第61話 トラブル

 一方、女性は3人部屋にアリシアとリアナ、ライラが泊まることになった。

 部屋に入った途端、それまでずっと表情を押さえていたリアナが大きなため息をついた。


「はふぅー、疲れたぁ……」


 その様子を見たアリシアは、自分の荷物をベッド脇に置きながら笑う。


「ふふっ、久しぶりね。リアナがずっとそんな顔してたの」


「んー、ですねぇ……。でも、前は慣れちゃってたんですけど、もうダメですね。そのうちまた慣れると思いますけど……」


 ムーンバルトを出てから、日中もほとんどルティスと調べ物をしているから、前のように周りに気を使うことがなくなった。

 つまり、わざわざ苦労して表情を消す必要もない。


「別にそんなに黙ってなくても良いのに。何かあったらルティスさんが守ってくれるわよ」


「そうかも知れませんけど、面倒なことは嫌なのですよ。リスクは減らすに限ります」


「真面目ねー。……って、真面目な子が夜這いなんてしないか。ふふっ」


 アリシアが揶揄からかうと、リアナは顔を顰めた。


「……むぅ、最近はしてませんっ。ちゃんとお約束は守ってますから」


「ふふ、時々は釘を刺しておかないとねー」


「ぶぅー」


 リアナが頬を膨らませる様子を見ていたライラが口を挟んだ。


「あの……。聞いてはいけないことなら、申し訳ありません。……リアナさんって、ルティスさんとは……」


 これまで、もう1ヶ月ほど王都で共に生活をしているが、明らかにリアナとルティスの距離が近いことをライラも感じていた。

 リアナがルティスに頭を撫でられている――むしろ彼女が撫でろと主張しているようにも――ところを見かけたことも、一度や二度ではない。

 しかも、周りに隠れて……というような素振りもない。


 アリシアとリアナは少し目を合わせると、アリシアが先に口を開いた。


「……ライラはもう気づいてると思うけど、この子とルティスさんは仲がいいのよ。私もそれを許容してるというか」


 もちろんここで言う「仲がいい」というのは、「男女の仲」という意味であることは、ライラにもすぐにわかった。


「はい。お嬢様にお許し頂いています。……まぁ、私が許している面もありますけれど」


「……むー、リアナも言うようになったわねぇ」


 少し引きつった顔でアリシアが苦情を言う。

 リアナはそれを見て、勝ち誇ったようなドヤ顔をした。


「んふふ、事実ですから。……というわけで、私が夜這いをしたとしても、それは合意の上なんです」


「そ、そうなんですね……。あまり深くは聞かないことにします……」


 ライラは、自分が仕えている3人が複雑な関係だということはなんとなく理解していたが、これ以上聞くことはやめた。

 いずれにしても、アリシアは侯爵令嬢でもあり、自分とは立場が大きく違うのだから。


「まぁ、ライラは気にしなくてもいいわよ。ちゃんと相談してこうなってるの。リアナとは私が赤ちゃんの時からずっと一緒で、もう家族みたいなものだしね。……ただ、周りには秘密よ?」


「承知しました。誰にも話しません」


 アリシアはリアナが妹であることは伏せていた。

 それはこの3人と、恐らくリアナの両親くらいしか知らないことだからだ。

 ライラが信用できない訳ではないが、もしそのことが漏れると、ムーンバルト家の信用にも関わってくるからだ。


「……さ、夕食までまだ時間あるけどどうする?」


「私は寝ますー」


「……あ、そう」


 アリシアが皆に尋ねたが、リアナは日中の疲れを取ろうと、さっさとベッドに突っ伏してぐでーっと力を抜いた。


 ◆◆◆


 それから数日。

 一行は、順調にムルランへの旅程を消化していた。


 ムルランは地域の名前で、山がちな土地であるがゆえに、その中には小さな村や集落が点在していた。

 そこでは、木を使って工芸品を作ったり、放牧をしていたり、自然と共生するような古くからの生活が行われていた。


 しかし、自衛手段も少なく、盗賊や野盗に村を襲われることも頻繁にあると聞いていた。

 財産が少ない山の集落で最も金になるものと言えば、若い女性だ。

 ライラが住んでいた集落が襲われたのも、そういう理由からだ。


 あと半日ほどでムルラン地域に入る最後の大きな町に着く予定で、馬に休憩を取らせていたときだった。

 御者が馬車の点検をしているときに、何かを見つけたのか、申し訳無さそうな顔で皆に話しかけてきた。


「申し訳ありません。馬車の車輪の軸が外れそうになっていまして、修理しないと走っているときに外れてしまうかもしれません」


「そうですか……。修理はどのくらいかかりますか?」


 フェリックが尋ねると、御者は困ったとばかりに空を見上げた。


「部品がないんです。近くの村に行けばどこにでも置いてあるようなものですが、馬車で向かうわけにはいきませんし……」


 馬車の修理をするための部品を、馬車で取りに行くわけにはいかないのだろう。

 それをすると、途中で完全に壊れてしまい、もっと被害が拡大する可能性もあった。

 しかし――。


「歩いて進むにしても、戻るにしても、1日かかるわよ? ここからだと……」


 そうなのだ。

 ちょうど場所が悪く、今朝出発した宿場町へ戻るにしても、次の町に行くにしても、どちらも歩いていくには遠すぎた。

 しかも、馬車に積んだ荷物も多い。

 馬車は最悪置いていき、あとで修理に戻ってくることはできるが、その間に誰かが見張っていないと荷物が危険だ。


「……誰かが馬で取りに行く、というのは?」


 ルティスが馬車の馬を見て提案した。

 馬車は馬2頭で牽いており、鞍はないが、乗れなくもない。

 その提案にフェリックが頷く。


「確かに、それならなんとかなるかもしれませんね。ただ……」


「それでも、帰ってこれるのは暗くなってからよ。そこから修理して進むにしても、危険だわ」


 暗くなれば、野盗や獣がいつ現れてもおかしくない。

 もちろん、よほどのことがなければ撃退することはできるだろうが、相当注意を要することは間違いない。


 しばらく考えていたフェリックが口を開く。


「それなら、2人が部品を取りに行くとして、夜に戻ってきても動かずに、明日の朝まで野宿する。とするしかないですね」


「……そうするしかないわね。野宿なら、交代で見張ればなんとか……」


「あとは、誰が取りに行くか……ですけど。ひとりは御者の方に行っていただくしかないと思うですけど」


 フェリックが御者の男に顔を向けると、小さく頷く。

 どんな部品が必要なのか、他の人達はわからないのだから。


「もうひとり、護衛を付けないと帰りの夜が危険です。申し訳ありませんが、僕は馬に乗れません。裸馬はだかうまに乗れる人はいますか?」


 フェリックの問いかけに、手を上げたのはアリシアとルティス、ライラだった。

 アリシアは立場上、乗馬の訓練も積んでいたが、リアナは経験がなかった。


「ルティスさん、乗れるの?」


 アリシアが聞くと、ルティスは頷く。


「ええ。小さい頃に親父に教わりまして。アリシアに行ってもらうわけにはいかないですし、俺が行きましょう」


 馬に乗れたとしても、ライラでは護衛にならないし、アリシアの護衛であるリアナは基本的に彼女から離れるわけにはいかない。

 となると、自由に動けるのはルティスしか残っていなかった。


「きゅぅ……」


 しかし、それを聞いて、それまでずっとルティスの後ろで黙っていたリアナが、初めて不安そうな顔を見せた。

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