第38話 ふたりと

「私の予想だと、リアナもすぐ来ると思うのよね……」


 キスのあとアリシアが呟いたその予想は、すぐに明らかになる。


 ――コンコンコン。


 控えめなノック音が部屋に響く。

 ルティスはアリシアと目を合わせたあと、「リアナさん、どうぞ」と返した。


 すると、扉の隙間から、片目だけでチラっと中を覗くリアナが見えた。


「……は、入ります」


 先にアリシアが来ていることを確認したあと、リアナは小さな声で宣言してから、部屋に入ってきた。

 その腕に、自分の枕を抱えたままで。


「……いらっしゃい、リアナ」


「こ、こんばんは……。お嬢様も来られていたのですね……」


 恐る恐る近づいてくるリアナを見ていると、アリシアには笑いが込み上げてくる。

 

「ふふっ、リアナにされそうだったから、ね」


「…………」


 夕方、自分が先に彼にキスをしたことを思い出して、リアナは俯いたまま頬を染めた。

 そんなリアナに、アリシアは問いかけた。


「……それで、どっちが先にする?」


「ど、どっちが……と言われましても……。な、なにを……ですか……?」


 アリシアに手招きされて間近に来たリアナは、そう聞かれて視線を泳がせた。


「それはもちろん。……リアナだってそのつもりで来たんでしょう? 枕なんか持ってきて……」


「…………うぅ。……はい」


「……それじゃ、無理なお願いしたお詫びとして、リアナに先譲ってあげる。残念だけど、ルティスさんもリアナのほうがお気に入りみたいだし、ね」


「ええっ……! あの……その……」


 戸惑うリアナの手をぐいっと引いて、アリシアは強引にリアナをベッドに転がした。


「ひゃうっ……!」


 その勢いで寝衣の胸元がはだけそうになるのを、慌てて押さえようとすると、枕がベッドの上に転がった。


「……なんか、リアナがこうしてると、苛めちゃいたくなるわよね……。そう思うでしょ? ルティスさんも」


「そ、そうですかね……? ま、まぁ、こーゆーところが可愛いとは思ってますけど……」


「きゅううぅ……」


 仰向けに寝転がされたまま、上からふたりに見下される格好のリアナは、顔だけでなく全身を真っ赤にして縮こまっていた。

 リアナにしても、こうしてふたりがかりで来られるとは全くの予想外で。どうすることもできずにふたりの顔を交互に見ていた。


「……それじゃ、その可愛いリアナをふたりでたっぷり可愛がってあげましょ。……ね?」


 小悪魔のように笑うアリシアに促されて、ルティスはそっと顔を寄せ――少し強引にリアナの口を塞いだ。


「んぅっ……」


 鼻にかかった声を上げながらも、すぐにとろんとした目に変わり、ゆっくりと目を閉じる。

 そして――その隙に、アリシアの手がリアナの寝衣に伸ばされた――。


 ◆


「ふにゃううぅ……」


 ようやく解放されたリアナは、普段まず見せることのないような、ぐったりした様子で大きく息を吐いた。


「ふふっ、リアナも大人になっちゃったわねぇ。……先越されちゃった」


 リアナはまだぼーっとする頭の中で、「……そもそも『先に』と言ったのはお嬢様だったような……?」と呟く。

 でも、それを口に出せるような余裕は残っていなかった。

 これ以上されると、自分がどうにかなってしまいそうで。


「……それじゃ、次は私……」


 アリシアがルティスに向き合う様子を、リアナはぼんやりと眺めていたが、なんとなく釈然としない気持ちが急に湧いてくる。


 そして――まだ身体がふわふわするのを我慢して、リアナはゆっくりと身体を起こした。


「あ、リアナ……」


 ほとんど放心していたはずのリアナが、ゆらりと起き上がったのを見て、アリシアは目を丸くする。

 真顔のリアナはそれを無視して、ルティスに声をかけた。


「……ルティスさん、お嬢様を押さえていなさい。……です」


「「え」」


 ふたりの声が重なる。

 しかし、焦点が定まっていないようなリアナの目を見たルティスは、半ば条件反射的に身体が動くと、すぐに行動に移した。

 アリシアの立場のほうが上だとはいえ、ルティスにとってリアナの命令は、もう体に染み付いてしまっていて。


「――わわ! ちょ、ちょっと!」


「す、すみませんっ!」


 慌てるアリシアを、ルティスは謝りながらも強引にベッドに押し倒す。

 そんな彼女を見下ろすようにしてリアナが呟いた。


「……んふふ、お嬢様にもたーっぷりと味わっていただきますからね……。お覚悟を……」


「……や、やめ……。リ、リアナが……怖い……」


 ゆっくりと近づいてくるリアナを見て、先ほどまでの彼女の様子を思い返す。

 リアナの反応があまりにも可愛かったこともあって、調子に乗ってやりすぎてしまったのを後悔するが、もう遅い。

 自分では、結託したふたりに勝てるはずもない。


 ――そして、アリシアは諦めとともに強く目を閉じた。


 ◆


「……明日から講義があるのに……」


 夜遅くまで起きていたことに対して、ルティスが仰向けに寝転がったまま呟くと、すぐ耳元で返事が返ってきた。


「……きっと明日はルティスさんの優勝の話題でもちきりですよ……」


 彼の横顔を見ていたリアナが、柔らかい微笑みを浮かべながら。

 リアナの反対側には、疲れてしまったのか、すでに寝息を立てているアリシアがいる。


「そうですかね……?」


「ええ。……最初はここまで成長してくれるとは思っていませんでした。確かに魔力には目を見張るものがありましたが……」


「……俺が下手くそ、だったから?」


「……ふふ。本当はそこまで酷くはなかったですよ。調子に乗るといけないので、厳しくしていましたけど……」


 これまで口うるさくリアナには言われてきたから、それが意外に思えて、ルティスはリアナの方に顔を向けた。

 目と鼻の先に彼女の顔があって、間近で目が合ったことが恥ずかしかったのか、リアナは目を細めた。


「いずれ……私よりも強くなると信じています。……だから、これからも指導は厳しくしますけどね」


「リアナさん……」


 微笑むリアナに顔を寄せ――深く口付けを交わした。


「……ふにゅぅ……夢みたいです……。もういっかい……してください……」


 頭が溶けてしまうようなキスに、リアナはうっとりとした表情のまま、もう一度口を突き出す。

 これまで諦めていた反動からか、密かに溜め込んできた想いが一気に溢れ出し、自分を抑えることができなくて。


「……はい、何回でもかまいませんよ」


 ルティスが応じようとしたとき――。


「……なーんかふたりの世界に入ってるぅ……」


 拗ねたような呟きが反対側から聞こえてきて、ふたりはビクッと体を震わせた。


「お、起きてたんですか……! アリシアさん……」


「そりゃ、こんな近くでいちゃいちゃしてたら起きるでしょ、ふつー」


 振り返ると、恨めしそうに口を尖らせるアリシアがいて。

 ……目が合った途端、ぐいっと顔が寄せられた。


「ん……」


 くぐもった声とともに、彼女の鼻から少し息が抜けるのが分かった。

 ……唇が離れたあと、アリシアが呟く。


「……これでおあいこ。……明日も早いんだから、お休みしましょう」


「は、はい。……おやすみなさい」


 ふたりはその言葉に応じて、そのまま目を閉じた。

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