第65話 ライラの意思

 一方、町に出たフェリックとライラは、露天が並ぶ通りを歩いていた。


 ライラはあまり王都では見かけない、この地域の名産の説明をしていた。

 しかし、フェリックの反応がいまいち芳しくないように感じて、申し訳なさそうに尋ねた。


「……すみません、わたしばっかり喋って」


 それを聞いて、慌ててフェリックが弁明した。


「いや、そんなことはないんです。……ただ、さっき住んでいた村が……と聞いて……気になっていて」


 宿に行く前に、ライラが町の人と話しているのが聞こえていた。

 詳しいことまではわからないが、大体どんなことが起こったのかは予想が付いた。

 ただ、聞きにくい内容だとわかっていたから、躊躇していたのだ。


 対して、ライラはどこまで話すかを考えながら答えた。


「……はい。わたし、この近くの開拓村で生まれ育ったんです。父さん母さんに連れられて、この町にもよく来ました。でも半年くらいに前、村が盗賊に襲われて。…… わたしは奴隷商に売られたんです」


「村の人たちは……?」


「わたしは見ていませんけど、たぶん……。あと3人いた子供は、もしかしたらわたしと同じように売られて、どこかで生きてるかもしれませんけど……」


「…………」


 先ほどの店の人の話からすると、村に住んでいた人たちは、最近この町には来ていないのだろう。


 フェリックはずっと王都で、さほど苦労もせずに過ごしてきた。

 才能もあった。

 王宮に務める魔法士達からも、将来を期待されような声を聞いていて、自信に満ちていた。

 ただ、その自信は自分とさほど歳の変わらないリアナを見て崩れ去ったのだが、それは余談だ。


 とはいえ、自分とほとんど歳の変わらないこの少女が、そういった経験をしていたということに衝撃を受けたのは事実だ。


「……そのあと、アリシアさんに……なのですか?」


 フェリックとて、アリシアが侯爵令嬢だということはもちろん知っている。

 となると、奴隷を買うことだってあり得ると思えた。ただ、ライラへの接し方は、奴隷を扱うような態度ではないとは思っていたが……。


「……いえ、わたしは買われた先から逃げ出したんです。王都まで逃げたときに、仕事のなかったわたしを見かねて、雇ってくださったのがアリシア様です」


「そうなんですね……。あの……村がどうなったか確認したいとか、ないんですか?」


 それに、同じ境遇ではないからわからないが、もし自分ならば――村に残っているかもしれない、思い出の品などを探しに行きたくなるだろうと思えて。


 ライラはそれを聞いて、思い詰めたような顔を見せた。


「もう一度、見たい気持ちはありますけど……。でも、荒れ果てた村を見るのが怖い……とも思うんです。それに、もしかしたら殺された人たちが……」


 襲われたあと、村がそのままだったとすれば、弔われずに、まだそのままにされているかもしれない。

 弔いたい思いもあるけれど、ライラにとってはそれを見ることを怖く思う気持ちのほうが強かった。


 ただ、フェリックとしては、本当にライラの言う通りだとすれば、やはりそのままにしておいて良いようには思えなかった。


「……なら、僕が見に行きましょう。ここからどのくらいですか? 村は……」


「歩いて3時間くらいですけど……。いけません、危ないので……」


 誰かに見てきて貰えるのであれば、それはありがたい申し出には思えたが、しかしいつかは自分で確認しないといけないとも思えて。


 躊躇していると、フェリックが続けた。


「そのくらいなら、明日1日で見てくることもできます。こう見えて、それなりに腕には自信がありますから」


「でも……」


 腕のことはともかくとして、自分のためにそこまでしてもらう訳にもいかないということと、もしそれで彼に何かあったときのことを考えると、首を縦にふることはできなかった。


「……そうですか。じゃあ、アリシアさんに相談してみましょう。ライラさんだって、ずっと確認しないわけにはいかないでしょう?」


「はい……」


 ライラは不安そうに頷いた。


 ◆


「……というわけなんですが、どうでしょう?」


 夕食の際に、フェリックがライラと話した内容を説明した。

 フェリックとしては、ひとりで行くつもりで相談したのだが……。


「ふーん、良いんじゃない? じゃ、みんなで見に行きましょう。どうせ明日1日休むつもりだったし」


「えっ、それは……」


 アリシアが軽い調子で答えたのに、ライラは驚いた声を上げた。


「だって、フェリック君ひとりだと危ないでしょうし、道に迷う可能性だってあるでしょ? ライラに道案内してもらった方がいいわよね。それで、近くまで案内してもらって、ライラが待ってる間に、誰かが村を見てきたら良いのよ。……ルティスさんも良いわよね?」


「は、はい。俺は構わないですけど……」


 ルティスが答えるが、ライラは戸惑いを隠せなかった。


「で、でも……わたしのために……」


「まぁ良いじゃないの。私もライラの村を見てみたいし……。それに、今見ておかないと、もう一生見れなくなるわよ? 人が住んでない村なんか、すぐに朽ちちゃうから……」


 アリシアの言葉を聞いて、ライラははっと顔を上げた。

 確かに、今この機会を逃すと、次ここに戻って来る日がいつになるかわからない。自分ひとりでは来たくても来れないのだから。

 もし来れたとしても、その頃には村は森に覆われて、近づけるような状態ではないだろう。


「……そうですね。ありがとうございます……!」


 そう考えて、ライラも覚悟を決める。

 もし何があったとしても、目を背けて後悔するよりも良いはずだ。

 それに、もともと最悪のことは予想して、そのつもりで生きてきたのだから。

 あくまでそれを確かめるだけだと。


「それじゃ、明日は遠足ね。念のため、早めに出発しましょう」


 アリシアの音頭に皆が頷くのを見て、ライラは深く頭を下げた。

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