようで、ころころ変わるところはリアナにも通じるところがある。

 本人は自分の先祖――信じられないが――だと言っていたが、少なくとも自分に似ているとは思えなかった。


 ティーナは抑えていた魔力を元に戻しながら笑った。


「あはは、いいじゃないの。……前者については大した理由はないわ。あなた達くらいなら、守護者くらいの魔族が来ない限り、たぶん大丈夫でしょ、って思っただけ。守護者が動くとは思えないし……」


「あの……『守護者』ってなんですか?」


 ルティスは、ティーナの話の中に出てきた聞き覚えのない言葉に対して聞き返した。

 それは先ほど襲ってきた魔族に対しても使っていた言葉だが、そのときは気になったものの、聞けずにいたのだ。


「あらら、知らないの? 守護者ってのはね。最強の魔族7人を指す称号よ。魔王は除くけれどね」


「最強の魔族……。なぜ、守護者って名前なんですか? 誰かを護っている……?」


「……今はね、魔王は封印されているのよ。1000年ほど前から。その封印の地を護る役目がその守護者なの。……といっても、常にそこに居るのはヴィオレッタっていう子、ひとりだけどね」


 ルティスの疑問にティーナが答える。

 その説明で、なんとなく背景はわかった気がした。

 それと、この目の前のティーナは、その最強レベルの魔族に匹敵するほどの魔法士だということだ。


「ティーナさんは、その守護者という魔族と戦ったことはあるんですか?」


「……ええ。……もうだいぶ昔のことだけどね」


 アリシアの問いに、ティーナが昔を懐かしむような目をしながら呟いた。


「……で、後者だけど、王都に住んでた時は、さすがに抑えてたわよ? でも、王都を襲う魔族はよっぽどのバカか、それこそ守護者級よ」


「なるほど……。じゃぁ、ずっと王都に住んでいれば良いのでは……?」


 ルティスの疑問にティーナはゆっくり首を振った。


「それは嫌。私、人が多いところ嫌いなのよねぇ……」

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