第58話 洞窟へ
馬車で3時間ほどかけて洞窟の近くまで行ったあと、そこからは歩いて洞窟に向かう。
山の中にひっそりと佇む洞窟まで先導したフェリックは、振り返って口を開いた。
「……ここです」
それまで全く口を開かなかった彼を気遣って、アリシア達も馬車の中では、ひそひそと小声で話をしたくらいだ。
「ありがとう。結構大きな洞窟なのね」
「はい。クリスタルクローバーのある場所は入って30分くらいです。……その奥もかなり深いので、迷子になると出られなくなりますよ」
「奥に行ったことあるの?」
「……ある程度までは。でも、途中に門があって、それ以上奥へ入ることを禁じられています。門そのものは壊れているので通ることはできますけど……」
フェリックの話だと、クリスタルクローバーが生えているのは、入り口からそれほど遠くない場所のようだ。
「ふぅん……。ま、とりあえず入りましょうか」
「そうですね」
アリシアに振られ、ルティスが頷いた。
何を考えているのかわからないが、リアナは相変わらず無表情なまま、皆に付いてきていた。
ただ、不機嫌そうなのはあまり変わらないようだ。
フェリックが先頭で洞窟に足を踏み入れる。
当然、中は真っ暗なので、彼が周囲を照らす魔法を使って視界を確保した。
「中はもっと広いのね……」
入り口もかなりの広さがあったが、中に入ると天井も高く、大きなホールほどもある空間が広がっていた。
足元はあまり綺麗ではないが、ドロドロというほどでもない。いわゆるゴツゴツとした石が転がっているような足場だ。
「分かれ道が所々にありますから、道順を覚えてください。基本、このピンクの目印を辿れば大丈夫です」
フェリックの説明の通り、順路と思われる道には、目立つピンク色のテープが付けられていた。
それを頼りに進めば良いのだろうが、目印が外れてしまうこともあり得るから、それだけを信じてしまってもいけない。
それからしばらく、フェリックに続いて奥へと進んだ。
15分ほど進んだ頃だろうか。
「…………」
不意にフェリックが無言で足を止める。
後ろに続いていた3人もそれに合わせて足を止め――。
「……ケルベロスが2頭です」
最後尾にいたリアナが、ぽつりと呟く。
正面に目を凝らしてもルティスには何も見えないが、何かの気配があることは分かった。
しかし、リアナのように、詳しくはわからない。
「……せっかくの機会です。実力を見せてくださいよ」
そのリアナに向かってフェリックが放った言葉に、一瞬だけ彼女が目を細めた。
(……だから、あんまり刺激しないでくれよおッ)
横にいるリアナが怖くて、ルティスは胸中で不安を感じていた。
顔にはほとんど出さないが、明らかに不機嫌なオーラが漂ってきているからだ。
「まぁ、いいでしょう。……下がっていてください」
ひと言呟いたリアナは、ひとり先頭に歩み出て、暗闇の中の気配に意識を向けた。
特に身構えたりはしないで、ただ腕をダラリと下げて立っているだけだ。
程なく、暗闇の中にいくつもの目が光る。
魔法の灯りが目に反射しているのだろう。
『グワアアァッ!!』
突然、大きな叫び声と共に、暗闇の中から飛び出してきた1頭の黒い影。
(――速い!)
ルティスはそれを目で追うが、ケルベロスはかなりの素早さで、先頭に立つリアナに飛びかかった。
そのとき――。
『――グギャァッ!』
更にワンテンポ遅れて、もう1頭のケルベロスも飛び出してきた。
こちらの方が大きいように見える。
そこまでの知能があるかはわからないが、時間差で飛び出すことで、撹乱しようとでもいうのだろうか。
しかしリアナは一歩も動かず、ただ迫り来る魔獣を無表情に凝視しているだけだ。
(――危ないッ!)
いくら彼女でもそれほど余裕を持っていられるものなのか。
そう思ったとき、ルティスの首筋がぞくっとした。
それは恐怖心ではなく、リアナの魔力の波動を受けてのものだということにすぐに気づく。
それと同時だった。
――キンッ!
――ドゴォッ!
轟音というほどではないが、洞窟内に明らかに反響する音がふたつ。
しかも同時に響いた。
『ギャアァッ!』
――ゴトン。
一瞬遅れて、ケルベロスの断末魔の叫び声と重なって、重たいナニカが落ちる音。
そのひとつは雷魔法に撃たれた1頭。
そしてもう1頭は、声を発することもなく、完全に氷に包まれていた。
「……まぁ、こんなものですかね。……どうです?」
ただ立っていただけで詠唱すらなく、同時に2つの攻撃魔法を使いこなして見せたリアナは、口元を緩めて振り返った。
それを見ていたフェリックは、驚いた顔で呆然と口を開けていた。
「……な、なんだ……? 今のは……」
「私が本気を出すと洞窟が吹き飛んでしまいますからね。……このくらいなら、このルティスさん
(いやいや、無理だろ……!)
どう考えても自分にはここまでの芸当はできないと思いながら、リアナの顔を見ていると、彼女はちらっとルティスの方に視線を向けて片目を瞑った。
すぐにリアナの発言の意図を理解して、ルティスは黙っておくことにした。
「……なるほど。皆、並の魔法士ではないということがわかりました。並列魔法は僕もできますが……無詠唱で全く別の攻撃魔法を同時に扱うとは……。信じられない……」
「理解していただけたようで良かったです。……それでは先に進みましょうか」
「そうですね……」
フェリックは前にいたリアナの横を抜け、改めて先頭に出ると、洞窟の奥に向かった。
◆
「……ここです」
それからは新たに魔獣とは遭遇せず、目的のクリスタルクローバーの群生地に辿り着いた。
「綺麗ね……」
アリシアがその光景を見て感嘆の声を漏らした。
研究室では、すでに採取された少ない本数を見ただけだった。
しかし、ここでは暗闇のなか、魔法の灯りに照らされてキラキラと透き通って輝いていた。
「採りますよ」
フェリックは手近にあったクローバーの根本をポキッと手折ると、そのまま紙袋に入れていく。
レイヴェンド教授からは、10本ほどもあれば良いと聞いていた。
それ以上採っても、使い切る前に寿命が来てしまうからだ。
アリシアも手伝うと、必要な本数を採り終えるのはすぐだった。
「帰りましょう」
そして目的を果たしたこともあり、洞窟を後にすることにした。
◆◆◆
その夜――。
洞窟に向かうまでとは打って変わって、リアナは機嫌良くルティスのベッドにうつ伏せになってくつろいでいた。
その隣でヘッドボードにもたれていたルティスは心境を吐露する。
「……今日のリアナは怖かったですよ」
「でしょう? 少しフェリックさんを驚かせようと思いまして」
ルティスの話を聞いて、ケルベロスと戦ったとき、ギリギリを狙ったことだと思ったリアナはそう答えた。
しかし、ルティスはすぐに首を振る。
「いえ、そうではなくて。……それまでずっと不機嫌そうだったじゃないですか」
「あー……そうですね……。私は別に何を言われても気にしないんですけど……。ルティスさんを下に見てそうだったのが嫌で……」
「あ……。そうだったんですね……」
それを聞いて、なぜリアナが不機嫌だったのかをようやく理解した。
フェリックが皆の力量を不安視したことの中でも、特にルティスが馬鹿にされたように聞こえたことが不満だったのだと。
ルティスはリアナの髪に指を這わせて優しく言った。
「ありがとうございます。俺、嬉しいです」
「んふふ……。もっと褒めてください。私、ルティスさんの師匠ですから。弟子の尊厳は守らないとです」
「あはは、そうですね。よしよし……」
「ふにゃうぅ……」
ルティスの方に頭をぐいっと向けて、もっと撫でろとねだるリアナの頭を、ゆっくり大きく撫でる。
それが気持ち良かったのか、気の抜けた声を出しながら、嬉しそうに目を細めた。
◆◆◆
【第7章 あとがき】
アリシア「だんだん留学生活も慣れてきたわね」
リアナ 「そうですね」
アリシア「折角だから、少しみんなの情報をまとめてみようと思うの」
リアナ 「良いですねぇ。……実はここに作者のメモを入手してるんですよ」
アリシア「へぇ……。なんて書いてあるの?」
リアナ 「ええと、お嬢様のところにはこんな感じですね」
●アリシア・デ・サン・ムーンバルト
・17歳(誕生日:未定)
・聖魔法士(治癒系が得意)
・普段はおしとやかに見えるが、意外とサバサバしている
・身長:リアナよりは高い
・濃いブラウンのロングヘア、ちょっとウェーブ有り
・変装時だけ眼鏡っ娘
・口癖は「ふふっ」
・属性:姉、令嬢
・好きなこと:スイーツ、運動、ぎゅー
アリシア「ふーん……(ちょっと恥ずかしい)」
リアナ 「まぁ、順当ですね」
アリシア「それじゃ、リアナは……っと?」
●リアナ・アイスヴェール
・17歳(誕生日は、アリシアの半年後)
・■魔法士(攻撃系の魔法を同時に2つ使える)
・短気のふりをしているが甘えん坊
・身長:ちっちゃい
・黒髪セミロング
・口癖は「んふふ」
・属性:メイド、妹、元上司
・好きなこと:ハンバーグ、お風呂、なでなで
リアナ 「……なんですか、この■で塗りつぶされてるところは?」
アリシア「さぁ……。裏から透かしたら見えないかしら?」
リアナ 「んー、無理っぽいですね……」
アリシア「仕方ないわね。じゃ、ルティスさんはどうかしら?」
●ルティス・サンダーライト
・18歳(誕生日はアリシアと3日違い)
・■■魔法士
・真面目に見えて、嫌なことはやりたがらない
・身長:普通
・短髪で、髪の色は未定
・口癖は「ヤバい」
・属性:?
・好きなこと:昼寝
リアナ 「こっちも塗りつぶされてますね……」
アリシア「空間魔法士じゃないのかしら……?」
リアナ 「なんなんでしょうか。まぁ、いずれ分かるんでしょうけど……」
アリシア「そうねぇ」
リアナ 「そういえば、ルティスさんの借金って、お嬢様と結婚したらどうなるんでしょうか?」
アリシア「さぁ、借金自体はルティスさん本人のものじゃないし、お父様次第かしら……?」
リアナ 「なるほど……。まぁ、私にはそんなに関係ないですね」
アリシア「ええ、気にしなくてもいいと思うわ」
リアナ 「一応、他の主要キャラのメモもありますけど……?」
アリシア「今日はいいんじゃない? また次回で」
リアナ 「わかりました。――それでは、次章はまた話が動き始めるみたいですから、頑張りましょう」
アリシア「面倒よねぇ……。読者は私たちの甘~いシーンが見たいんだと思うのに……」
リアナ 「そ、それは……行間を読んでいただければと……」
アリシア「R15じゃ、細かく書けないものね。リアナのあんな姿、私たちしか知らないなんて……」
リアナ 「…………(顔真っ赤)」
アリシア「ふふっ、それじゃまたね~♪」
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