第67話 森の魔女
「……村に住んでいる人……ですか?」
呼びに行ったときに、ライラにその話をすると、首を傾げた。
村人がいないことは先に伝えたが、そのことに関しては覚悟をしていたのか、静かに目を伏せただけだった。
(ライラって、強い子ね……)
小さな頃に姉を目の前で亡くしたこともあるからだろうか。それとも、自分が奴隷として酷い生活を経験したからだろうか。
見た目以上の芯の強さを感じるところがあった。
「ええ、長い銀髪の若い女性よ。知っていたりする……?」
アリシアが聞くと、ライラは「あっ」という小さな呟きと共に、何かを思い出したような顔をした。
「もしかして、その方は『森の魔女』でしょうか……? わたしは名前を知りませんが……」
「すごい魔力を持ってるみたいですから、その可能性が高いと思います」
リアナが話に割り込む。
もともと、リアナはライラがかつて話していたことを覚えていて、その可能性があると感じていた。
「顔を拝見すればすぐわかります。行きましょうか」
ライラは少し早足で村に向かって進む。
その足取りを見ていると、なんとなく早く村に行きたいという思いが伝わってきた。
程なく、村の入り口にたどり着く。
一度足を止めたライラは、周りを見渡して呟いた。
「……ほとんど変わってません。懐かしいです」
誰も村人はいないが、それ以外は以前自分が住んでいた頃と同じだ。
感慨深く思いながらも、再度足を踏み出した。
「あの正面の家よ」
アリシアがティーナの場所を教えると、ライラは頷く。
「……その家、わたしの住んでいた家なんです」
「へぇ……」
となると、家の大きさからして、ライラの家族はこの村でも中心的な役割を担っていたのだろうか。
ライラは玄関の扉――かつての自宅の――をノックする。
今度はすぐに中から返事が返ってきた。
「はーい」
そして、扉がゆっくりと開き、ティーナが顔を出した。
「こんにちは。さ、入ってください。……と言っても、もともと貴女の家ですけれども」
柔らかく微笑みながら、ライラを見たティーナは言った。
明らかにライラのことを知っている口ぶりだ。
「……お久しぶりです。えっと、名前は知らないんですけど……。ごめんなさい」
ライラは頭を下げながら、申し訳なさそうな顔を見せた。
「ティーナよ。貴女には『森の魔女』の方が通じるのよね?」
「はい。……どうして今はこの村に?」
尋ねたライラに、ティーナは手を振って見せた。
「まぁまぁ、そのあたりはゆっくり中で話しましょう。お茶淹れてますから」
先導するティーナに続いて、一同は家の中へと足を踏み入れた。
ライラにとってはよく知った家だ。
しかし、自分が住んでいた頃とは、少しずつ異なっているところもあった。例えば、いろいろなところに、花が活けられているなど……。
ダイニングに案内され、大きな木の一枚板で作られたテーブルに着く。
椅子も丸太を切っただけのシンプルなものだが、森の中の村ということもあって、明るい雰囲気がマッチしていた。
お盆にカップとティーポットを載せたティーナは、それをテーブルに置くと、一度椅子に座った。
「改めて、こんにちは。ようこそ、ネビア村へ。……今の住人は私ひとりですけれど」
「こんにちは。……簡単に自己紹介しますね。私はアリシア・デ・サン・ムーンバルト。ムーンバルト侯爵の娘です。こちらは、私の婚約者のルティスさん」
「ルティス・サンダーライトと申します」
アリシアに紹介されたルティスは名乗りながら頭を下げた。
小さく微笑みながらティーナもそれに返す。
「私は先日お会いしましたね。リアナ・アイスヴェールと申します。先ほどのお二方にお仕えしております」
「そうなのね。てっきり……。いえ、それはいいわ。こちらは?」
「僕はフェリック・ディ・メディチです。王都で勉強しています」
「あなたは王都育ちなのね。それで最後の貴女……」
フェリックの挨拶のあと、最後に顔を向けたのはライラのほうだった。
「はい。わたしはライラ・マルキド・ネビアです。この村には半年ぶりに戻ってきました」
「たまに見かけていた子ね。懐かしいわ。……よく生きてたわね」
「はい。一度は売られたのですが、逃げ出しまして……」
「そう……。知っているとは思うけど、この村の人たちはみんな……私が村の外れに埋葬したわ」
「ありがとうございます。……皆、感謝していると思います」
ライラは深く頭を下げつつも、その目からは涙が溢れる。
わかってはいたけれども、それでもどこか一抹の可能性を残していた。その真実を知ったことで、それが消えてしまったのだ。
「……私が出かけていなければ、気付けたのかもしれないけれど。……ごめんなさいね」
「いえ……。あの、ひとつ聞きたいんですけど、他の子供は……?」
埋葬したのであれば、子供の亡骸があったかどうかがわかるかと思い、尋ねた。
「……子供の遺体はなかったわ。だから、もしかしたら生きているかもしれないわね。貴女のように」
「そうですね……」
それが聞けただけでも良かったと思う。
奴隷としてでも、生きてさえいればどこかで会えるかもしれないと思えて。
「それで、ティーナさんはなぜこの村に……?」
ライラの知っている森の魔女は、もっと山の中に住んでいたはずだ。
とはいえ、家を見たことはなかったから、どんなところに住んでいたかは知らない。
「この村がなくなったら、町まで遠いから。たまには買い物しないといけないから、ね」
もともとはこのネビア村に食料などの必要なものを買いに来ていたのだが、この村がなくなってしまったことで、それができなくなったのだろう。
代わりにこの村に住むことで、バララオ村まで買い出しに行きやすくした、というところだろうか。
「わかりました。……どちらにしても、もうこの村には誰もいませんから。ご自由にお使いください。……でも、なぜティーナさんはもっと町に住まないんですか?」
それは単純な疑問だった。
そもそも町に住めば、もっと簡単に過ごすことができるからだ。
「……それはね。私がいるとみんなに迷惑がかかるからよ」
「そんなことないと思いますけど……」
ライラにはそれが疑問だった。
以前助けてもらったこともあるし、住民にとって助けになることはあっても、マイナスはないように思えたのだ。
「……それがあるのよね、残念だけれど。でも知らなくて良いことかしらね、それは」
そう呟くティーナが遠い目をするのを見て、それ以上深く聞くのをやめた。
淹れてもらったお茶を飲んでいると、ティーナはゆっくりと口を開いた。
「……それにしても、よくもまぁこれだけ珍しい魔法士が揃ってるものね。ムーンバルトの聖魔法士に、
「お母さんを知っているのですか⁉︎」
「もちろん。……あの子、私の弟子だもの」
リアナが驚いて聞き返すと、ティーナは当たり前と言わんばかりの口調でそう答えた。
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