第44話 禁止令
何とか宿の部屋に帰り着き、ふたりをベッドに転がすと、疲れもあったのか仲良く抱き合ってぐっすり寝てしまった。
「……先に風呂入るか」
とりあえずふたりにシーツを被せる。
しばらく起きないだろうからと、ルティスは風呂に入ってしまうことにした。
少し熱めにお湯を張ったあと、身体をしっかりと洗ってから、ゆっくりと湯船に浸かる。
「……ふー、疲れた」
疲れを身体から吐き出すように、大きく息を吐く。
まだ屋敷を出てから1日目の夜。
それでも、どっと疲れた気がした。
体力的なものよりも、アリシアとリアナの板挟みによる精神的なものの方が大きくて。
屋敷では仕事もあって、常に顔を合わせていることはないけれど、今は常に近くにいる訳だから。
これまでの付き合いで、だいたいふたりの性格は分かってきた気がした。
(リアナは……結構頑固なんだよな……)
意志が強いと言うべきか。
好かれているのはわかるし嬉しいのだけれど、アリシアに譲るのは最大でも半分までという、明確な線引きがあるように思えた。
以前はもっとドライなタイプだと思っていたのだが、全くそんなことはなくて。
(逆に、アリシアさんは割と柔軟なところも……)
それは立場上、自分の意思を抑えて生きてきたからだろうか。
時折、我慢強い面も感じられた。
それにリアナに負い目もあるのかもしれない。半分確保できれば上出来、という目標値のように思える。
自分を抑えて……という意味ではリアナも同じなのだろう。
だが、リアナは好きなものに限っては、はっきりと主張する。
ルティスのこともそうだし、ハンバーグについても……。
「ふー、なんだかんだで気を使うよな……」
それは自分の選んだことだから仕方ない。
むしろ、あれほどの可愛い女の子ふたりにこれほど好かれて、何を贅沢言ってるんだとも思う。
しっかりと身体を温めてから、ゆっくりお風呂を上がると、ふたりを起こさないように、空いたベッドにひとり寝転がる。
この調子なら、今晩はもう気を使わなくても寝られそうだと思いながら、ルティスは目を閉じた。
◆
「……ん……?」
朝になり、ルティスが目を覚ますと、なにやら身体が重く感じた。
すると――。
「くぅ…………くぅ…………」
すぐに理由がわかる。
ひとりで寝たはずなのに、いつのまにかリアナが隣で寝ていたからだ。身体半分、ルティスにのしかかるように抱きついた状態で。
気持ち良さそうにぐっすりと寝ている彼女の髪へと手を遣る。
そして、ゆっくり手を這わせると、「んぅ……」と身じろぎしながらリアナは薄目を開けた。
「……ルティスさん、おはようございます」
「おはよう、リアナ」
「……んふふ。朝から幸せです……」
声をかけると、うっとりとした表情で微笑んで、すぐルティスの肩に顔を擦り寄せる。
そのままぐいっと顔を寄せてきて――。
「……朝からなに抜け駆けしてるの、リアナ」
唐突に掛けられた声に、リアナが「ビクゥッ!」と体を震わせた。
見上げれば、ベッド脇にアリシアが仁王立ちしていて――ふたりを見下ろしていた。
「お、お嬢様……! こ、こ、これは……朝の挨拶ですっ」
「ほっほーぅ。抱きついてキスするのがリアナ流の
口を尖らせるアリシアに、リアナは話を逸らせつつ反論する。
「――そ、そもそも、もともと3人でって話だったですよね? 酔っ払って勝手に寝ていたのはお嬢様です。私は相談していた通りにしただけですから」
「――う……!」
昨晩の記憶は残っていたのだろうか、アリシアは言葉を詰まらせた。
「ですから、全く抜け駆けではありません」
自信満々に言い切ったリアナに、アリシアは反論できなくて口を閉じた。
ただ、アリシアが酔っ払ったのは、彼女の過失があったわけでもないことも、ルティスはわかっていて。
苦笑いしながら声を掛けた。
「まぁ、お酒って知らずに飲んだわけですし、アリシアさんは何も悪くないですよ。……リアナもそんなに言わない。仲良くしてください」
「きゅぅ……。すみません……」
ルティスに諭されると、リアナはベッドの上で小さくなってアリシアに頭を下げた。
アリシアもそんな彼女を見て、表情を和らげる。
「……私こそ。そうよね……昨日、迷惑をかけてごめんなさい」
なんとか落ち着いたことで、ルティスはふたりに思っていたことを伝える。
「昨日すごく大変だったんですから。ふたりとも、もうお酒は絶対飲んじゃ駄目ですよ」
「「はい……」」
自覚のあったふたりは、声を揃えて肩を落とした。
◆
「――ア、アリシア様ですかっ!」
ラフォレストの街を出発して、馬車に揺られること半日。
シルバーハイムの街に着いた3人は、街の入り口で身分証を提示すると、衛兵が驚きの声を上げた。
それもそのはずだ。
通常ではありえない、ほぼお忍びのような質素な馬車で、自領から出ているのだから。
近隣の街以外ではさほど目立たないが、ここシルバーハイムは隣同士ということもあり、衛兵もアリシアのことはよく知っていた。
「しー。大きな声を出さないでください」
「は、はい……。失礼しました。しかし……なぜ……」
「内密の急用がありまして、目立たぬように移動しているだけですわ。腕の立つ護衛を付けておりますので、ご心配は不要です。……今晩のみ、シルバーハイムに滞在させていただきます」
アリシアの説明に、衛兵が聞き返す。
「承知いたしました。……ただ、このことを伯爵にだけはご報告させていただかないと……」
「……やむを得ませんね。ただ、本当にただ泊まるだけですので、
「は。承知いたしました。……宿まではひとり、係の者を付けます。どうぞごゆっくり」
「ありがとうございます」
無事通過は許されたが、やはりアリシアの滞在については報告が上がるようだ。
確かに、街でアリシアほどの身分の者に何かあれば、シルバーハイム伯爵の責任問題にもなりかねない。
少なくとも、所在を知っておく必要はあるだろう。
前回、視察旅行の際にも泊まった宿に向かう。
その間、衛兵のひとりが馬車に同行し、無事に宿に着いたことを確認したあと、伯爵へと報告に行くのだろうか、そのまま城の方に走っていった。
「ふー、この調子じゃ、外で食べるのは避けたほうが良いかしら……」
部屋で荷物を整理しながら、アリシアが言った。
「そうですね。明日から王都までは、もう大きな街はありませんから、今日くらい我慢しましょう」
リアナも同意する。
この宿は十分な部屋数があったため、リアナは個別に部屋を取ろうとしたのだが、横からアリシアが「どうせ1部屋しか使わないんでしょ? 無駄じゃない?」と口を挟んだため、結局昨日と同じく御者を除く全員が同室だ。
「それでは、今日は宿の食堂で大人しく……という感じでしょうか?」
「そうね。……大人しくできるかは別だと思うけど」
アリシアがそう呟いてから、フィリップが訪ねてくるのには、さほど時間を要しなかった。
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