第6章 王都への旅路
第42話 出発
「街から出るのにこんなワクワクするのって、初めてよ」
今日泊まる予定にしているラフォレストの宿に着き、馬車から降りたアリシアは、背伸びをしながらそう呟いた。
王都ルナリスへは、シルバーハイム伯爵領を抜けていくルートのため、そこまでは前回視察旅行で通った道と同じだ。
ただ、今回は馬車を操る御者以外の同行者はいない。
それはアリシアが留学することは周知されているものの、どこに行くのかは秘匿されているからだ。
理由はもちろん、魔族に居所を隠すためである。
そのことから、目立たぬようにできるだけ質素な馬車を使い、騎士団の護衛も付けていないのだ。
もっとも、リアナがいれば元々その問題はないのだが。
「お疲れさまです、お嬢様。……いつもは必ず護衛の方々が同行していますからね」
「そうよねー。いつもはビシッとしてないといけないから、肩凝っちゃうのよ。……リアナはルティスさんと隣町までデートに行ったりしてたし、羨ましかったわぁ……」
「デ、デートだなんて、そんな……」
リアナが頬を染めて照れるのが可愛らしいのだが、ルティスにはその『デート』の記憶がしっかり残っていた。
「遺跡で魔獣討伐するのって、デートに含むんでしょうか……?」
「リアナにしたら、そのくらい散歩みたいなものよ。今ならルティスさんだって大丈夫でしょ?」
「そ、そうでしょうか……?」
どちらかというと、そういう問題ではなくて、何の色気もない遺跡に行ったことのほうが『デート』とはかけ離れているような気はしたが、それ以上何も言わなかった。
「それだけ成長したってことで。……ま、今回は気楽でいいわね。ルティスさんは疲れてない?」
「ええ。大丈夫です」
足を伸ばしてストレッチしながらルティスが答えた。
今回は皆、街人が着ているような簡易な格好だ。
周りから見れば、まさか侯爵令嬢の御一行だと思う者はいないだろう。
さらに、アリシアはこういう近隣の街では顔を知られいる可能性を考えて、以前の精霊祭のときのように眼鏡と帽子で少し変装していたし、リアナは髪をリボンでポニーテールに括っていた。
もちろん、宿などにしても、事前の通達等は一切行っていない。
「それでは、受付してまいります」
リアナがそう言って宿に向かおうとしたのを、アリシアが呼び止める。
「あ、私も一緒に行くわ。そういうのも見てみたいから」
「わかりました。……では、折角ですし、皆で行きましょうか」
アリシアとルティスが合流するのを待って、リアナはまた歩き出した。
「一晩泊まりたいのですが、4部屋空いていますか?」
リアナが受付で係の者に聞く。
4部屋というのは、御者も含めての部屋数だ。
すると、受付の女性は申し訳無さそうに答えた。
「……申し訳有りませんが、本日は残り3部屋しか空きがないんです。どなたかが、2人部屋ではいかがでしょうか……? もしくは、2人ずつ2部屋では……」
「あ、そうなんですね……。なら、私とルティスさんで一緒に泊まりましょう」
全く何も迷うことなくリアナが言うと、アリシアは慌てて口を挟んだ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさいよ、リアナ。なにさらっと勝手に決めてるのよっ……!」
「え? 私は過去に実績もありますから、何の問題もないですし……」
「そんな前例持ち出されてもっ! なら、今度は私とルティスさんでいいじゃない!? 交代よっ」
「そう言われましても。……それでは、ルティスさんに聞いてみましょう。私と
困った顔をしながら、リアナはルティスに顔を向けて尋ねる。
同時にアリシアにも睨まれつつ、ルティスは固まった。
(ヤベっ。これ……下手に答えると命取りになるやつだ……)
どう答えたとしても、完全なる正解はないように思えた。
ルティスは、仕方なく折衷案を提示する。
「…………えっと。俺が御者の方と同じ部屋ってのが良いのでは……?」
「駄目よ」「ダメです」
しかし、無難なところを狙った案に対して、即答で口を揃えたふたりに却下された。
「私の婚約者のルティスさんが、御者と一緒だなんてあり得ないでしょ?」
「ええ、そのとおりです。ちゃんと自分の立場と意志で考えてください」
基本的に仲の良いふたり――しかも姉妹なのに――が、何故かこういうときだけ意地を張るのには、困ってしまう。
ならばと、更に折衷案その2を提示する。
「……うっ。な、なら……3人同じ部屋ってのは……ないんでしょうか……?」
「「…………」」
今度はふたり黙って、何か考えているようだ。
そしてアリシアがポツリと呟く。
「……確か、2人部屋って話よね? ――ということは、ベッドは2つ……」
「そうですね。つまり……」
ちらちらっとお互いの視線を合わせて、攻防を繰り広げているように見えた。
結局、根本的には何も解決していないことを悟って、ルティスはため息をつきながら、先に答えた。
「えっと、なら3人で寝ましょうか……」
「「…………」」
またしても、ふたりはしばらく黙って考えていたが、先にリアナが口を開く。
「……私はそれで容認します」
「……そうね。あまり欲張ってもね。半分なら上出来とするわ……」
お互いがそれぞれ持っていたであろう妥協点がそれで釣り合ったのだろうか、ふたりが認めたことでようやく落ち着く。
しかし、このあと更に頭を悩ます問題が発生するとは、まだ思ってもいなかった。
◆
夕食は宿で食べる選択肢もあったのだが、折角自由に羽を広げられるのだからと、アリシアの提案で街へ行くことにした。
と言っても、全く店などの知見がない3人だ。
宿の受付の人に聞いて、紹介してもらった店へと入る。
その店はそれなりに賑わっていて、地元の人と思われる人たちもいれば、賞金稼ぎのような出で立ちの、屈強そうな集団も散見された。
一部はお酒も入っているのか、楽しそうに歓談が繰り広げられていた。
「らっしゃい! 3人かい?」
入った途端、フロアを歩いていた店員が元気に声を上げる。
「はい。席空いてますか?」
「おうよ! そっちの席、座ってくれな!」
空いている窓際の四人席を案内され、最初にルティスが奥の椅子に座った。
そして、一瞬視線で会話を交わしたリアナとアリシアだったが、すっとアリシアが彼の隣に陣取る。
残るリアナは彼の正面だ。
「……毎回、交代のお約束ですからね」
そう呟きながら、リアナはさっとメニュー表を手に取ると、ルティスとアリシアの方に見やすいように広げた。
最近のリアナは、ルティスのことになると譲らないが、それ以外のことに関しては、これまで通りアリシアに従うという行動原理のようだ。
以前、ルティスが聞いたときには、彼女は「そうじゃないと、私の存在意味がありませんから」と話していた。
「何が良いかな……。んー、私はこのキノコのパスタかな……。ルティスさんはどう?」
「あ、それ美味しそうですね。同じのにします。……リアナは?」
アリシアが決めたメニューにルティスも賛同する。
ルティスはメニューの向きを変えて、リアナに差し出した。
「……やはりここはラフォレストですからね。折角なので私もキノコ料理が良いですね。……このキノコのソースのハンバーグにしましょう」
森の中の街ということもあって、キノコが名産なのは知っていた。
それに加えて好物のハンバーグを押さえるところは彼女らしいと、それを聞いてルティスは少し笑った。
「――注文お願いします」
「おうよ!」
リアナが店員を呼ぶと、すぐに来てくれて、先程決めたメニューを各自注文する。
「了解! ついでに飲み物もなんかどうだい? うちの看板ドリンク『ブラッドレッド・サンセット』とかお勧めだよ」
「へぇー。じゃあ、それも3つお願い」
「あざっす! ちょっと待っててくれな!」
店員に勧められたドリンクを、ふたつ返事でアリシアは全員分注文した。
「な、なんかすごい名前ですね、それ……」
ただ、ルティスにはその名前が不気味に感じて、どんな飲み物なのかと不安な気持ちが拭えなかった。
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