第62話 待機中

 馬に乗って馬車の修理をするための部品を取りに行くというルティスに、フェリックは申し訳無さそうな顔をする。


「お願いしてもよろしいでしょうか? 元々、僕たちの研究のための遠征ですので、本当なら僕が行かなければならないのですが……」


「ええ。さっさと行って帰ってきますよ。待っていてください」


 皆を不安にさせないようにと、ルティスが胸を張る。

 しかし、その後ろからリアナが彼の袖をくいくいっと引っ張った。


「大丈夫ですか……?」


「はは、大丈夫だって」


 不安そうな顔でじっと見上げるリアナを見て、ルティスはつい癖で手を伸ばし、そっと頭を撫でた。

 しかし、嬉しそうにしながらも、みるみるうちに顔が赤く染まったリアナは、小さな声で呟く。


「あ、あの……。皆が見ています……よ……?」


 ハッと気付いて手を引き、周りを見ると、この場にいる全員がふたりを見ていた。


「きゅぅ……」


 それが恥ずかしくて、頭から湯気が出そうになったリアナは顔を伏せる。

 その場の微妙な空気を抑え込むように、アリシアは呆れた顔で言った。


「あーはいはい。そうと決まったら、早く行かないと。帰ってくるのが遅くなるわよ」


「そ、そうですね……!」


 出発の準備をするため、ルティスは慌てて馬車に向かう。


 野宿をすることを考えて、馬車を往来の邪魔にならないように移動させてから、馬を馬車から外す。

 また、乗馬の邪魔にならない程度、最低限の荷物――補給食と、夜になったときのための上着など――を背負えるようにまとめた。


 そして、残る4人に見送られながら、ルティスは馬に飛び乗ると、御者の乗る馬に続いて走らせた。


 ◆


「待つだけというのも暇よねぇ……」


 ルティスが出発してからしばらくして、街道沿いに並べられた石に座ったアリシアが独り呟く。

 その隣には同じようにリアナが座っている。


 近くに川があるようで、夜に備えてライラは水を汲みに行ってくれた。

 安全のために、フェリックも付いていっている。


「ですねぇ……。ルティスさんがいないと寂しいです……」


「まだ1時間しか経ってないんだけど」


「ふにゅぅ……。先は長いですねぇ……」


「そ、そう……」


 膝を抱え、しょんぼりと落ち込んでいるリアナを見て、アリシアはそれ以上声を掛けるのをやめた。

 幼い頃から、何でもひとりで淡々とこなしてきた彼女をよく知っているアリシアから見れば、いつの間にこれほど変わってしまったのかと驚く。


(……私はどうかしら……?)


 逆に自分はどうなのかを自問自答する。

 カレッジに通っているときは、今でも毎日別々に行動しているし、それで寂しいと思ったりはしない。

 昼食のときは食堂で会っているし、夕方になれば当然また会えるからだ。


 そう考えると、リアナに比べると自分はドライなのだろうかとも思う。


(ううん、たぶんそうじゃない。リアナはこれまでずっと我慢してきたから……)


 彼に出会うまで、自分の持つ役割を全うしようと、頑なに自分を抑えていたのだ。

 これまでアリシアが諭しても、それを変えようとはしなかった。

 だが、彼女は知ってしまったのだろう。――もう我慢しなくてもいいということを。


(まぁ、悪いことじゃないけれどね……)


 とはいえ、アリシアはリアナには幸せになって欲しいと思っていたし、彼と一緒にいるところを見ていると、それがよく分かる。

 羨ましいくらいに。

 かといって、やるべきことはしっかりとやっているし、口を出すほどでもないだろう。


 そこまで考えてリアナの顔を見ると、相変わらず肩を落としている様子で、彼女には悪いが思わず笑ってしまう。


「ふふっ、リアナも女の子なのね……」


「――ふにゃっ? きゅ、急になんですか、お嬢様」


 声をかけられたリアナは、慌てて顔を上げる。

 アリシアが何を思ってそう言ったのか分からなくて、リアナは戸惑いを隠せなかった。


 そのとき――。

 街道を走っていた馬車が、アリシアたちを見つけたのか、近くで停車するのが目に入った。


 馬車が休憩していること自体は珍しいことではないが、現在馬車からは馬が外されていて、付近にもいない。

 それを不思議に思ったのだろうか。


 停まった馬車から、3人の若い男が降りてきて、アリシアたちに声をかけた。


「どうしたんだ? こんなところで……」


 最初に声をかけてきたのは、短髪の20代半ばくらいの男で、腰に剣を携えた風貌からは、賞金稼ぎのような感じにも見えた。

 あとのふたりは魔法士だろうか。


 面倒ごとになるのを避けるため、アリシアは軽い調子で返した。


「……休憩中よ。気にしないでいいわ」


「休憩? 馬はどうしたんだ?」


「水を飲ませに行ってるわ。すぐ戻るわよ」


「へぇ……」


 軽くあしらおうとしたのだが、男たちはヘラヘラと笑いながら近づいてきた。

 それを見て、アリシアは面倒だとばかりに顔を顰めた。


「……なぁ、ふたりともなかなか可愛いじゃないか。俺たちと一緒に行かねぇか?」


 ……やっぱりか。

 そう思いながら、アリシアはどうするべきか考える。

 ただ、別の方向から声が返ってきた。


「……私、いま機嫌悪いんです。邪魔しないでください」


 音もなく立ち上がったリアナが、ぞっとするような冷たい目で男たちを睨んだ。


(……あちゃー)


 さっきまで落ち込んでいたはずのリアナを見て、アリシアは頭を抱えた。

 彼女の魔力が漏れ出しているのか、周囲を冷気が立ち込めたような空気が包み込む。


「……お、俺たちは親切心で言ってるんだよ、なぁ?」


「あ、ああ……」


 男はリアナの視線に怯んで足を止めつつ、仲間に同意を求めた。

 その様子を見ながら、リアナは忠告した。


「なら、さっさと立ち去るのが親切ですよ。……氷漬けになりたくなければ、です」


 しかし、男たちは帰るそぶりもない。


「ふ、ふん……。できるものならやってみろよ!」


 男の言葉の直後――。

 ガキン!

 という音が響いた。


「――うわあっ!」


 それと同時に、男の叫び声が響く。

 見れば、男の両足が完全に氷に包まれていて、身動きが取れないようになっていた。


「……やってみましたよ? 一応、喋れるように足だけにしてあげましたけど、どうです? 全身の方が良いですか?」


「――このっ!」


 魔法士と思われるふたりは悪態を叫びつつ、ステッキを取り出そうとでもいうのだろうか、懐に手をいれた。


「……馬鹿なことを」


 リアナはポツリと呟きながらも、間髪入れずにその男たちの腕を氷漬けにしてみせる。


「な、なんだっ⁉︎」


 自分たちの常識からすれば、ステッキも持たずに詠唱もなく、手品のように魔法を使うリアナは恐怖でしかなかった。

 それは紛れもなく――。


「――ま、魔女か……!」


 そうとしか思えなかった。

 ただの魔法士では断じてない。

 逆らってはいけない何かに思えた。


「……だとしたら? 謝って去るなら見逃してあげますけど、どうします?」


 淡々と告げる彼女に、男たちはコクコクと頷くことしかできなかった。

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