第36話 選択肢

 ルティスがリアナを呼びに行き、改めてふたりでアリシアの寝室に向かう。

 ふと、隣を歩くリアナを見ると、手が僅かに震えているように見えて――そっとその手を包み込むように握った。


「……ありがとうございます。緊張して……」


「きっと大丈夫ですよ。心配しなくても」


「だと良いのですけど……」


 それでも不安そうなリアナの頭にぽんぽんと手を置くと、俯きつつも少し頬を染める。


「……がんばります……」


 その様子を見てから、ルティスは意を決してアリシアの寝室の扉をノックした。


「失礼します……」


「はい、どうぞ」


 ふたりが部屋に入ると、すぐにアリシアは椅子を勧めてきた。


「新しい紅茶、淹れておいたから」


「すみません……」


「いいのいいの。気にしないで」


 アリシアはリアナの前に置かれたカップに紅茶を注ぐ。

 飲みかけのまま、少し時間が経って冷えたルティスの紅茶も、温かい紅茶と交換されていた。


「……ふぅ。緊張するわね」


 アリシアも自分のカップに口を付け、小さく息を吐いた。

 自分で「緊張する」と言って、周りの緊張を解そうとしているのだろうか。

 そういった細かい気配りを見て、アリシアのこれまでの経験がなんとなく想像できた。


「……リアナ、急に呼んでごめんなさいね。ルティスさんが代わりに話してくれるって言ってたけれど、できたら私はリアナから直接聞きたくて。……別に怒ったりしないから、安心して」


「はい……。申し訳ありません……」


 神妙な顔つきのリアナを見て、アリシアは眉を顰めた。


「ほーらー。そんな暗い顔しないっ」


「は、はいっ」


「ふふっ、お話は楽しくないと損でしょう?」


 そう言ってアリシアはにっこりと微笑む。

 その顔を見て、リアナはゆっくりと口を開いた。


「……もう、ご存知と思いますが、私は……ムーンバルトの血を引いています。私の母――アンナベルと、父親……セドリック様との間に生まれました。私は母からそのことを聞いていましたが、周りには言ってはならないと固く口止めされていました」


「……お父様に側室の子がいるくらい、別に変じゃないと思うんだけど。なんで言ったらダメだったのかしら……?」


「ムーンバルトの血筋は、あまり広がらないようにすることで、侯爵の地位を保ってきたそうです。ですから、後継者を絞っているんです。……私は小さい頃に、母から教えてもらいましたが、恐らくお嬢様も近いうちにその話は聞くことになったかと思います」


 子を多く成し、聖魔法を扱える子孫が多くなると、後継者争いの火種となることも考えられる。

 現に、ムーンバルト家には分家もなく、本家だけで構成されていた。

 そして、希少な血筋であることを喧伝することで、立場を保とうとしているのだろう。


「そうなのね……。でも、それなのに隠し子を作るというのは……?」


「それは私の役目にあります。……後継者を絞るということは、万が一なにか事故や重篤な病気に罹った場合、すぐに血脈が途絶えてしまうということでもあります。ですから、周りに知られないようにしつつも、予備が必要なんです……」


「……それが、リアナってことなのね……」


 アリシアは目を閉じて、大きく息を吐いた。

 リアナが聖魔法を使ったときに、隠し子である可能性には思い至っていたけれども、まさかそんな役目まで持っていたとは想像していなかったからだ。


「はい。……ですから、お嬢様が無事に跡継ぎを作られた場合、私はなんです……」


 ルティスにも話したように、リアナは重たい口ぶりで呟いた。

 しかし――。


「――そんなことない!」


「…………!」


 突然、アリシアが大きな声でピシャリと言い切った。

 その剣幕に、リアナはびくっと身体を震わせる。


「……あ……ごめんなさい……! ……でも、『不要』だなんて、言わないで。少なくとも私にはリアナが『必要』だから。……たぶん、ルティスさんにとっても……」


「お嬢様……」


 これまでの自分を支えてくれていたリアナを『不要』だと思ったことなど、一度もなかった。

 もともと心優しい彼女が、その心を擦り減らしながら、自分のために手を汚してくれたことだって一度や二度ではない。

 彼女がいたから、自分がここまで成長してこれたこともわかっていた。


 それに、もしリアナが少しでも表に立とうと思えば、簡単にできたのだから。それだけの才能と努力をしてきて、『予備』に徹することなど、自分ではとてもできそうにないとさえ思えた。


 そんなリアナの境遇を想うと、胸がいっぱいになり――アリシアは目に涙を浮かべていた。


「……ごめんなさい。……辛かったよね。私が生まれたから、リアナがそういう役目を背負うことになったんだよね……」


「お嬢様……心配しなくても、大丈夫です。私はこれまでも、これからも……そうやって生きていくことを受け入れていますから……」


 リアナはそっとアリシアの手を取って、小さく頷く。


「ありがとう。打ち明けてくれて……」


 そして、アリシアは椅子から立ち上がると、リアナの前に膝をついて、ぎゅっと抱きしめた。


 ◆


 少し経って、落ち着いたあと。

 アリシアはリアナとルティスを交互に見てから、改めて口を開いた。


「……話は他にもあるんでしょ?」


「は、はい……」


 むしろルティスにとっては、この話の方が難しい問題だと思いながら続けた。


「今回……優勝したことで、お嬢様の婚約者……ということになったと思います。ただ――」


 そこまで言いかけて、ごくりと続きを飲み込んだ。

 しかし、ここまで来て言い出さないわけにはいかない。


「……俺は、リアナさんを支えていきたいんです。これからも……」


 しかしアリシアはその話を予想していたかのように、全く動揺するようなことはなく。

 ルティスの目を真っ直ぐに見据えて、聞き返した。


「……ルティスさんは、私が嫌い……ですか?」


「そ、そんな事はありませんッ! もちろん好きですけれど……。同時にふたりを選ぶことはできないですから……」


 慌てて弁明するルティスをじっと見つめてから、アリシアは「ふぅ」と息を吐いた。


「……私も薄々そうなるかも、って思ってたのよね。だってリアナ可愛いもの。それに、正直リアナになら取られてもいいかなって思うの。私の妹だっていうなら、なおさら。でも……」


 アリシアは少し口元を緩めて続けた。


「……実は私って、諦めが悪いのよね。――だから、前からずっと考えてたのよ。もしそうなったら、どうしようかなって。……でね? ひとつ相談があるんだけど」


「そ、相談とは……?」


 ルティスがアリシアに聞き返す。


「ふふっ。さっきルティスさんは『同時にふたり選べない』って言いましたよね? ……もし、ことができるとしたら、どうします?」


「「…………ええ!?」」


 その言葉に、ルティスとリアナは同時に声をハモらせた。

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