第35話 未来へ
「私は……ルティス様と同じく、かつて学園祭で優勝した母と、セドリック様との娘です。……たぶん、そういう過去があったから、お嬢様の婚約者の条件にも、すんなり許可が出たのかと思います」
「そんな……ことが……」
アリシアの父であるセドリックが、血筋を守るための保険として作っていた娘がこのリアナだということか。
生まれながらにして、表に立つことを許されていなかった彼女は、そのことをずっと自分の中だけに隠していたのだろう。
表の
「はい。……だから、ルティス様のお気持ちは本当に……本当に嬉しいのですが、私なんかに構っていてはダメです。……ルティス様は、お嬢様と幸せになっていただかないといけません……」
リアナはそう言いながら、呆然と立ち尽くすルティスの腕の中からすっと身を引いた。
しかし――。
「リアナさん……」
ルティスの顔を見上げたリアナの目には、溢れんばかりの涙が浮かんでいた。
「……あ、あれ……? 私……どうして……」
ぼやける視界に、なぜ自分が泣いているのかも分からなくて。
いつものように表情を抑えようと意識しても、涙は量を増すだけ。
そして、その頬を一筋の涙が伝ったとき――。
「……うあぁああぁ……っ……」
溢れる想いを押さえきれずに、堰を切ったように嗚咽が響く。
ルティスがすぐにもう一度リアナを強く抱きしめると、彼女は胸に顔を埋め、声を抑えずに泣き続けた――。
◆
「……もう……大丈夫です。……すみません、お恥ずかしいところを……」
ようやく落ち着いたのか、ルティスの私室のベッドサイドに腰掛けたリアナは、隣に座る彼に寄り添って、そう呟いた。
ずっとひとりで抱えていたことを吐き出してしまった安堵感と、これから自分がどうすればいいのかという悩みと。
まだ収拾は付いていないけれども、こうして彼に身体を預けていると、気持ちが軽くなってきたように思えた。
「……俺、リアナさんのことは尊敬しています。自分が同じ立場だったら、とてもとても……」
ルティスの言葉に、リアナは首を小さく横に振った。
「……そんなことないです。本当は、ずっと……誰かに打ち明けたかったんです。聖魔法のことだって、ルティスさんに隠そうと思えば隠せました。……でも、話してしまいたかったんですよ。ひとり我慢するのが……もう耐えられなくて……」
「……そうだったんですね……。リアナさんの辛さに気づいてあげられなくてすみません」
リアナは横から見上げるようにルティスの顔をじっと見つめた。
彼女と目が合って、気恥ずかしく思う気持ちもあったけれど、その小さな頭をそっと抱き寄せて、髪を梳くように優しく撫でる。
「……嬉しいです。誰かにこうして褒めて貰いたかったんです、私。……もう知ってますよね? 私がそんなに強くないことくらい。……そういう役割を演じてるだけなんです」
「はい。……でも、俺はそんな弱いところも、すごく頑張ってるところも、リアナさんの全部が好きなんです」
改めてはっきりと言われて、リアナは頭から湯気が出るほどに頬を染めて俯いた。
「はうぅ……。もう……ほんっとーに困りました。どぉしてくれるんですか。私のこれまでの我慢がぜーんぶ台無しじゃないですか。ルティス
一気に捲し立てたリアナのそれは、偽りのない本音だった。
ルティスがアリシアと予定通り結婚すれば、自分は想いを秘めたまま、ひっそりと生きて――ひとりで消えていくはずだった。
リアナはもう一度彼の顔を見上げて、じっと見つめる。
そして……。
「……責任、取ってくださいよ? さっき言ったとおり、もう無かったことになんてできませんよ……? 私……」
しかし――彼の想いも自分に向いていることを知ってしまった今、素直に身を引くことなどできそうになかった。
――二度と会わないのであればともかく、これからも毎日顔を合わせるのだから。
ルティスはしばらく黙って考えていたが、意を決して口を開いた。
「……はい、その覚悟はしています。お嬢様とも、相談しましょう。全部知ってもらって、どう未来に繋いでいくかを……」
「…………そうなりますよね。……なんにせよ、私がムーンバルトの血を引いていることは皆にバレてしまいました。言わなくても、お嬢様にはそのうち分かるでしょう。それに――」
リアナは一度口を閉じ、間を置いてから、ポツリと呟く。
「……魔族がお嬢様を狙っていることも、もう間違いありません。近いうちにまた来るはずです。……のんびりしていると、未来なんて消えて無くなってしまいます」
初めて魔族に襲われたときから、それは懸念していた。
ただ、ここまで堂々と狙ってくるのであれば、相応の準備をしておく必要があると、リアナは思っていた。
その言葉に、ルティスも深く頷く。
「はい。……わかりました」
◆
コンコンコン……。
「お嬢様、ルティスです。……お話があります」
リアナと会ったすぐあと。
不安そうな彼女には一度部屋に戻ってもらい、ルティスはひとりでアリシアの寝室の扉をノックした。
「はーい。どうぞー」
不安を抱えるルティスとは対称的に、アリシアからは軽い調子で返事が返ってきた。
「失礼します……」
ゆっくりと扉を開き、ルティスは部屋に入る。
ルティスにとって、アリシアの寝室に入るのは初めてのことだった。
「ふふっ、ルティスさんがここに来るのは初めてですね。どんな要件でしょう? ……リアナのこと?」
「…………!」
部屋に置かれたティーテーブルの上には、飲みかけの紅茶がうっすらと湯気を立てていた。
その前に座るアリシアが、笑顔でリアナの名前を出したことに、ルティスは驚いた。
「あ、やっぱり。……まぁ、それは後にして、座って。お茶淹れるから」
「す、すみません」
促されてアリシアの向かいに座ったルティスは、ティーポットから新しいカップに紅茶が注がれるのをじっと見ていた。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
礼を言って、ルティスはその紅茶をひと口、口に含んだ。
ほんのりと香り付けされたフレーバーティーは、少し緊張を解してくれた気がする。
かちゃり、とカップをソーサーに置くのを見計らうかのように、アリシアが口を開いた。
「……リアナとなにか話してきた?」
「はい……」
「それは、私が聞いても良いことなのかしら?」
「……ええ。リアナさんと相談して、そのつもりで来ました」
アリシアも、紅茶をこくりと飲み込んで、「ふぅ」と息を吐く。
「ありがとう。……なんとなく、予想はついていたりするけれど」
「……お嬢様なら、そうかもしれませんね」
今までのアリシアとの付き合いで分かっていた。
彼女は顔色ひとつで、何を考えているのか見抜く力がずば抜けているのだ。
「ふふっ。ずっと、周りの顔色ばっかり気にしてたから。だから、ね」
「……それは、辛いですね」
ルティスは本心からそう思った。
立場上、周りが何を望んでいるのかを察して、その姿になりきることでここまで生きてきたのだろう。
それはある意味、リアナと正反対のようでいて、全く同じなのかもしれない。
結局、自由に生きられないということは変わりないのだから。
「そう言ってくれるの、ルティスさんだけよ。……ありがとう」
「それで……リアナさんのことですけど――」
ルティスがそう言いかけたのを、アリシアは片手で制する。
「……ごめんなさい。できれば、リアナの口から聞きたいの。……私の予想が当たっていれば――たぶん私の妹のリアナから、ね」
目を丸くしたルティスの顔色を楽しむように、アリシアは柔らかい笑みを浮かべた。
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