第43話 ルティスの誓い

「ほい、先にドリンクね!」


 元気のいい店員が、テーブルにドン! と飲み物を置いた。

 『ブラッドレッド・サンセット』という名前の通り、真っ赤な飲み物がジョッキになみなみと注がれており、多少泡立っていることもあって、更に不気味さを増していた。


「……だ、大丈夫なんでしょうか……? これ……」


 あのリアナですら、ジョッキを覗き込むようにしながら不安そうな顔をする。

 そんな不安を一蹴するかのように、注文した本人のアリシアはジョッキを手に取った。


「お勧めって言うくらいだから、きっと飲んだら美味しいのよ。――それじゃ、お疲れさまっ!」


「「お疲れさまです」」


 ふたりもそれに合わせてグラスを手に唱和し、そのままゴクリと赤い液体を喉に流し込んだ。


「――これは、トマトジュース……でしょうか?」


「ええ。……でも、それに何か混ぜられているような感じが」


 味わってすぐ、トマトジュースがベースになっていることに気づいたリアナが呟くと、ルティスも頷く。

 トマトの味が強すぎて、他に何が入っているかは分からなかったが、想像していたほど危険な飲み物ではなさそうで一安心する。


「うん、なかなか良いじゃない。……おかわりしちゃお」


 喉が渇いていたのか、すでに半分ほども飲んでしまったアリシアが、機嫌よく頷く。

 ちょうどそのタイミングで、注文していた料理も運ばれてきた。


「――はいよ、お待ちどおさまっ!」


 手際よく料理がテーブルに並べられたタイミングで、アリシアは「これ、もう一杯お願い」と追加注文をする。

 セットでサラダも付いているようで、テーブルの上はなかなか豪勢に見えた。


「それじゃ、いただきますっ」


 お腹が空いていたこともあって、すぐに料理に手を付ける。

 アリシアとルティスが注文したパスタは、山盛りのキノコが乗ったクリームソースのパスタで、なかなかのボリュームがあった。

 また、リアナのハンバーグはキノコとともに煮込まれたものなのか、ソースがいい香りを立てている。


「んふー。これは素晴らしいですねぇ……」


 ひと口味わったリアナは、目尻を下げつつ感想を漏らした。

 うっすら涙が浮かんでいるようにすら見えて、リアナのハンバーグ愛が伝わってくる。


「こっちもなかなか美味しいですね。……ちょっと食べてみます?」


 ルティスはパスタを少しフォークに巻き、正面のリアナに差し出した。


「ありがとうございますー」


 それをすかさずパクっと口に含んだリアナは、満足そうに笑顔を見せる。

 一方、その様子を目にしたアリシアにとっては面白くない。


(むー、ルティスさんと違うメニューにすれば良かったわ……。リアナは策士ね……!)


 ルティスと同じメニューだということもあって、味見を口実にすることができないアリシアは歯噛みする。

 とはいえ、リアナとしてみれば全くそんなつもりはなく、ただ好きなものを頼んだだけだったのだが。


 そして、もやもやとしながら、手に持った『ブラッドレッド・サンセット』を一気に飲み干した。


 ◆


 ――リアナがその異変に気づいたのは、料理を7割がた食べた頃だった。


「お嬢様……? 顔色が……」


 ふと、斜め向かいのアリシアを見たとき、彼女の顔が真っ赤になっているのに気づいた。

 しかも、なんとなく目も虚ろで……。


 ルティスも横に座る彼女を見て、その異変に気づく。


「アリシアさん?」


「んんー? どうしたのぉー?」


 彼の呼びかけに、アリシアは顔を向けて陽気な声を上げる。

 体調が悪いような感じはしなくて、そのことにはホッとするが、すぐに気づいた。


「ま、まさか……」


 ゆらゆらと体を揺らすアリシアは、どこから見ても酔っ払っているような様子だった。

 ルティスは慌ててメニュー表を開き、ドリンクのメニューを確認する。

 そこには――。


「やっぱり! これ、お酒ですよ。かなり度数は低いみたいですけど……」


 注文した『ブラッドレッド・サンセット』は、アルコールのメニューにしっかりと記載されていた。

 しかもご丁寧に『度数も低く、女性でも飲みやすくて安心!』と書かれていて。


「お嬢様、おかわりまでするから……」


 いまさら言っても遅いが、度数が低いとはいえ、アリシアはお腹が空いている時に、一気に2杯飲んだのだ。

 酔いが回ってきたのだろう。

 ルティスとリアナも同じものを飲んでいるが、量が少ないこともあって、幸いまだ大丈夫そうだった。


 そもそも、本来なら全員まだお酒を飲める歳ではないのだから。


「アリシアさん、大丈夫ですか!?」


 ルティスが改めて聞くと、アリシアは横からピトッと彼に抱きつきながら答えた。


「もっちろぉん。うっふふふ~」


 明らかに目がおかしいのだが、アリシアは自覚がないのか、ただひたすら機嫌良くて。

 一方、彼にすり寄るアリシアを見て、リアナの目がだんだんと細くなっていく。


(……ぜ、絶対怒ってるぅ……)


 向かい側の席からでは同じことができないリアナは、口をへの字にしてじっとその様子を睨んでいた。


「ほ、ほら、アリシアさん。早く食べて宿に戻りましょう!」


「えぇ~? ゆっくりでいいじゃな~い」


 身の危険を感じてアリシアに促すが、全く離れてくれる気配はない上に、更に密着してくる始末。

 どうしたものかと悩んでいるとき――。


「……ふええぇん。ひどいです〜。私もくっ付きたいですぅ〜」


 唐突にリアナが大粒の涙を溢し、大声で泣き始めた。

 その様子にルティスの目が点になりつつも、いつものリアナなら怒ることはあっても、この程度で泣くはずもなく。


(えええぇ……! まさか……。リアナも……⁉︎)


 考えられる理由は、多少なりとも彼女もお酒を飲んでいるということだ。


(どーすりゃいいんだよ、俺……)


 ルティスはこのドリンクを勧めてきた店員を恨みながら、すり寄るアリシアを抑えつつ、泣き続けるリアナを慰め続けた。


 ◆


「……ひどい目に遭ったよ」


 結局どうにもならずに、なんとか会計を済ませたルティスは、多少強引にふたりを連れて店を出た。


「ふへへ〜」

「ふにゃぁ〜」


 ルティスの右腕には、足元のおぼつかないアリシアがぶら下がっていて、左腕にはようやく泣き止んでくれたリアナが腕を絡めていた。

 重たいけれど、仕方ない。


 ふたりを引きずるように歩かせながら、宿に向かう。

 そして、それと同時に、二度とこの姉妹にはお酒を飲ませないことを誓った。

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