第7章 王都
第49話 買い出し
そこはいわゆる2階建ての洋館で、特段新しくはないが、しかし手入れは行き届いているようで綺麗に保たれていた。
もちろん、ムーンバルトにあるアリシアの屋敷のように広くはない。
しかし、ライラを含めて4人程度が住むには十分すぎる広さだ。
「カレッジに通うのは、とりあえずここが落ち着いてからね。週明けからかな?」
「そうですね。そのくらいでしょうか。必要なものを買い出しにも行かねばなりません」
アリシアに答えるようにリアナが頷く。
着替えや多少の私物は持ってきているが、1台の馬車で運べる荷物などたかが知れている。
だから、ほとんどの必要なものは、この王都で調達する必要があった。
それは食材などもそうだが、今は食器すらないのだから。
まずは馬車から荷物をすべて降ろし、室内に運び入れる。
それを確認したあと、ここまでの道のりを運んでくれた御者に礼を言って、彼にはムーンバルトに帰ってもらう。
無事に王都に着いたことを
「それじゃ、次は部屋の確認かしら」
次にどんな部屋があるかを全員で確認する。
1階には玄関から続く広間と、食堂と厨房。奥には広めの浴場がある。また、ちょっとした会食程度が開けるほどのサロン――いわゆる応接間――まで備えられていた。
そして2階には洋室が5部屋と、それとは別に屋敷の主人の寝室だった部屋だろうか。合わせて6部屋があるようだった。
部屋の中には、ちょっとしたチェストはあるようだったが、ベッドはない。
「誰がどの部屋使う?」
「とりあえず主寝室はアリシアさんで決まっているとして、残りそれぞれ3部屋で良いんじゃないですか?」
「まぁ、順当に行けばそうですね」
アリシアがルティスとリアナに聞くと、ふたりは答えた。
正直、どの部屋でもさほどの違いはないのだから。
しかしアリシアは不満そうな顔をする。
「別にルティスさんが広い部屋でも良いんだけど……。なんなら私と同じ部屋でも……」
「ダメです。それは問題ありありです。……ですよね、ルティスさん?」
それにリアナは即答で拒否して、アリシアに良いようにされまいと、ルティスの腕を引いた。
「え、えっと。そうですね……。流石に婚約者とはいえ、同室はまずいと思いますけど……」
ルティスもリアナに同意する。
道徳的な問題というよりも、その場合は漏れなくリアナが付いてきて、結局1部屋しか使わないことになるのが見えているからだ。
「仕方ないわね……。とりあえずは、それでいきましょうか」
流石に押し通すのは無理だと思ったのか、アリシアは残念そうな顔をした。
◆
結局、部屋割りはルティスの話した通り、アリシアが大きな寝室を使うことになった。
残りの洋室にそれぞれの荷物を運び終えたあと、一度広間に集まる。
「とりあえず、まずは家具ね。食べるものは外でも大丈夫だけど、ベッドがないと寝られないし」
「はい。カレッジから、近くの家具店、雑貨店などのリストは頂いています。順番に周りましょう」
リアナが地図の書かれた紙を手に、現在位置を確かめる。
家具店はそれほど近くではないが、歩いて行ける距離だ。とはいえ、今は歩く以外の選択肢はないのだが。
「あの、わたしはどうすれば……」
ライラが戸惑いながら聞くと、アリシアが手招きする。
「家具店行ったあとは、そのまま他の買い物行くつもりだから、とりあえずついてきて」
「はい、承知しました」
家具店に着くと、まずはベッドを物色する。
アリシアは当然ながら高価な幅広のものを選ぶ。
そしてルティスのものも、アリシアが「私の婚約者が安物とか無いわ」と同じようなものを買わされる。もちろん、その意図は別にあるのだろうが。
リアナとライラには、小ぶりな物だが、それなりに造りのしっかりとしたものを選ぼうとした。
それを見たライラは恐縮しながら言う。
「わ、わたしがこんなの……床で寝ますから……」
「ダメです。しっかり働く為には、ゆっくり休む必要があります。寝具は大切ですから」
しかし、リアナがそう諭すと、ライラはペコペコと頭を下げる。
その様子を見たアリシアは「ふふっ」と笑った。
ベッドは今日中に洋館に運んでくれるように手配し、家具店を後にする。
次は雑貨屋だ。
必要最低限の食器類と、調理器具を買わないと、料理もできない。
後ほど買い足す必要はあるが、そこでは皿やグラス、ナイフ・フォークなどの食器を人数分。それと鍋やフライパンなどの最低限のものを買った。
さらにタオルや掃除用具――箒、雑巾など――も一式揃える。
それらの重たいものをルティスが。
残りをリアナとライラが手分けして持ち帰った。
買って帰ったものをリアナが整理しながら、テキパキと仕舞っていく。
手際の良さはさすがプロといえるほどのもので、この歳でメイド長を任されていただけのことはある。
「んー、あとは食材があれば、とりあえずは生活できますね」
「そうね。そっちも買いに行かないとね。……ところで、ライラは料理はできるの?」
「えっと、あまり得意ではないのですが、子供の頃に母から簡単なものは教わりました」
アリシアがライラに尋ねると、あまり自信はなさそうに答えた。
年齢からしても、経験もまだまだだろう。
「当面は私が皆さんの料理を作りますから、手伝いながら覚えてくださいね」
「はい。よろしくお願いします」
そんなやりとりを見ながら、ルティスは自分が屋敷に来た頃のことを思い返した。
(俺のときは、最初から厳しかったんだけどなぁ……)
どう考えても、こんなに優しくなかったと思う。
そもそも、有無を言わさずいきなり魔法で吹っ飛ばされたのだから。
ひとり頭の中で考えながら苦笑いしていると、その顔を見たアリシアが笑う。
「……リアナが優しい。って思ってる顔してるわよ?」
「――えっ⁉︎ そっ、そんなこと……」
アリシアに見透かされて、ルティスは声を裏返らせた。
その様子を見たリアナが、手を止めて呆れた顔をした。
「そりゃ、歳上と歳下では対応違ってとーぜんです。ルティスさんがもっとテキパキ動いてれば怒ったりしてません」
「そ、そうかな……? リアナはそれでも怒るような……」
落ち度があろうがなかろうが、魔法の練習と称して痛めつけられた経験がありすぎて、正直よくわからなくなった。
「私をそんな怖い人みたいに言わないでくださいっ! ぷんぷん」
ほっぺたを膨らませて抗議するリアナを見ていても、最初の頃の怖さは全くない。むしろその様子が可愛く見えるほどだ。
もちろん、彼女が本気で怒っているわけではないことがわかっているからだが。
そんなリアナとルティスの会話を見ていたライラが不思議そうに聞いた。
「あの……ルティスさんって、アリシア様の婚約者なんですよね? リアナさんとも仲良さそうですけど、どういう関係なんでしょうか?」
その質問にはアリシアが答えた。
「もともとルティスさんはうちの使用人なのよ。だからリアナの部下だったワケ」
「そ、そうなんですね……。使用人ですか……驚きました……」
「そうよね。でもルティスさんは魔法士としても優秀だから。リアナにはまだまだ敵わないにしても」
アリシアの説明に、ライラは目を丸くする。
「皆さんすごいんですね……。特にリアナさん、お若いのに何でもできるなんて……」
「ライラさんだって、まだ若いんですから、これから頑張れば良いんです。頑張ってください」
リアナのフォローにライラは「はいっ!」と元気よく返事を返した。
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