第57話 遠足

「んん? これは……」


 カレッジに通うようになって1週間が経った頃。

 文書館で魔法書を読んでいたリアナが、ふと気になる記述を見つけて目を留めた。


「どうしたんですか、リアナさん」


「えっと、探している空間魔法とは違うんですけど、ここ……」


 リアナは隣で別の本を確認していたルティスに本を差し出して、気になる場所を指で示した。

 ルティスはそれを覗き込みながら、読みにくい古代文字を目でなぞる。


「ええと……。聖……魔法……に似た、別の魔法……ですか? 聞いたことないですね」


 まだすらすらとは読めないが、ルティスも毎日読むようになって、ほぼ意味は理解できるようになっていた。

 リアナが指し示したそこには、アリシアやリアナが使う聖魔法とは少しだけ違う魔法が別にあるのでは、という推測が記載されていた。


「これはヴァインリーっていう、6百年ほど前に王宮で仕えていた魔法士が書いた自伝です。かなり高名な方で、私も名前だけなら聞いたことがあります。……どうやら、そのころ王都を高位の魔族が襲ったことがあるみたいですね。で、王都の聖魔法士でも手も足も出なかったその魔族を倒したのが、偶然現れた旅の魔法士のようです」


「へぇ……。その魔法士の名前はわからないんですか?」


「名乗らなかったそうです。ただ、彼が使っていた魔法ってのが、聖魔法に似ているけれど少し違う……見たこともないものだった、とあります」


「なるほど。その感じだと、確かに空間魔法とは違う感じがしますね」


 記述を読む限りでは、不確かではあるが、聖魔法のように魔族に効果の高い別の系統の魔法が存在する、というように読み取れた。

 以前、ムーンバルトで読んだ魔法書に書かれていた空間魔法の特徴とは大きく異なる。


「ですね。ただ、魔族に効果が高い可能性があるっていうのは魅力的ですけど、その方の名前も分かりませんし、調べようがないですね。ま、他の本に出てくることを期待するくらいでしょうか」


「はい。俺も見つけたら教えますね」


「よろしくお願いします」


 リアナはひとつ頷くと、ルティスに見せていた本を手元に戻して、続きを読みはじめた。

 ここに来た目的のひとつが魔族に対抗する手段を探すことだから、空間魔法以外にも手段があることは良いことだ。それが自分達で扱えるものであればより良いけれども。


 ◆◆◆


「え、明日は王都から出るんですか?」


 夜、洋館で夕食を取っている時、アリシアの話を聞いてルティスが聞き返した。

 これまでしばらくはカレッジに通う日々が続いていた。

 しかし、どうやら明日はアリシアの研究のための材料集めに、日帰りではあるが、王都の外の洞窟に行くらしい。


「ええ。と言っても、初めてだから、近くの洞窟にクリスタルクローバーを採りに行くだけよ。フェリック君に案内してもらって」


「そうなんですね。俺たちはどうすれば?」


「一応着いてきて。近くって言っても、魔獣とかは出ることがあるみたいだから。フェリック君はいつもひとりで行ってるくらいだし、そんなに心配はないと思うけど」


「わかりました」


 それを聞いていたリアナが尋ねた。


「お昼、お弁当とか要りますよね?」


「そうね。食べるところなんてないでしょうし。……一応、フェリック君の分も用意してあげて」


「はい。お任せください。……お弁当にハンバーグ入れても良いです……?」


 さりげなく自分の好物を弁当に入れようとするリアナを見て、アリシアは「ふふっ」と吹き出した。


「好きにして良いわよ。みんなで遠足に行きましょう。……ライラはごめんね。毎日お留守番で」


「いえ、ご心配なく。時々お休みもいただいておりますし、いつも感謝しています」


 初めて出会った頃から、少しだけ髪が伸びたライラが笑みを見せる。

 やつれていた顔も血色が良くなって、少女らしく張りのある肌になり、毎日せっせと家事をこなしてくれていた。

 これならムーンバルトに戻ったときも、そのまま連れて帰ってもいいと思えるほどの働きだった。もちろん、本人の希望次第ではあるし、まだそういう相談をしたわけでもなのだが。


 ライラ自身、売られた町から逃げ出した時は、こんな生活が待っているとは思ってもいなかった。


「……本当に、ありがとうございます」


 そのときのことを回想しながら、ライラはもう一度深く頭を下げた。


 ◆◆◆


「……本当に、大丈夫ですか?」


 翌朝、カレッジの前に集合したアリシアたちを見て、フェリックは心配そうな表情を見せた。


 レイヴェンド教授や父のエドワードから聞いていたとはいえ、アリシアたちの力量がわからなくて、本当に問題なく洞窟に行って帰れるのか心配だった。

 しかも、アリシアの他に、護衛と称してさほど歳の変わらないふたりも付いてきているのだから。


「フェリック君はどのあたりが心配なの?」


「……全部です。子供の遠足じゃないんです。洞窟にはキマイラクラスの魔獣は出ます。油断してるとあっという間に死にますよ? アリシアさんだけならともかく、僕ひとりで何人も守るのは無理です」


「……だって。リアナ、どう?」


 フェリックの心配をアリシアはリアナに振った。

 しかしリアナは表情を変えずに答える。


「ここで見せても良いんですけど、そういうわけにもいきませんし……。まぁ、キマイラくらいの雑魚が相手なら、ご心配なく、としか……」


 かつてのルティスならば、キマイラが相手だと太刀打ちできなかったが、リアナならば鼻歌混じりで倒してしまうだろう。聖魔法を使わずとも。


「……何があっても僕は責任取りませんよ?」


「ええ、もし何かあったとしても、あなたに責任はありません。何もありませんけどね」


「……はぁ。わかりましたよ」


 仕方ないとばかりに、不服そうに言ったフェリックは踵を返して用意していた馬車に乗り込む。

 洞窟の入り口までは歩くと時間がかかるため、馬車で移動するのだ。


 続いてアリシアたちも乗り込んだ。

 移動する間、馬車の中は終始無言だったが、なんとなくルティスには分かっていた。


(リアナの機嫌が悪そう……。何もなきゃ良いんだけど……)


 そのとばっちりがこちらに来ないことを祈りつつ、ルティスも何も言わずに黙っていた。

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