閑話 バレンタインSS

 ※ 本編とは(あまり)関係ありません……。


 ◆


「……お嬢様、買い物に行ってきます」


 カレッジに通い始めてしばらく経った、とある休日の午前中のこと。

 ふいにリアナがそう告げて、出かけようとしていた。


「別に良いけど……。珍しいわね、ひとりで出かけるなんて……」


「え、ええ。買い忘れたものがあったので……」


「ふーん……」


「そ、それでは……」


 なんとなく挙動不審に思えたが、リアナはさっさと屋敷を出て行ってしまった。

 ムーンバルトの屋敷にいた頃から、リアナはあまりひとりで出かけたりしなかった。

 アリシアはそもそも簡単に外出できないので仕方がないが、そういった制限がないリアナも、なんだかんだと理由をつけてルティスを連れて行ったりしていたからだ。


 ここ王都に来てからも、みんなで出かけることばかりで、リアナひとりで出かけるのは初めてだ。


「……なんか怪しいわね」


 そう呟くと、アリシアは洋館の扉を少しだけ開けて、外の様子を窺う。

 見れば、リアナの後ろ姿が建物の影に消えていくところが確認できた。


(ふふっ……)


 にんまりと口角を上げたアリシアは、そのまま扉を出て、リアナの後を尾ける。

 以前はひとりで外出などあり得なかったが、ここ王都では誰かに見張られているわけでもない。

 そもそも、アリシアの素性を知っている者など、ほとんどいないのだから。


 見失わないようにと、急いでリアナが消えた建物の角を早足で移動して、その先を確認しようと、そっと顔を半分出した。


 ――と。


「お嬢様、バレバレです。何をしているんですか、ひとりで出歩いてはいけませんよ?」


「――きゃあっ!」


 突然、顔を出した正面には、リアナが立っていて。

 しかめっ面で声を掛けてきたことに、驚いたアリシアは声を上げた。


「な……なんでバレたのよ……!」


「お嬢様の魔力や気配はよーく知っていますから。どれだけこれまでお供してきたと思ってるんです?」


「…………」


 いまいち何故バレたのかは理解できないが、リアナには分かるのだろうか。


(リアナ……やるわね……)


 とはいえ、こっそりと尾行する作戦はあっという間に失敗となった。


「さあ、お嬢様は家に帰りましょうか」


「ぶーぶー。別に私が付いて行っても良いじゃないの。それとも、私が行ったら駄目な理由があるの?」


 開き直ったアリシアが抗議すると、リアナは困ったような顔をした。


「……う。別にダメ……じゃないですけど……」


「なら良いじゃない。一緒に行きましょうよ」


 断る理由が思いつかなかったのか、リアナは「ふぅ」とため息をついた。


「……わかりました」


 そして、黙って踵を返すと、リアナは大通りの方に向かって歩いていく。

 アリシアもその後ろに続いた。


 そして――。

 リアナはきょろきょろと何かを探しているようだったが、目的の店を見つけたのか、1軒の店に入ろうとするところにアリシアが声を掛けた。


「……お菓子屋さん?」


「はい。ここで、チョコレートを買います」


「チョコレート? リアナ好きだったっけ?」


「別に嫌いではないですけど……。私が食べるのではありませんから」


 その返答にアリシアは首を傾げる。

 自分で食べないとなれば、ルティスにあげるくらいしか想像がつかなかった。


「ルティスさんに?」


「…………はい」


「なんで急に?」


 アリシアが突っ込んで聞くと、リアナは困ったような顔をしながら答えた。


「……文書館で暇つぶしに小説を読んでみたんですが、その中に架空の世界が出てきて。そこでは2月14日にチョコレートをプレゼントするって話が出てきたんです。……その……す、好きな人に」


「へぇ……。小説ね……」


 そんな風習は聞いたことがないが、空想の話ならあり得るのだろうか。

 ただ、もしかしたらどこか自分たちの知らない世界には、似た風習が本当にあるのかもしれないと思えた。


「偶然、明日は14日なので……。どうせならそれに倣ってみようかと……思っただけです」


 リアナは頬を赤らめて呟く。

 その様子を見て、アリシアは満足げな顔を見せた。


「良いじゃない。じゃ、私も一緒に買うわ」


「……はい。そうですね」


 乗り気になったアリシアに向かってリアナは頷いた。

 本当は、自分ひとりでこっそり買ってルティスにプレゼントしようと思っていたのだけれど、アリシアに隠し事をしても仕方ないと思うことにした。


 ◆


 チョコレートを買った帰り道、リボンの付いた小包を手にアリシアは口を開いた。


「喜んでくれると良いんだけど」


「さぁ、どうでしょう。ルティスさんは知らないと思いますからね、意味を」


「ふふっ、そうよね。……でも良いんじゃないの? こういうのは気持ちが伝わればいいのよ」


「……そうですね。明日まで、ルティスさんに見つからないようにしないと」


 そう言いながら、リアナは心なしか弾んだ足取りで、家路を急いだ。

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