第60話 遠征へ
「よろしくお願いします。みなさん」
ムルランへの出発の朝、カレッジの前に集まったアリシアたちに向かい、フェリックはぺこりと頭を下げた。
前回、王都の近くの洞窟にクリスタルクローバーを採りに行った面々に加えて、今回はライラが道案内として同行する。
「よろしくね。このまえ話したけど、この子がライラよ」
「よ、よろしくお願いします。ライラです」
アリシアの紹介に、緊張しながらもライラは深々と頭を下げる。
年齢的にはフェリックとライラはほぼ同じくらいだろうか。
「初めまして、フェリックです。ムルランの出身と聞いてます。道案内頼みます」
「は、はいっ! 頑張りますっ」
初々しいライラの言動を微笑ましく思いつつ、アリシアはルティスに隠れるように立っているリアナの方にちらっと視線を向けた。
「…………」
するとその視線に気付いたのか、リアナは少し目を細める。
その視線は、「自分に構うな」と言っているかのようだ。
(……相変わらずね)
アリシアは研究室で度々フェリックと顔を合わせていてわかったことだが、彼はリアナに興味を持っている節が見受けられた。
もちろん、そのことをアリシアはリアナには伝えている。
そういうこともあって、今回は2週間以上の長旅になるわけだから、リアナとしてはあまり乗り気ではなかった。
ただでさえ外では大っぴらにルティスに甘えられなくて、我慢が強いられるのだ。
それに加えて、さらに面倒なことは避けたいのが本音だった。
「それでは時間も惜しいので、出発しましょう」
フェリックはそう言って、皆に馬車に乗るように促した。
今回、距離が遠いこともあり、少し大きめの馬車を研究室の予算で貸し切っていた。
前後列それぞれ3人ずつ横に並んで座れるタイプで、さらに後ろに荷物台がある。
御者はさらにその前の席で手綱を持つから、今回向かう5人が前後に分かれて乗ることになる。
研究室での経験はフェリックの方が長いが、年齢や肩書きはアリシアの方が上だ。だからアリシアが最初に後列に乗り込む。
そして、必然的にその隣にはルティスが座ることになる。
更にその隣にはリアナが無言で乗り込んだ。
残る前席にフェリックとライラが並ぶ。
「わ、わたし……こんな立派な馬車は初めてです……」
まだ緊張したままのライラに対して、横に座るフェリックは妹にでも諭すかのように声をかけた。
「すぐに慣れますよ。疲れたら休憩するので言ってください」
「は、はいっ」
「それでは出発しましょう。――出してください」
フェリックが声をかけると、待っていた御者は後ろを振り返って小さく頷くと、馬車をゆっくりと走らせ始めた。
目指すムルランは、街道を王都から南に向かったところにある。
距離はアリシアの出身であるムーンバルトと同じくらいだが、方角は異なり、アリシアも全く初めての土地だ。
何度かの休憩を挟みつつ移動を続けて、夕方には予定通り街道の途中にある宿場町に到着した。
その間の休憩の際も、リアナはずっと無言で誰も寄せ付けないオーラを出したまま、ルティスの後ろに隠れていた。
◆
宿に着いて受付を行う。
小さな宿場町ということもあり、多くの人が泊まれるようにするためか、泊まろうとした宿には男女別の大部屋しかないようで、それぞれ分かれて宿泊することになった。
「夕食はどうする?」
受付を終えたあと、部屋に向かう前にアリシアが皆に聞いた。
「宿の食堂でいいかと思いますが……」
フェリックが受付の正面にある食堂スペースを見て答えた。
こういった宿場町には、宿のほかにも食事場所は多くあるが、その多くは酒場だ。
外で食べるリスクは大きい。
「まぁ、そうね。みんなもそれでいい?」
「ええ、構いませんよ」
ルティスが頷くと、アリシアは「じゃ、6時ごろにね」と言って、それぞれの部屋に向かった。
ルティスとフェリック、それに加えて御者の人が泊まるのは男性の4人部屋だが、幸い他の宿泊客はいないようだ。
手荷物を床に置くと、ルティスはベッドにどかっと腰掛けた。
「ふー、馬車は肩凝るなぁ……」
ひとりごとのつもりだったが、それにフェリックが反応した。
「ずっと揺られますからね。仕方ありません」
「ですねぇ……」
ルティスも返しながら大きく背筋を伸ばしてから、ベッドに寝転がった。
普段寝ているベッドのように立派なものではないが、もともと硬いベッドに慣れているルティスとしては問題ない。
壁の時計を見ると、まだ夕食までに時間がある。
少し昼寝でもしようかと思ったとき。
「……ルティスさんは、リアナさんに鍛えられたと聞きました。どんな練習をしてきたんですか?」
唐突にフェリックに聞かれ、顔をそちらに向けた。
(どんな練習……か)
そのころのことを思い返すと、とりあえず痛い思いをした記憶しか残っていなかった。
ただ、痛みそのものは覚えていないから「ただ、動けないくらい痛い」というその時の
「……そうですね。とりあえず毎日死ぬほど魔法ぶつけられて、芋虫みたいに転がされてました」
苦笑いしながら、事実を素直に話した。
「え、それで魔法って上達します……?」
「魔法そのものは上達しないんですけど、リアナが言うには『いくら小手先の技術を身につけても、恐怖とか痛みで自分の判断や動きが鈍っているようでは話にならない』そうで。……おかげで、骨3本くらい折れても我慢できるようになりましたよ、ははは……」
「……な、なるほど。一理あるとは思いますが……」
フェリックが若干引き攣った顔をしているように見えたのは気のせいではないだろう。
実際、ルティスもあれはやり過ぎだったようにも思えて、最近リアナに聞いてみたことはあった。
しかしバツの悪そうな顔でもじもじするだけで、明確な答えは得られなかった。
とはいえ、そのおかげで痛みに強くなったことは間違いない。
「あとは、すごく弱い威力の魔法を使う練習をとことんやらされました」
「弱い魔法……ですか」
「ええ。全力出すよりその方が制御が難しいらしいですね。説明を受けたときは、触ると崩れるような柔らかいものを掴むような力加減、と」
リアナにはそういう細かい制御を身に付けさせられた。
才能のほかにも、同時に複数の魔法を使うといったことも、そのおかげですぐに覚えることができたらしい。
「そうですか。ありがとうございます。よほど良い先生に教わったのでしょうね、リアナさん自身も」
リアナの先生といえば、母親のアンナベルだろう。
アリシアも言っていたが、リアナ以上に化け物のような魔法士らしい。何度か顔をみたことがある程度で、あまり面識はないのだが。
「……みたいですね。俺は一生リアナにも勝てる気がしませんけど」
それは身体で覚えこまされたとも言えるが、ルティスは苦笑いを浮かべた。
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