第63話 見張りの夜

 ――その夜。


 夜も更け、周囲は完全に闇に落ちていた。

 その暗がりのなか、馬車の外ではリアナが焚き火を熾し、ひとりで見張りを担当していた。

 残る3人は馬車の中で身体を休めているはずだ。


 最初はフェリックが見張りをすることを提案したが、深夜に交代する予定で、先に休んでもらうことになった。

 それはリアナの希望だ。

 どうにも不安で寝付けられるように思えなかったのと、今も暗闇のなかで馬を走らせているであろうルティスが帰ってくるのを外で待ちたかったのが本音だ。


 もちろん、そんなことはひと言も言ってはいない。


(でも……お嬢様はわかってるでしょうね……)


 鋭いアリシアには自分の考えが筒抜けだろう。

 それをわかったうえで、何も言わないでいてくれる主人には感謝しかない。


(……そろそろ薪を)


 火が段々と小さくなってきた。

 明るいうちに河原に行って皆で流木を集めていたから、十分な薪はある。

 リアナは燃えている薪を真ん中に集めて、新しい薪を放射状に並べた。


 ゆっくりと燃え広がる炎が、彼女の顔を下から照らす。

 揺らめく炎をぼんやりと見ながら、時間が経つのを待った。


 これが何度目だろうか。

 火が小さくなってきて、また新しい薪をべようと、リアナが立ち上がったときだった。


(なんでしょうか……?)


 不意に、魔力のゆらぎのような気配を感じ取って、リアナは動きを止めた。

 ルティスの気配とは、似ているけれども、たぶん違う。それに、彼が向かった町の方向ではない。

 かといって、獣や野党のような雰囲気でもない。


 こんな時間に通りがかる人――しかもひとりで――がいることも意外ではあるが……。


 リアナは念のため、何が起こっても大丈夫なように意識を集中する。


 そして――。

 ぼんやりとした明かりと共に街道を通りがかったのは、1頭の馬に乗った若い女性のようだ。


 その女性はゆっくりと馬を歩かせながら、立っていたリアナの方に顔を向けた。

 薄暗くて顔色はわからないが、20代そこそこの若さに見える。

 薄い色の髪をなびかせていた。


 普通ならば、そんな若い女性がこんな夜に、ひとりで街道を移動することなどあり得ない。

 ただ――。


(……この人、すごい魔力……。もしかしたら、お母さんよりも……)


 魔族のように隠しているときはリアナにもわからないことがあるが、女性から溢れ出るかのような魔力がリアナには感じ取れた。

 これほどの魔法士ならば、何があっても対処できるだろうとさえ思える。


 リアナと目が合ったように感じたとき、その女性はふいに馬を手綱を引いて馬を止めた。

 そして、リアナに向かってゆっくりと口を開く。


「……あなた、どこから来たの?」


「王都です」


 敵対するような雰囲気は感じられなかったことで、リアナは素直に答える。

 しかし、女性は首を傾げた。


「そうではなくて、王都に来る前のことよ。……あなた、王都の人じゃないでしょう?」


「……なんでわかるのですか?」


「3年くらいまえ、しばらく王都にいたことがあるからよ。もしその頃にあなたがいたなら、私が知らないはずがないもの」


 こともなげに答えた女性に、リアナは改めて返した。


「……私はムーンバルトの生まれです」


「あら、わざわざそんな遠いところから来たのね。……それで、こんなところで野宿?」


「はい。……いま、馬車を修理するために、部品を取りに行ってもらっています」


「ふぅん……。それ、もしかして今走ってきてるアレかしら?」


 そう言うと、女性は前方を手で指し示した。

 リアナは、はっとしてその方向に顔を向ける。

 女性に気を取られていて気づかなかったが、街道の遠くに明かりがチラついていて、何かが近づいているのは確かだ。


 その気配が間違いなくルティスのものだと確信したリアナは、自然と顔がほころぶのが自分でも分かった。


「…………運命って、あるのね……」


「……え? なにか言いましたか?」


 リアナの意識がルティスに向かっていたことから、女性の言葉が頭に入ってこなくて、聞き返した。


「……いえ、何でもないわ。こっちの話。私はもう行くわ。邪魔したわね」


「あっ、はい。……あの、お名前を聞いても……?」


「……ティーナ。あなたは?」


「リアナと言います」


 リアナは名乗りながらペコリと頭を下げた。

 それを見て、自分のことをティーナと告げた女性は、ふふっと笑った。


「……きっとまた会うことになるわ。あなたにも、あなたの大切な人にも、ね」


 ティーナはそう言ったあと、馬をゆっくりと歩かせる。

 さらりと、魔法の光で明るい色の髪が風に棚引くのが幻想的に見えた。

 リアナがその背中を視線で追いかけていると、入れ替わりで2頭の馬が走ってくるのが視界に入った。


 すぐにその馬は近づいてきて、リアナの焚いていていた焚き火の明かりを見つけて、速度を落とした。


「――ルティスさん!」


「リアナ、ただいま。……何も起こりませんでしたか?」


 馬上から見下ろすようにルティスがリアナに聞く。


「はいっ、特に何も。……待ってました」


 彼の顔を見ると笑顔が溢れる。

 声を掛けてきた男たちを半分氷漬けにしたことなど、もう忘れてしまっていた。


「そうですか、良かった。……よっと」


 御者の人と共に、馬から飛び降りたルティスは、馬の首を撫でて労う。

 それが気持ちよかったのか、馬もブルルルと鼻を鳴らした。


 ルティスは馬の手綱を御者の人に渡すと、馬を連れて休ませるために、少し離れた木に繋いだ。


 それを横目に、じっとこちらを見ていたリアナに向き合う。


「お待たせしました」


「はい、任務ご苦労さまです。期待通りの働きです。褒めてあげます」


「ありがとうございます」


 以前、リアナが上司だった頃のように、礼儀正しく完了の報告を済ませる。

 その頃の彼女ならばその間も無表情だったけれども、今は我慢できなくて口元が緩みっぱなしだ。


「……待ってる間寂しかったです」


「あはは。それじゃあ……」


 苦笑いしながらルティスが手招きすると、リアナはするするっと近づいて、ぎゅっと抱きついた。

 仄かな焚き火の明かりだけの薄暗い中、周りを気にせず彼の胸に顔を埋める。


「ふにゅぅ……。私をこんな寂しがりやさんにしたルティスさんには、責任取ってもらわないと……」


 しかし、しばらく顔を擦り付けたあと、ゆっくりと身体を離した。


「……でも、ルティスさんは疲れてるでしょう? 見張りは私がしますから、気にせず休んでください」


「まだ大丈夫ですよ。眠気覚ましの話し相手くらいならお付き合いしますから」


「…………良いんですか?」


 本当は休んでもらいたいけれど、ひとり見張りをするのも寂しくて、彼の提案が魅力的に思えた。


「ええ。眠くなるまでなら」


「ん。それで十分です」


 リアナは嬉しそうに頷くと、火の小さくなった焚き火に薪を足しに行った。


 その間に、ルティスは御者と話をして、休む段取りを詰める。

 こういうときのために馬車には簡易のテントが置いてあったらしく、御者はその中で休むことになった。

 明日の朝、修理した後も町まで仕事をしてもらわないといけないため、そこでゆっくり休んでもらうほうがいいとの判断だ。


 テントの準備が整ったあと、ルティスは焚き火の番をしていたリアナの横に座った。


「お待たせしました」


 それに答える代わりに、リアナは無言で身体を寄せた。


 ◆


【作者よりお礼】


 連載開始から1ヶ月半ほど経ちました。

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 いつも読んでいただいてありがとうございますm(_ _)m


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 引き続き、どうぞよろしくお願いします。

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