第48話 洋館へ

 長時間、飲まず食わずだったのだろう。

 あっという間に全て食べてしまったライラは、最後にごくごくとミルクを飲み干しした。


「……ちょっとは落ち着いたかしら?」


「はい。……ありがとうございます」


 落ち着いた頃合いを見てアリシアが聞くと、ライラは深く頭を下げた。

 そして、顔を上げたあと、真剣な顔で続ける。


「――アリシア様。どうかわたしを見逃してはくれないでしょうか? 見て見ぬふりをしていただくだけでかまいません。もう……あそこには帰りたくないんです……。どうか……」


 言い終えたあと、ライラはもう一度深く頭を下げる。

 なかなか頭を上げない彼女に、アリシアは困った顔で答えた。


「とりあえず頭を上げてよ。私たちはライラの主人じゃないし。……『あそこ』ってのは、ボーヴィレからってことは、オーガスタス子爵のとこかしら? でも、そんな酷い扱いする方じゃないと思うんだけど……」


「……いえ、わたしはアスターレンの商人に買われていたんです。そこからボーヴィレに逃げて……王都に来れば仕事も見つかるかと思って……」


「へー、港町アスターレンね。なるほど……」


 今回通ってきた街道からは少し離れるが、アスターレンはボーヴィレから北に行ったところにある交易都市だ。

 特定の貴族が治めている街ではなく、王都が直轄していて、交易で財を成した商人が多く存在していると聞いていた。

 確かに、その街ならば、王都からの目も届きにくく、商人が大きな顔をしていることも理解できた。


「……わたし、以前はずっとずっと遠くの、小さな村で両親と暮らしていたんです。でも……盗賊に村を襲われて……。売れそうな子供以外はみんな……」


「そう……。時々あることだけど、辛いわね。それは……」


 新しい土地を求めて集団で村を開拓することはよくあるが、そういった村はどうしても警備が手薄で盗賊に狙われやすい。

 財産を奪ったあと、高く売れる子供――特に少女は貴族や有力な商人に売られていくのだ。

 ライラもそのひとりなのだろう。


「私たちが見逃したら、ライラはこのあとどうするの?」


「……王都で仕事を探します。もう両親もいませんので、ひとりで生きていくつもりです」


「ふぅん……。王都とはいえ、住むところもなくて、その身なりで仕事が見つかるかしら……?」


 アリシアの呟きに、ライラはまた顔を伏せて息を呑んだ。

 逃げることに必死で、そこまで先のことを考えていなかったのだろう。


「……ルティスさん、どう思う?」


「え? えっと……。そうですね……どうしましょう?」


 急にアリシアに聞かれて、ルティスは面食らってはぐらかす。

 その様子を見て、アリシアは眉を顰めた。


「むー。……じゃ、リアナ。この子しばらくうちで雇っても良い?」


「お嬢様がよろしければ、私はかまいませんが。私ひとりでは大変ですし、人手は欲しいところです」


 今度はリアナに聞くと、はっきりと頷く。

 ライラはアリシアとリアナの顔を交互に見て、ぽかんと口を開けていた。


「ルティスさんも良いわよね?」


「え、ええ……」


「なら決まり。……ってわけで、王都に慣れるまで、うちで働かない? 私たち、留学でしばらく王都に住む予定なのよ。やってもらいたいのは、食事の準備、掃除洗濯とかそんなこと」


 ルティスが頷いたのを確認したあと、アリシアはライラに改めて提案する。


「えっ……」


「やり方分からなければリアナが教えてくれるわ。衣食住は保証するし、少ないけど給金も出すわ。他に良い仕事見つかったら辞めてもいいし、好きにして良いわよ」


 まだ良く理解できていないような顔をしていたライラだったが、望外の話に震えながらはっきりと頷いた。


「は、はい……! わたし、何でもします!」


「『何でも』なんて言っちゃダメよ。できないことだってあるでしょ? ま、それはそれとして。まずはちょっと身体洗って綺麗にしなさいよ。服は適当なのあげるから。――リアナ」


「はいはい。それでは、あと一部屋取りますから、少し待っていてください」


 そう言いながらリアナはまた部屋から出ていく。

 その間に、アリシアは自分の荷物からライラに合いそうな服を探し、適当なワンピースを手渡した。


「はい、ちょっと大きいかもしれないけど、こういうのなら大丈夫でしょ」


「で、でも……これ、高いのでは……?」


 渡された服をライラは恐る恐る手に取る。


「新品じゃないから、もう価値なんて無いわよ。気にしない気にしない」


 あっけらかんと言うアリシアを見て、ライラは服を手にしたまま、深く頭を下げた。


 ◆


「へぇ……。可愛いじゃない」


 身なりを整えてから、リアナと共にアリシアの部屋に戻ってきたライラを見て、アリシアは感嘆の声を上げた。


 ライラはアリシアがあげた服に着替え、長かったボサボサの髪はリアナにバッサリと切ってもらってショートカットに。

 やつれた顔は流石にどうしようもないが、それでも食事を取って風呂に入ったからか、だいぶ血色は良くなって赤みが戻っていた。


「髪はもっと残そうと思ったのですが、絡まっていて切らざるを得ませんでした」


 リアナの言葉に、ライラは深く頭を下げる。


「お手間を掛けて申し訳ありません」


「リアナは切るの上手でしょ? 私も切ってもらってるのよ」


 アリシアは自分のブラウンの長い髪を手で梳いて見せた。

 緩やかにウェーブのかかった髪は、手入れも大変そうに思えるが、傷んだ様子は全くない。


「お嬢様の髪は整えるくらいで大丈夫ですからね。羨ましいです」


「あら、私はリアナの真っ直ぐな髪が好きよ。私のは油断するとすぐ絡まって、ゴワゴワになるから……」


 短髪のルティスにはその苦労は分からない。

 風呂のあと、乾かす必要すらないくらいだ。

 ルティスも屋敷で働くようになってからは、伸びてきたらリアナに切ってもらっていた。というよりも、ほっておくと、すぐに「だらしない」と言われて、無理矢理にバッサリと切られるというか。


 そんなことをぼーっと考えていると、不意にアリシアに声をかけられた。


「……可愛いからって、ライラに手を出したりするのはダメよ?」


「――えっ!? も、もちろんですよ……ッ!」


 流石にそんなことは全く考えていなかったが、とりあえず全力で否定をしておく。

 仮にそんなことをしたりすれば、このふたりに八つ裂きにされる程度では済まないことは確実だからだ。


「ふふっ、冗談よ。そこまで命知らずじゃないわよね? ――まだ聞いてなかったけど、ライラはいくつなの?」


 笑いながらアリシアはライラに向き合って、歳を尋ねた。

 見たところはアリシアやリアナより少し幼い程度に見えるのだが、正確なところは聞いてみなければわからないからだ。


「は、はい。わたしは今14歳です。もう少しで15になります」


 それを聞いて、アリシアは「へぇ……」と呟いた。


「その歳でねぇ……。よく頑張ったわね」


「ありがとうございます……」


 ライラは照れながら少し俯く。

 初々しいな、と思ったルティスだったが、はっと気付くとリアナから鋭い視線が向けられていることに気づき、慌てて目を逸した。

 そのとき――。

 

 ぐうぅ……。


 リアナのお腹が盛大に音を立てて、彼女は真っ赤な顔で顔を伏せた。


「ふふっ、まだ夕食を食べてないから、お腹空いたわよね。……ライラもまだ食べる? あのサンドイッチだけじゃ、足りないでしょ?」


「で、でも……」


 申し訳無さそうな顔を見せたライラに、アリシアは眉を顰めた。


「明日から働いてもらうんだから、しっかりと食べて体力付けとかないと、倒れるわよ? ……さ、行きましょ」


「は、はいっ!」


 アリシアの言葉に、ライラは嬉しそうに頷いた。


 ◆


「なんでも好きなもの頼んでいいわよ」


 適当に宿の近くのレストランに入り、席に着いて渡されたメニューを見ながら、アリシアは呟く。

 しかし、ルティスはそれに釘を刺した。


「……アルコール以外で、お願いしますよ?」


「――ッ! 私だって知ってたら頼まなかったもん。あれは店が悪いのっ」


 口を尖らせたアリシアに、ルティスが反論する。


「確認するのも大事ですから。……俺がやらかしてたら、リアナに絶対怒られてたでしょうし」


「まぁ、怒るでしょうね。……怒るというか、呆れるというか。お仕置きモノなのは間違いありません」


「むー」


 冷静に答えたリアナに、アリシアは唸り声を上げた。

 そのやり取りを見ていたライラは、目を丸くしながらも、少し口元を緩める。


「皆さん、仲がよろしいのですね」


「そうね。……そうじゃないと、私たちだけで王都になんて来てないわね」


 アリシアは答えながら、「……ちょっと複雑な関係だけど」と、頭の中で呟く。

 しかし、まだライラにそこまで話すことではないだろうと心に留める。

 その代わりに「注文よろしく」とウエイターに手を上げた。


 ◆


 そして、翌朝。

 宿を出てから、馬車で一度セレスティアルカレッジに行って、これから当面の間住まう家へと案内をしてもらった。


「これから、しばらくはここに住むことになるのね。……最初は大変だけどよろしくね」


 特段新しくはないが、綺麗に手入れされた洋館を前にして、アリシアは皆を振り返って笑顔を見せた。


 ◆◆◆


【第6章 あとがき】


アリシア「急に新キャラが増えたわね……」

リアナ 「ええ、そうですね。……って、お嬢様が雇ったんでしょう?(呆れ顔)」


アリシア「それは……そうだけど。だって可哀想じゃない?」

リアナ 「お嬢様は優しすぎますね。まぁ、私も楽になるし、かまいませんが……」


アリシア「でも、赤毛の娘はこのあたりじゃ珍しいわね」

リアナ 「西方には多いみたいですね。珍しいと高い値が付きますから」


アリシア「そうよね」

リアナ 「とはいえ、要注意ですよ、お嬢様。……東方には『ひさしを貸して母屋おもやを取られる』という言葉があります」


アリシア「それはどういう意味?」

リアナ 「ほんの少し、一部を貸しただけのはずなのに、いつの間にか家全体を乗っ取られてしまう、という意味です」


アリシア「へぇ……。それがなぜ?」

リアナ 「……あの子にルティスさんを盗られないよう注意しろ、ってことですよ(ため息)」


アリシア「なるほど。でも、まぁ大丈夫でしょ」

リアナ 「なぜそう言えるんです? まぁ、私も人のことは言えませんけど……(ボソッ)」


アリシア「だって、もしそうなったら、リアナに……(ちょっと怖い)」

リアナ 「それは当然ですけど……。とはいえ、人の心までは操作できませんからね……」


アリシア「それは身をもってよーく理解したわ……(がっかり)」

リアナ 「それに、私が入手したこの作者のプロットを見れば、実はこの第6章にはあの子は登場してません」


アリシア「な、なんですってー!!」

リアナ 「つまり、完全に作者の思いつきです。ですからこの先のストーリーの本質には影響しないはずです」


アリシア「……でもね、あの作者、思いつきでプロット全部ひっくり返すことあるからねぇ(実績あり)」

リアナ 「……うっ! ま、まぁ大丈夫でしょ、きっと(私がメインヒロインなのは変わらないはず……!)」


アリシア「だと良いんだけど……」

リアナ 「……それはそれとして。無事王都に着いたんですから、楽しくやりましょうよ」


アリシア「そうね。……毎晩交代が良い? それとも一緒に……?」

リアナ 「……な、なんでそういう発想に……?(顔真っ赤)」


アリシア「え? リアナが要らないなら私がもらうけど……?」

リアナ 「ダ、ダメですッ! お嬢様でもそれは許可できませんからッ!」


アリシア「まぁまぁ、そんな興奮しないでよ。だから選ばせてあげようかと……」

リアナ 「ううう……。少し考える時間をください……」


アリシア「ふうん……。まぁ良いケドね。でもリアナが考えてるうちに、次章始まるわよ?」

リアナ 「――!(アセアセ)」

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