第52話 王宮へ

「で、ここが王宮ね」


 食後、アリシアに連れられて、王都の中心部にある王宮の前に来た。

 王宮はその背後に小高い山を従えていて、それと組み合わせることで自然の要塞としても機能するように造られているようだ。


「……大きいですね」


「ええ……大きいですね……」


 ルティスが王宮を見上げながら呟くと、同じく初めて見たライラも同意する。

 そもそも巨大な水濠が張りめぐされていて近づくことすらできない上に、その内側には敵を上から狙うことができるように、幾つもの塔が備えられた塀がそびえていた。


「ま、この国で一番大きな建物だから。……どうする? 入ってみる?」


 アリシアが軽く聞いてきたが、厳重に門は閉ざされていて、その前には兵士がずらりと並んでいる。とても気軽に入れるような場所には見えなかった。


「い、いや……どう見ても入れないですよね、アレ」


「んー、謁見は事前に予定してないと無理だけど、王宮に入るくらいなら多分いけるわよ? 私の身分証があれば」


「そんなに顔が効くんですか……?」


 アリシアの説明に、ルティスが驚きつつ聞き返した。


「そうね。一応私の家系は、もともと王の護衛をしてた魔法士の流れなのよ。だから、今も重臣にうちの親戚がいるし、聖魔法が使える魔法士もここには何人もいるわ」


「……知りませんでした」


「話してないもの、当然よね。詳しくはそのうちね。……ちょっとここで待ってて」


 そしてアリシアは皆を待たせたまま、ひとり堂々と歩いていき、城門を守る兵士に声をかけた。


 遠くから見ていると、何やら一言二言話し、恐らく身分証を見せたのだろうか。

 あっさりと話は終わったようで、アリシアはルティス達に振り向き、大きく手招きした。


「彼らは私の護衛を務めている者達ですわ。身分は私が保証いたします」


 優雅な口調でアリシアが兵士に説明すると、兵士達がルティス達に敬礼をした。


「どうぞお通りくださいませ」


「ありがとう」


 アリシアは礼を言いながら、残りの3人を連れて城門をくぐった。


 門を入ると、中には広々とした道が正面の建物に向かって続いていた。

 その両側には手入れの行き届いた庭園があり、色とりどりの花が人工的に作られた水路の周りに植えられている。

 更にその奥にも多くの建物が建っていて、さながら城下町のようになっていた。


「……すごいですね……」


 ライラがその庭園を見て、感嘆の声を上げた。

 ルティスも同意するが、アリシアとリアナは平然としていた。


「ここは一年中、花が絶えないように手入れされてるのよ」


「へえ……。庭の手入れ専門の人がいるんでしょうか?」


「そう思います。私も詳しくはわかりませんが……」


 リアナは花に顔を近づけて、香りを確かめながらルティスの質問に答えた。

 アリシアもその付近をのんびりと歩きながら、しばらく花を眺めてから、顔を上げた。


「せっかく来たから、遠縁の魔法士の人に挨拶しておきたいけど、かまわないかしら? ……今回の留学も、その人に口利きしてもらったから」


「あ、そうなんですね。なら、お礼を言わないといけませんね」


「ええ。行きましょうか」


 アリシアが向かった先は、庭園を抜けた右側の建物だ。

 何度か来たことがあるようで、迷いのない足取りでその内のひとつの建物に向かっていく。


 時折、兵士や役人などだろうか。すれ違う人達がいるが、特に自分たち一行を気にする素振りもない。


 アリシアが入ろうとしている建物は、3階建ての大きなもので、感覚的なものでは体育館ほどもあるだろうか。

 もっとも、そんなに広い部屋があるわけではないようで、小さな事務所のような部屋が数多く並んだ構造をしていた。


 ガラス張りの扉を開けると、中には左右に伸びる廊下と、正面には上階に向かうための階段が見えた。


「2階ね」


 アリシアはひと言、それだけ言って階段に向かう。

 2階に上がると、迷わず3つ目の部屋の前で足を止めた。

 ドアの横には部屋の主の名前だろうか。「エドワード・ディ・メディチ」と記載されていた。


 アリシアがそのドアをノックすると、中から「――はい。どなたでしょう?」と扉越しに返事が返ってきた。


「エドワードさん、お久しぶりです。アリシアでございます」


 アリシアが扉の外から名乗ると、しばらくして扉がガチャリと開けられた。

 中から顔を出したのは、短めの顎ヒゲを伸ばした中年の男性だった。年代はアリシアの父であるセドリックと同じくらいだろうか。中肉中背で、細く黒い縁の眼鏡をかけている。


「おお、アリシア君! 元気そうですね。そろそろ来る頃だと思っていましたよ。ようこそ、王都へ」


「はい。先日王都に到着しましたので、ご挨拶に参りました」


「そうですか。わざわざ申し訳ない。こんなところで立ち話もなんですから、中に入ってください。みなさんも」


「ありがとうございます」


 エドワードはアリシアを始め、全員を部屋に招き入れた。

 部屋の中は事務所のようになっていて、壁一面が棚になっていて、そこには多くの本や書類が収められている。

 奥にはエドワードの仕事机がある。


 部屋に入ったすぐの場所には応接セットが置かれていて、そこに座るよう促された。


「改めて。僕はエドワード・ディ・メディチと言ってね、普段はここで魔法学の研究をしているんだ。週に一度だけ、カレッジで講師をしていてね。……アリシア君の曽祖父の弟が、僕の祖父なんだよ」


 簡単に自己紹介をしたエドワードに、アリシアを除く3人が軽く頭を下げた。


「……それで、この彼が、あの?」


「ええ、私の婚約者のルティスさん」


 アリシアに目配せをされて、ルティスは小さく頷く。


「初めまして。ルティス・サンダーライトです」


「よろしく。詳しくはまたゆっくり話をしよう。――で、リアナ君……は、あまり変わらないね」


「ええ、お久しぶりです。……それは全然成長していない、って意味ですか? ふふっ」


 それまで無表情で黙っていたリアナだったが、エドワードに声をかけられると、小さく笑いながら聞き返した。

 その表情を見たエドワードは面食らったような顔を見せる。


「これは驚いたな。リアナ君が笑うのは初めて見たよ」


「そ、そうでしょうか? 2年ぶりですからね……」


 自分でも前回どうだったのか、あまり記憶になくて、戸惑いながら聞き返した。

 確かにほとんど会話をせず、ずっとアリシアの後ろに控えていただけだったような気もした。


「ああ。挨拶くらいしか、してくれなかったように思うよ。いやぁ、そういう意味なら変わったのかな。ははは」


 エドワードは先程の自分の言葉を訂正しながら頭を掻いた。


「ふふっ、リアナも成長してのですわ。……あと、この子はライラです。王都で私たちの身の回りの手伝いをしてもらうために雇いました」


 アリシアが話に割り込んで、ライラの紹介をした。


「はじめまして。ライラと申します」


 ひと言、シンプルに挨拶をしたライラは、そっと頭を下げた。


「はじめまして、ライラ君。よろしく」


 エドワードがライラに向き合って挨拶を返したとき――。

 突然、ドアがノックされる音が部屋に響いた。


「おっと、誰かな……。――はい、どちら様で?」


 立ち上がりながらエドワードが扉の向こうに問いかけると、すぐに返事が返ってきた。

 若い男の声だ。


「父さん、フェリックです」


「ああ、お前か。……入っていいぞ」


 エドワードはアリシアに目配せして、彼女が頷いたのを確認したあと、ドアの外のフェリックに声を掛けた。


 ガチャリ、という音とともにドアが開き、そこから顔を見せたのは青白い髪をした少年――ライラと同じくらいだろうか――だった。

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