第66話 再会

 翌朝、早めに出発して、ライラがかつて住んでいたというネビア村に向かった。

 馬車が使えると早かったのだが、街道のように道が整備されていないため、馬車は通れない。

 したがって、歩いていくしかない。


「たまに毒蛇が出ますので気をつけてください」


「気をつける……って、どう気をつけたら良いの?」


 ライラの注意にアリシアが聞き返す。

 あまりこんな田舎に来ることはないため、蛇を見ることも稀だった。


「毒蛇はあまり木に登らないので、足元に注意すれば大丈夫です。手をついた時とかに噛まれるっていうのをよく聞きます」


「なるほど……」


 とはいえ、いつ出るかわからないのも気持ちが悪い。

 気をつけながらも、人が通らないのか、草に覆われ始めた山道を歩く。


「……前からこんなに草が?」


 ルティスが聞くと、ライラが首を振った。


「いえ、わたしが住んでいた頃は、ほとんど草は生えてませんでした」


「それはつまり……」


「……しばらく、ほとんど人は通っていないんだと思います」


 町の人の話から予想はできていたが、村との往来は無いようだ。

 それは村にもう人が住んでいないことを意味していた。


 とはいえ、それは覚悟の上だ。

 草の生え具合をみると、まだ歩くことはできるが、数年経ったら道がなくなってしまって、二度とたどり着けないかもしれない。


「……でも、馬が歩いた跡がありますね。まだそんなに経ってないと思います」


 ふと、リアナが足元に視線を落として呟く。

 見れば、草に紛れて分かりにくいが、確かに蹄の跡のような足跡があった。

 それをしゃがみ込んでルティスもじっくり確認する。

 方向としては、村に向かっている向きだ。


「ほんとですね。じゃ、誰か通ったってことですか」


「野良馬は珍しいですし、たぶん……」


 良く見れば、すぐに蜘蛛の巣だらけになりそうな場所なのに、そういう感じもしなかった。


「この道は村に向かう以外、どこかに通じているんですか?」


 フェリックが聞くと、ライラは首を振る。


「村からは三方に道があるので、ネビア村を経由すれば他の村にも行けますけど、わざわざこの道を通って行く人はいません」


「なるほど。ということは、誰か村に行った可能性があるってことですね」


「はい……」


 とはいえ、まだ何もわからない。

 不安を抱えたまま、行程を進んだ。


 ◆


「このまま10分くらいまっすぐ進めば、村が見えてきます」


 道案内をしていたライラが急に立ち止まり、振り返って皆に説明した。


「ありがとう。それじゃ、どうする?」


 アリシアはこれからの事を皆に確認する。

 ライラがいったん残るなら、誰かが付いていないといけないからだ。

 フェリックが聞き返した。


「選択肢は?」


「……覚悟がある人が行くしか無いでしょうね。私はリアナほど経験はないけど、ゼロじゃないわ。フェリック君はどう?」


 最悪、村人達の亡骸と対面する可能性もある。

 しかも日数が経っていることから、状態も想像できた。


 アリシアは何度も襲われた経験があり、目の前で人が死ぬところを見たこともあった。

 そして、それを為したのがリアナだったことも。


「……僕はまだありません」


 逆にフェリックは、魔獣を殺すことはいくらでもあったが、人に対するそういった経験はなかった。


「……そうよね。ルティスさんも……ないわよね?」


「……はい。でも、俺は行きますよ。アリシアやリアナに頼りっぱなしにはなりたくないです」


「ふふっ、そう言うと思ったわ。……先に私たちで見てくるから、フェリック君はここでライラと待ってて。大丈夫そうならすぐ呼びに戻るから」


 アリシアはフェリックにそう言うと、リアナと目を合わせた。


「……はい。お任せください」


 リアナも同意すると、先に歩き始める。

 真っ先に確認するのは自分だと決めていた。

 突然目にするのと、先に分かった上で見るのとでは衝撃度が違う。

 だから、少しでも皆の負担を和らげるのが自分の役目だと理解していたから。


「……すみません。僕が最初に言ったことなのに」


「気にしないで。ライラを頼むわよ」


「はい、わかりました」


 頷くフェリックに小さく手を振って、アリシアはリアナに続く。

 そのあと、ルティスも続いた。


 ライラが言っていた通り、しばらく歩くとだんだんと道がひらけてきた。

 村が近いのだろう。


 そこで、ふとリアナが足を止めた。


「……この先に誰かいます」


 ぽつりと呟く。

 もちろん、アリシアには全くわからないが、ルティスにはなんとなくわかった。

 とはいえ、リアナが言わなければわからなかっただろう。

 ただ――。


「……すさまじい魔力ですね。魔族……?」


「いえ、違います。これは……」


 ルティスが勘違いするのもわかる。

 自分だって初めてこの魔力を感じたらそう思うだろう。

 ただ、以前会っているから、魔族ではないことがわかるだけだ。


「……とりあえず行きましょうか。たぶん、敵ではないです」


 そしてリアナはまた歩き始めた。


 ◆


「……予想より綺麗ね」


 村に到着したアリシアの第一声がそれだった。

 見回してみても、多少の雑草が生えているものの、荒れ果てた様子はない。

 ただ、人は見当たらず、シーンとしている。


 覚悟していたが、村人の亡骸がそのあたりに転がっている、などということもなく、ほっと胸を撫で下ろす。


「ですね。……どうします? あの大きな家にひとり、いるみたいですけど……?」


 ルティスがアリシアに確認する。

 ここまで近づくと、ルティスにもはっきりとわかった。

 強大な魔力を持った何者かが、正面にある一軒の大きな建物の方から感じられた。


「そうね。リアナも良い?」


「はい。私は一度会っていますから」


「へぇ……」


 感嘆しつつ、アリシアは足を踏み出す。

 そして、建物の扉をノックした。


 ――コン、コン、コン。


 しかし、返事はない。

 しばらく待ってみたが、もう一度ノックしようとしたときだった。


「こんにちは」


「「――!」」


 突然、背後から声がかけられて、全員が驚いて振り返った。

 そこには――長い銀髪の若い女性。

 紛れもなく、一昨日リアナが会った女性だった。


「ティーナさん……!」


「また会ったわね。予想よりも早かったけれども」


 リアナの顔を見て、ティーナは口元を緩めた。

 さらにアリシアとルティスにも、じっくりと視線を向ける。


「どうしてここに……?」


 リアナが聞くと、ティーナは軽い調子で答えた。


「ちょうど空き家があったから借りています。あなたたちこそ、どうしてこんなところに?」


「この村出身の女の子と一緒に、村の様子を見にきました。……住んでいた村の人たちは?」


 しかし、ティーナは目を伏せてゆっくりと首を振った。


「……残念だけど。村出身の子……ね。もし良かったら連れてきてくれない? 話がしたいわ」


「わかりました。……しばらく待ってください」


「ええ。どうせ時間はいくらでもあるもの。お茶でも淹れて待ってるわ」


 玄関を開けて家に入るティーナを横目に、アリシアたちはライラとフェリックを呼びに戻ることにした。

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