第56話 再会
まだ研究室に来たばかりということもあり、アリシアはこれまでの研究成果を確認するため、まとめられた文献の理解に努めていた。
そのとき、研究室の扉が開く。
「……失礼します」
アリシアが顔を上げると、入ってきた少年と目が合う。そしてすぐに気づいた。
「……フェリック君」
それは王宮に行ったときにエドワードの部屋で出会った、彼の息子であるフェリックだった。
彼もすぐにアリシアに気づいたのか、小さく会釈をした。
「……こんにちは」
「こんにちは。……もしかして君もここの……?」
「……はい」
フェリックが肯定したことで、もうひとり居ると聞いていた研究室の、最後のひとりが彼だということがわかった。
奥にいた教授であるレイヴェンドが、意外そうな顔をして聞いた。
「お? 顔見知りかい?」
「……はい。父さんのところで一度お会いしました」
フェリックが答えると、レイヴェンドは合点がいったようで頷く。
「なるほど、エドワード君の。なら話が早いな。――アリシア君。彼がもうひとりの研究生だよ。まだ君よりも若いが、こう見えて非常に優秀な魔法士でね」
「そうなんですね。よろしくお願いします」
「……よろしくお願いします」
アリシアが改めて挨拶をすると、フェリックはその場でもう一度頭を下げた。
「……それで先生。採ってきましたよ、クリスタルクローバーを」
改めてレイヴェンドに向かい、紙袋から取り出したのは、青白く透き通ったクローバーのような葉っぱだった。
ひとつひとつが手のひらくらいの大きさの葉で、それが10本ほど。
「綺麗……」
それを見たアリシアはつい呟きが漏れた。
「おお、毎回すまないね。すぐに枯れてしまうから……」
クリスタルクローバーの葉をフェリックから受け取りながら、レイヴェンドは礼の言葉を述べた。
「これは確か、魔法薬のベースになるものでしたよね」
アリシアは先ほど読んだ資料に、この植物の名前が書かれていたことを思い出す。
確か、魔法薬を作る際に必須になる材料のひとつで、この王都の近くにある洞窟でも採れるようだ。
しかし、保存できないうえに、すぐに加工しないとあっという間に
「そうだ。これがないと魔法薬の研究は進まないから、いつもフェリック君に取りに行ってもらっているんだ。いずれアリシア君にも頼むこともあるかもしれないから、良く見て覚えておいてくれ」
「はい、わかりましたわ」
とはいえ、これほど目立つ特徴があれば、見間違えたりすることはないだろう。
そう思いながら、アリシアは論文の束に視線を落とした。
◆
「おかえりなさいませ」
夕方、カレッジを出て洋館に帰ると、入り口でライラが出迎えてくれた。
「ライラもご苦労さま。困ったことはなかった?」
「はい。天気が良かったので、洗濯物もよく乾きました。夕食は下ごしらえまでしています」
「ありがとう。それじゃリアナ、あとお願いね」
夕食のメニューはリアナが事前に決めていて、ライラに指示を出していた。
リアナの腕ならば、ライラが手伝わずに最初からひとりで作った方が早いのだが、少しでも作業をしてもらうことで、できる範囲を増やしてもらうことが目的だ。
「はい、任せてください。……それじゃ、ライラさん、手伝ってくださいね」
「承知しました」
リアナがライラを連れて厨房に行くのを見届けたあと、ルティスはアリシアに話しかけた。
「夕食までどうします?」
「そうねぇ……。研究室で肩凝ったから、先にゆっくりお風呂に入らせて貰おうかしら。……ルティさんも一緒に入る?」
「え? 流石にそれは……」
悪戯な顔で唐突に提案してきたアリシアに、ルティスは慌てて手を振った。
「えー、私の裸くらい何度も見てるでしょ? せっかく広いお風呂がある訳だし、ね」
「……と、いうよりも、せめてリアナに許可を……」
妙にグイグイとくるアリシアを制しつつ、ルティスはリアナの名前を出した。
ここでアリシアと風呂に入る、などという暴挙に出たら、後でリアナに何をされるかわからない。
「むー、そうねぇ……。ご飯作ってもらってる間にそれはリアナ怒るかしら……」
「ですよ。後で被害を受けるの、俺なんですから……」
その光景を想像すると、ルティスは背筋がぞくっとした。
逆に心の広いアリシアならば多少の恨み言で済む気がするが、リアナは執着心が強いだけに嫉妬も強い。
自分が先に同じことをしていれば許されるだろうが、アリシアに抜け駆けされるのを良しとはしないだろう。
きっとリアナのことだから、しばらくは何も言わず平然としているだろうが、ふたりきりになった途端、どんなお仕置きが待っているのか……。
「私もわざわざリアナを怒らせたくないし、お風呂はあとにしましょうか。……じゃ、私お茶淹れてくるわ。夕食までのんびりしましょう」
「わかりました……」
アリシアが上機嫌で好きな紅茶を淹れにいくのを目で追いかけつつ、ルティスは一難去ったことを安堵しながら椅子に腰掛けた。
◆
――夕食後。
「……ふにゃぁ、気持ちいいですねぇ」
湯船に顎ほどまでしっかりと体を沈めたリアナは、大きく息を吐いた。
「リアナはお風呂好きよね。……今日はどうだった?」
先に湯船に浸かっていたアリシアがリアナに尋ねる。
結局、浴室にはふたりだけだ。
先にひとりで風呂を済ませたルティスは、部屋でゆっくりしている頃だろうか。
「はい。まぁ本が多すぎて、まだ全然です。ゆっくり調べますよ。お嬢様はどうです?」
「研究は面白そうだけど……。あ、そうそう。あのエドワードさんのところで会ったフェリック君。彼も同じ研究室のメンバーだったのよ。びっくりした」
「そうなんですね。もしかすると私を超えるくらい魔力は持ってそうでしたから、きっと良い魔法士になりますよ、彼」
「よく見てるわね、そこまで……」
あの短時間会っただけで、フェリックの力量がどのくらいなのかを確認していたのだろうか。
アリシアには見ただけで他の魔法士の魔力などわからないが、リアナにはそれが大体わかるらしいことを、彼女から聞いていた。
もともとルティスに目をつけたのも、その力があったからだ。
「魔法士としての力量は、見ただけじゃわかりませんけどね。でもそれは練習で鍛えられますから」
「そうよね。……彼は結構可愛い顔してるし、リアナは乗り換えても良いのよ? ルティスさんから……」
もちろん冗談だが、アリシアがそう言ったことに対して、リアナは眉を顰めた。
「んふふ、その手には乗りませんよぅ。……私は絶対、何があってもルティスさん以外嫌です。もしルティスさんから嫌われたって、他の人なんてありえませんから」
「……そ、そう」
自分で聞いたことだが、ここまではっきりと断言されると、アリシアは苦笑いを浮かべるしかなかった。
むしろ、このリアナにここまで言わせるのは、彼は一体どんな魔法を使ったのだろうかと思うほどだ。
逆にリアナはアリシアに聞いた。
「お嬢様こそ、乗り換えても良いんですよ?」
「……それこそあり得ないわ。いくらフェリック君が優秀でも、一度婚約した身だもの」
「まぁ、そうですね。婚約破棄の例がないわけではありませんが……」
リアナの場合はアリシアの予備という側面を除けば、自分の気持ち次第なところもあるが、アリシアは対外的な立場にも縛られている。
それゆえに、自分の気持ちだけでは決められない。
アリシアは周りを納得させるために、大掛かりに計画してまで婚約者を選んだのだから、今更変えられるはずもない。
その上での冗談のやり取りだということを、ふたりとも分かっていた。
「まー、結局選択肢なんて他にないのよね……」
「全くですね……」
結局現状を再確認しただけで、ふたりは温かい湯をゆっくりと堪能することにした。
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