第51話 大好物

「ここが王立博物館ですね」


 翌日、簡単に朝食を取ったあと、全員で王都を歩きながらリアナが説明する。

 アリシアとリアナは以前王都に来たことがあり、有名な場所は観覧した経験があった。

 とはいえ、その時は馬車だったから道は覚えていなくて、手に持つ地図を見ながらだ。


 ライラもアリシアに貰ったワンピース姿で、一番後ろを控えめに付いてきている。

 彼女は洋館の掃除をしています、と最初は断ったが、これからひとりで街に買い物に出たりする必要もあり、ある程度地図も知っておかねばならないと同行することになった。


「2年ぶりくらいよね。私たちが高等部に入ったすぐのころだから」


「そうですね。留学の話は流れてしまいましたけど」


 アリシアが思い出しながら言うと、リアナが頷く。

 以前、王都に留学の話が持ち上がったとき、前回ふたりはその視察に来ていた。

 そのことをルティスが尋ねた。


「どうして流れたんですか?」


「別に大した理由はないわよ? あのころ王都に来ても、何人も護衛付いてきて面白くなさそうだったもの。むしろ屋敷の中なら自由にできるムーンバルトのほうがマシかもって思ったから……」


「なるほど……」


 自由に好きなことをしたいアリシアにとって、窮屈な生活を送る必要があるのが苦痛だったのだろう。

 少なくともムーンバルトでは、十分に広い屋敷があり、学園ではリアナ以外の護衛はいないのだから。


「……だから、今回ルティスさんには感謝してるの。魔族のせいでもあるけどね」


「ですね。もう魔族とは出会いたくないですけど。……でも、今ふと思ったんですけど、今度はアリシアさんのお父様が狙われる……とかないですよね?」


 魔族の話を聞いて、ルティスはそんな懸念に思い至る。

 アリシアの居場所がわからないのであれば、父親のセドリックを尋問する、などということも考えられるからだ。


「……可能性がないとは言わないわ。でも、お父様には普段から先生が付いてるから……」


「先生……というのは、リアナの?」


 ルティスはリアナに視線を向けながら聞き返した。

 今まで聞いていた話だと、アリシアの先生といえば、リアナの母親――アンナベルだという記憶があった。

 リアナはこくりと頷く。


「ええ。私は高等部に入った2年前、屋敷のメイド長を拝命したのですが……そのときに母はセドリック様の護衛に戻りました。母は、間違いなく私より強いですから、心配いらないと思います。……学園祭のときも、母がいたらあんなことにはならなかったかと」


「……リアナより……? あの……人間ですよね……?」


 驚くルティスに、リアナが不満そうな顔をする。


「しつれーですよ。……聖魔法がないと魔族相手では厳しい面はあると思いますけど、母はそれを無視できるくらいの魔力があります。それにセドリック様は一応聖魔法が使えますし、今の私たちよりは戦力は高いはずです」


「そんなにすごい方なんですね……」


「そうね。知識もすごいし、まさに完璧超人って感じよね。言い方は悪いけど、リアナが霞んじゃうくらいに……」


「いえ、それは間違いではありませんから。……さ、話はこのくらいにして、入りましょうよ」


 いつまでも博物館の前で話していても時間の無駄と言わんばかりに、リアナが先頭になって博物館の入り口に向かった。


 ◆


 2時間ほど博物館を観覧したあと、もう昼が近いと言うことで、近くで食事を取ろうと店を探しているとき――。


 突然何かを見つけたリアナが目を輝かせた。


「なっ、なんですかコレっ⁉︎ 美味しそうすぎません⁉︎」


 彼女の目を釘付けにしていたのは、ハンバーグをパンで挟んだらしい料理の、テイクアウト専門の店だった。

 とはいえ、近くには簡易ベンチやテーブルも備え付けられていて、買ったものをそこで食べることもできるようになっていた。


 挟む具材はハンバーグに加えて、チーズやベーコン、野菜など様々なものが選べるようで、なかなかの人気店のようで短いながらも行列ができていた。


 リアナは「昼は絶対コレを食べますっ!」と宣言して、有無を言わさず行列に並んだ。

 その気迫に、残りの3人もその後ろに並ぶ。


 明らかに期待が漏れ出してきているリアナの顔を見ていると、なんとなく微笑ましくもあって。


「……顔に出てますよ?」


「そ、そうですか……? こんな料理があったなんて、知りませんでしたから……」


 頬を赤らめて照れるリアナが可愛くて、髪をわしゃっとしたくなったが、ライラがいる手前、それをぐっと堪える。


 リアナは列に並んで、順番が回ってくるのを今か今かと待っていた。


「いらっしゃいませ。何にいたしましょうか?」


 ようやく順番が回ってきて、カウンターに置かれたメニュー表を確認する。

 シンプルにハンバーグが挟まれているだけのものから、徐々に具材が増えていくにつれ、値段も上がっていくようなスタイルのようだ。

 それとは別に、ポテトなどのサイドメニューも記載されていた。


「えっと、私は……このダブルチーズトマトバーガー。あとセットでポテトとオレンジジュースでお願いしますっ」


 とはいえ、初めてでよく分からなかったから、とりあえず一番高価なものを注文してみる。

 好きなハンバーグが2つも挟まれているのが決め手だ。


「かしこまりました。次の方はどうしましょう?」


「私はベーコントマトバーガーで、あとは同じセットで良いわ」


 続いてアリシアも注文する。こちらはハンバーグの片方がベーコンになっているというものだ。

 同様に、ルティスとライラも注文する。

 ルティスは「食べ盛りなんだから2つくらい食べるでしょ?」とアリシアに言われて、違うものを2つ。

 ライラは控えめに、野菜とトマトが多く載せられたバーガーを注文した。


「…………(わくわく)」


 出来上がりを待っている間も、無言ではあるがリアナの身体が小刻みに揺れていて、興奮を表しているようだった。


「おまたせしましたー」


 全員分のバーガーをリアナが紙袋で受け取ると、早速近くのベンチに座って、テーブルに皆の注文したものを広げた。


「ふわあぁ……!」


 個別に包装されたバーガーを開けると、中からはソースの匂いだろうか。ふわっと良い匂いが漂ってきて、リアナは思わずよだれを滲ませる。


「いただきますっ!」


 そして、我慢できずに勢いよくかぶりついた。

 彼女の小さい口ではちょっと大きすぎたこともあって、頬にソースが付いてしまったけれど、噛み締めるハンバーグの肉汁がジュワッと口に広がって、思わず頬がじーんとする。

 そしてしっかり味わってごくんと飲み込むと、感想を漏らした。


「んん……。これは美味しすぎます……」


 その様子を見ていたアリシアが、ぽつりと呟いた。


「……リアナ、泣いてる……」


 よく見れば、目を閉じて余韻を味わっていたリアナの目尻からは、うっすら光るものが見える。

 感動のあまり涙を滲ませたリアナは、ルティスに呟いた。


「これだけで王都に来た甲斐がありました……」


「そ、そこまでですか……?」


 確かに美味しいとは思うが、そう言い切るほどのものかどうかと言われると、ルティスには正直分からなかった。

 ただ、リアナがそう感じたことに対しては、幸せそうで良かったとは思う。


「ライラさんはどうですか?」


 リアナが聞くと、ライラは素直に感想を述べた。


「はい、とても美味しいと思います。……しばらくの間、硬い豆とかばかり食べてましたから……」


 ここしばらくの食生活のことを思い返すと、まともな食事はこの王都に来てからだ。

 それまではほとんど家畜と同然の――食べられるように煮た古い豆が――普段の食事だったことを思えば、何を食べても美味しいと思えた。


「なるほど……。とりあえず、お嬢様のところで働いているうちは、食事は心配しなくても大丈夫です。とはいえ、毎日高価なものを食べるわけにはいきませんけど……」


「ありがとうございます。わたしを雇っていただいて、感謝しています」


 ライラは嬉しそうな顔で、皆に深く頭を下げた。


 その後――。

 バーガーをあっという間に食べ終わったリアナがアリシアに尋ねた。


「お嬢様、お昼ごはんは毎日これを食べてもいいでしょうか……?」


「……さすがにそれは駄目。せめて週に1回くらいにしなさい」


「きゅうぅ……」


 しかし、あっさりと首を振ったアリシアを見て、がっかりした様子で肩を落とした。

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