第46話 王都到着

 しばらくしてから、フィリップが宿に再訪したとの連絡が入った。


 アリシアは多少の変装はそのままに、失礼にならない程度の服に着替えた。

 残るふたりも同様だ。


「おまたせしました。フィリップ殿」


 ロビーに降りて、私服のフィリップを見つけたアリシアが挨拶すると、フィリップも優雅に礼を返す。


「いえ、いま来たばかりですから。それでは参りましょう」


「はい、よろしくお願いします」


 歩いて先導するフィリップの後ろをアリシアとルティスが並んで。

 その後ろをリアナが足音も立てずにすーっと歩く。


 向かったのは宿から歩いて数分くらいにあるレストランだった。


「急でしたので貸し切りではありませんが、個室がありますのでゆっくりと食事いただけると思います」


「ご配慮、ありがとうございます」


 アリシアが礼を言いながら、勧められて円卓に着く。

 彼女の両隣にフィリップとルティス。つまり、残りのリアナは必然的にアリシアの正面となる。


「ここは私もプライベートでよく食事に来るんです。マスターは信頼できる方ですし」


「……ふふ、それは女性の方と、ですか?」


 アリシアが聞くと、図星だったようで、フィリップは照れながら答えた。


「はは、なかなか鋭いですね。……ただ、色々困りごともありましてね。――おっと、ここでそういう話はやめておきましょう。まずは、一晩とはいえ、よくお越しになられました。歓迎します」


「ありがとうございます」


 アリシアが応じると、フィリップはすぐに食事の指示を出す。

 すぐにコース料理の前菜が運ばれてきて、食事が始まった。


 しばらく無言だったが、手を休めたタイミングでフィリップがアリシアに尋ねた。


「……色々聞いて申し訳ないのですが、アリシア殿のご婚約のきっかけなど、もし差し支えなければ教えていただきたく。私も参考にしたくて……」


「いえ、構いませんわ。……このルティスさんは元々うちの屋敷の使用人でしたの」


「……! それはそれは」


「ただ……私の護衛を務めてもらっているうち、魔法士としても非凡な才能があることがわかりまして。……ご存知の通り、ムーンバルト家は魔法士の血筋ですので、できる限り優秀な魔法士の血を残したいので……」


「なるほど……」


 アリシアは多少省きながらも、要点を説明する。

 その話にフィリップは頷きながら、考え込む。

 そして、思いついたように言った。


「……実は、私の恋人は……私の屋敷で働くメイドなのですよ。もう10年も前から、ずっと仕えてくれているのですが……結婚したくとも、周りの反対の声が大きくて、悩んでいるのです」


「そうでしたか。それは確かに悩まれますわね。……恐らくルティスさんも、魔法士でなければ認められなかったと思います。わざわざそのために、このリアナに頼んで鍛えさせたのですから」


 アリシアは、向かいに座るリアナとルティスを交互に見ながら話した。

 ただ、それが故にルティスの気持ちがリアナに揺らいだことは、もちろん今話すことではない。


「そんな苦労をされたのですか。ふむ……。とはいえ、それでも平民からですか。良いことを聞きました」


「フィリップ殿の成功を願っておりますわ」


「ありがとうございます」


 ちょうど次の料理が運ばれてくるのを目にして、その話は一旦置くことになった。


 ◆


「今日は良い話をありがとうございました」


「こちらこそ、急な訪問で失礼しました」


 食後、フィリップに改めて宿まで案内してもらい、別れ際に挨拶を交わす。

 フィリップはルティスに向かって言った。


「……今後、色々と大変だとは思いますが、困ったことがあれば連絡ください。何か協力できると思います」


「ありがとうございます」


 フィリップは続けてリアナにも声をかける。


「リアナさんも。以前守っていただいたことは忘れていません。この先も、お気をつけて」


「ええ。承知しました。今日はありがとうございました」


 リアナが深々と頭を下げると、フィリップは宿を出ていく。


「それじゃ、部屋に戻りましょうか」


「そうですね」


 フィリップの姿が見えなくなったのを確認したあと、アリシアの掛け声で部屋に戻ることにした。


 ◆


「料理美味しかったですねぇ……」


 部屋に戻ったあと、すぐにリアナが口を開く。

 食事中は全く話をしなかったが、それはあくまでアリシアを立てているからだ。


「ですね」


 ルティスが同意すると、アリシアがため息をつく。


「ふー。美味しいけど、やっぱり肩凝るのよね。まぁ、フィリップさんはまだ話しやすいほうだけど」


「アリシアさんは、ずっと他所よそ行きの口調でしたしね」


「そのうち、ルティスさんに代わってもらうわよ? ……あ、でも役者してたんだから、余裕なのかな?」


 彼女の言う「そのうち」というのは実際に結婚したら、という意味だ。

 しかし、ルティスは苦い顔をする。


「台本があればいいですけど、アドリブはあんまり得意じゃないんですよね……。仕草とかはともかくとして」


「あー、なるほどね。ま、大丈夫大丈夫。ニコニコして相槌打ってれば良いんだから」


「それなら良いんですけど……」


 絶対そういうわけにもいかないだろうと思いながら、ルティスはベッドに腰掛ける。

 すると、リアナがその横に並ぶように、ちょこんと腰を下ろしながら言った。


「明日も移動ですし、早めにお風呂に入って寝ませんか? ――お嬢様、最初にお入りくださいませ」


 しかしアリシアは眉を顰めて答えた。


「……ふっ、その手には乗らないわよ、リアナ」


「な、な、なんのことでしょうか? わ、私はただ、お嬢様がお疲れかと……」


 リアナが明らかに上ずった声を上げるのを聞いて、アリシアは口角を上げる。


「……ダーメ。3人で入れるほど広くはないし、リアナは私と仲良く一緒に入ることにしましょう。――ね?」


「…………はーい」


 アリシアが有無を言わせない低い口調で言った言葉に、リアナは不満そうに返事を返した。


 ◆


 翌朝、シルバーハイムを出発した3人は、いくつかの街を経由して、予定通り出発から1週間で王都ルナリスに到着した。


 カレッジからの口利きで、近くの空き家を紹介して貰うことになっていた。

 しかし王都に到着した時間が遅かったこともあり、都の門からほど近い宿に1泊することにした。


「ここまでご苦労さま。明日、荷物を運び終えたら、ゆっくりお父様のところに戻ってくださいね」


 アリシアは、これまでの旅路を案内してくれた御者にねぎらいの言葉をかける。


「はい。お嬢様方を王都まで無事お送りすることができてホッとしております。……留学生活でも、ご健康にはお気をつけくださいませ」


「ふふっ、ありがとう。とは言っても、まだ明日も荷物を運んで貰わないといけないですけれど。よろしくね」


「ははっ」


 深々と頭を下げた御者が馬車の扉の鍵をしっかりと閉めたのを確認し、鍵をアリシアに渡すと、全員で宿の受付に向かった。

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