第68話 望まぬ来客

「……え? お母さんの……?」


 珍しく目を丸くしたリアナが、ティーナの顔をまじまじと見つめた。

 どう見てもまだ20代も前半くらい。自分たちよりも少し歳上か、というところだ。


 しかし、アンナベルがリアナを産んだのは17年前だ。

 それ以降はリアナを育てつつアリシアの教育係を務めていたわけだから、もしティーナに師事していたのならば、それよりも前ということになる。


「……もう20年くらい前のことかしら。魔力も顔も、あの子にそっくりだからすぐ分かったわ。……魔力はまたちょっと薄れたみたいだけれど」


 どこか遠くを見るような目で、ティーナが呟く。


「……ティーナさんって、何歳ですか……?」


 ルティスがリアナの代わりに疑問を口にした。

 しかし、ティーナは拗ねたような顔をしてみせる。


「あら、レディーに歳を聞くのはマナー違反よ?」


「す、すみません……」


「あはは、嘘よ嘘。……あなたたちよりはずっとずっと歳上、とだけ」


 ティーナはそう言いながら柔らかく微笑む。

 その透き通った肌と髪の色から、儚くも見える美人だが、言動には意外と人間味があるように思えた。


「……そういえば、わたしが小さい頃と変わった気がしませんね」


 ライラが思い返しながら呟く。

 子供の頃というのは、もう10年も前だ。

 あまり気にしていなかったが、普通なら10年前ならば少女のような外見のはずだが、記憶の中のティーナは今と何も変わらない姿だった。


「そうね。これでも『魔女』の端くれですもの」


 その言葉の重みは、リアナが呼ばれる『魔女』とは全く異なるように思えた。


 ティーナの言葉に疑問を持ったルティスは聞き返す。


「『端くれ』ということは、他にも魔女がいるってことですか?」


「ええ。私よりもすごい魔女はいるわ。……もう交流はないけれど」


「そうなんですね……」


 この目の前にいるティーナがどれほどの魔法を使うのかわからないが、少なくとも魔力を感じる限りでは、自分たちなど比較にならない魔法士だとわかる。


「……でも、あなたは男だから魔女にはなれないけど、それなりの素質はあるわよ?」


「俺が、ですか?」


「ええ、あなたが。あと……あなたもね、リアナさん」


「え?」


 ルティスと共に指されたリアナは驚く。

 自分は母よりも魔力が少なく、とても目の前の存在と比較できるような力を持っていないことを自覚していたからだ。

 得体のしれない空間魔法が使えるかもしれないルティスとは違って。


「悪いけど、魔力だけなら大したことないわ。でも、魔法はそれだけじゃないの、知っているでしょう?」


「は、はい……」


 それはリアナがルティスに教えるときも、口うるさく言っていたことだ。

 効率よく使うことで、同じ魔力でも威力を何倍にも高めることができることは、身をもって知っている。


「……もし良かったら、しばらく――」


 ティーナがそう言いかけたとき――しかし、途中で言葉を止めて顔を顰めた。


 その理由はリアナにもすぐわかった。

 すぐ近くに、別の強力な魔力の気配が近くに突然現れたからだ。

 しかも、それが複数。


「……また望まむ来客ね。これがあるから、私は町に住めないのよねぇ……」


 苦笑いしつつも、ティーナは立ち上がる。

 そして――。


「……見たければ見てもいいけれど、安全は保証しないわよ? だいぶ高位の魔族みたいだから」


 リアナとルティスは予想していたが、他の3人は顔色を変えた。


「私は行きます」

「俺も」


 リアナに続いて、ルティスも真剣な顔で頷く。

 魔族に対抗する手段を得るために王都まで来ているのだ。

 目の前でそれを見る機会など、そうそうあるものではないと思って。


「……お嬢様は中で隠れていてください」


 リアナはアリシアにそう告げる。

 ここにアリシアがいることがもし漏れると、また狙われることが考えられたからだ。


「……わかったわ」


 その返答を待ち、ティーナは玄関へと急ぐ。

 魔族と思われる気配は、律儀にも外で待ってくれているようだ。

 それとも、外の方が戦いやすいのだろうか。


 ガチャリ、と音を立てて玄関のドアを開ける。

 その正面である広場には、ドレスを纏い仁王立ちした若い少女のような人影がひとり。

 その両側には、執事のような出で立ちの男性がふたり。


「……大きな魔力を感じたから来たんだけど、こんな若い女? 意外〜」


 ティーナ達の姿を見た少女は首を傾げる。

 その仕草を見ているだけだと、ただの少女だ。外見上の年齢はライラよりもさらに幼く、まだ10歳程度にも見える。


 姿格好からすれば魔族の貴族なのだろうか、と思うが、魔族の階級などリアナもルティスも全く知らない。


「ふふ、人は見かけによらないものよ? ……あなただってそうでしょう?」


「ふぅーん、そのくらいはわかるんだ? でも――」


 少女はふいに手を横に向け、近くにあった大きな木を指差した。

 そして――。


 ジュワァッ!


 一瞬だけ指先が光ったかと思ったときには、その大木には大きな風穴が開いていた。

 いや、開いているというより、その部分が溶けて蒸発してしまったように湯気が立ち昇っていた。

 リアナも見たことのない魔法だったが、恐らく超高温の何かを放ったのだろうか。


「……身の程を知らないキミ達のお腹にも、同じよーな穴を開けてあげるよぉ。そこから引きずり出した心臓が美味しいんだよねぇ」


 嬉々とした笑みを浮かべた少女は、ゆっくりと一歩足を踏み出す。

 いつでも殺せる、という余裕なのだろう。


 しかし、ティーナはさほど気にした様子もなく、ただ立っているだけだ。

 その顔を見て、少女は怒りを露わにした。


「なに余裕ぶってるのっ! あったま来たぁ!」


 少女が叫びながらティーナのほうに指を向けようとしたのを見て、リアナは急いで防御壁を展開する。


 何もしなければティーナと一緒にいる自分たちも影響を受けるからだ。

 ただ、先ほどのような少女の魔法が、自分の防御壁で防げるかどうかはわからなかったが。


 そのとき、リアナとルティスの視界がゆらっと揺らいだように見えた。

 それと同時に――。


 ――ゴトッ。


 地面に何かが落ちる音が響く。

 はっと視線を向ければ、落ちていたのは首から上だけになった少女の頭だった――。


「な……に……⁉︎」


 首だけになってもまだ生きているのか、少女は身動きのできないまま、視線だけをティーナに向けた。


「――ゼフィリス様!」


 少女の隣に立っていた執事風の男達も驚いた顔を見せ、ゼフィリスと呼ばれた少女――の頭――に慌てて駆け寄る。


「ふふ、身の程を知らないのは、どちらかしらね? 私を殺したければ、せめて守護者でも連れて来なさい。……さようなら」


 別れの言葉を呟いたティーナが、指をパチンと鳴らす。

 すると、その瞬間「ザァッ!」という雑音のような音が聞こえると共に、目の前にいた魔族たちは跡形もなく消え去っていた。


「……な、なんですか、今のは……」


 声も出せないルティスの横で、リアナが呆然と呟く。

 今まで自分が知っている魔法とは全く違う何かだ。

 そして、あれほどの魔力を持つ魔族を、あっという間に消し去ってしまったのだから。


「ふっふーん、初めてでしょう? こんな魔法を見たのは」


 ティーナは振り返ったあと、ドヤ顔でリアナに胸を張った。

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