第32話 絶体絶命

 ため息をついたリアナは、先程の攻防の間に後ろに離れていたアリシアのほうをちらっと見た。

 そして――。


「……ルティスさん。すみませんが、防御は任せます」


「承知しました。必ず……」


 ルティスの返答に頷いたリアナは、改めてテオドールに向き合う。


「作戦は決まったか? 次の魔法が効かなかったら、後はないぞ?」


「……そうですね。――氷よッ!!」


 ――バキンッ!!


 会話も途中にして、リアナは左手を前に、氷魔法を放つ。

 それは以前グリモラスにすら効かなかったが、同じようにテオドールの動きを一瞬でも止めるためのものだ。


 ――ジュワッ!!


 だが、グリモラスのように氷漬けにすることなく、その前に鈍い音と同時に魔法が霧散してしまう。

 その直後、テオドールが片手を上げた。


『……深淵の暗黒、世界を飲み込め。……いでよ、闇の炎よ』


 一瞬、テオドールの口元が歪んだように見え――そして視界を闇が包み込む。


 ――ォォォオォオオォ!!


 そして背筋が凍るような嫌な響きとともに、ルティスの張った防御魔法を熱風が包み込む。


「……ぐぅっ!!」


 それはクララの放った炎とは比較にならない規模だ。

 当然、長く耐えることなどできないが、リアナに任されたことを放棄する訳にはいかない。

 1秒でも長く、全力を振り絞って防御魔法に魔力を注ぎ込む。


 ルティスが作った僅かな時間。

 リアナがステッキを持った手をテオドールの居た方向に差し出した。


「――聖なる光、純粋なる炎、我が手に聖火を! 燃え盛れ、神聖なる破壊をッ!」


 テオドールが放った魔法が闇の炎ならば、リアナは聖なる炎を生み出す。


 ――これが効かなければ、もう手立てはない。

 その覚悟で構成を編んだ、自分が出せる最強の聖魔法。一分たりとも残さないつもりで全魔力を注ぎ込む。


 それが発動し――闇に包まれた視界をひっくり返すように、まばゆい光で満たした――。


(やったか……!?)


 リアナに複数同時に魔法を使うことを教わったとき、魔族であっても普通は同時に2つの魔法を使うことができないと聞いていた。

 以前、魔族と戦ったときにも、そのおかげで勝てたのだと。


 つまり、闇の魔法をテオドールが使っていた状態では、リアナの魔法をまともに受けているはずだ。

 もし、それが効かないのならば――。


 ――ガツンッ!!


 そのとき、防御魔法の壁に――自分の正面からの新たな衝撃を感じ取った。

 リアナの聖魔法でまだ目が眩んでいるが、目を細めてそれを確認する。


「――なっ!!」


 そこには、壁にねじ込もうとでもするかのように、必死の形相で腕を突き出しているテオドールの姿があった。

 服と一緒に肌も焼けただれていることから、リアナの魔法で相当のダメージを受けていることは間違いない。


 しかし、それでも――倒せてはいなかったのだ。


 ――バチバチバチ!


 魔力を込めているのだろうか。

 テオドールの手のひらと防御魔法がぶつかり、光と音を放つ。


『……コロス……!』


 そして、それは壁を侵食し、徐々に入り込んできているように見えた。


「うわ……ぁっ!!!」


 ギョロリと、テオドールの青白い瞳がルティスを捉えたとき、ずぶり――と腕が壁の中に入り込んだ。

 同時に、その手のひらが赤く光を帯びる。


『……シ……ネ』


 テオドールの小さな呟きが耳に入った。


 壁の内側で放たれる魔法を防ぐ手立ては――もうない。

 自分のすぐ横には、全力を使い果たしたのか、肩で息をしながら膝を付くリアナの姿が見えた。


(――俺にできることは……!)


 せめて彼女だけでも守らないと、何のためにここに立っているのか。

 ルティスは、体当たりとも言える勢いでリアナに飛びつき、庇うように彼女を強く抱きしめる。

 それは自分が盾になるつもりで、すぐに来るだろう衝撃に対して全身を強張らせた。


 実際に魔法が届くまでの時間は、瞬きひとつに満たない時間だろう。

 その時間がものすごく長く感じて――。


 ◆


 少し時は遡る。


「……アリシア様! 危険です!」


 ルティスとリアナがテオドールと対峙しているとき。

 リアナの激しい雷魔法が全く効かなかったのを見たアリシアは、クララの前に出ようとする。

 それをクララが呼び止めた。


「わ、私の聖魔法じゃないとっ。魔族には……!」


 それは相手が魔族だと分かったときから覚悟していた。

 ただ……リアナは前回ひとりで魔族を打ち負かしていたことから、淡い期待をしていたのだ。

 だが、あれほどの魔法を放っても全く効果がなかった様子から、やはり聖魔法以外に勝つ見込みはないのだと確信する。


(――隙を見てなんとかしないと……!)


 そう思いながら、じっと様子を窺う。


『……次の魔法が効かなかったら、後はないぞ?』


 よほど自分の強さに自信があるのか、雄弁に語るテオドールの様子に、本当に聖魔法でも通じるのか不安になる。

 もし聖魔法を恐れているのであれば、もっと自分を警戒するはずだから。


 そして――。


『――神聖なる破壊を!』


 テオドールの闇魔法の直後、リアナが使った魔法に目が釘付けになった。


(リアナが……聖魔法を……!?)


 にわかには信じられなかったが、自分が見間違えるはずもない。

 しかも、自分が使うものよりも、圧倒的に強力で……。

 そこで初めて気づく。

 前回、魔族を打ち負かすことができたのは、リアナが聖魔法を使えたからなのだと。


 しかし――それほどの聖魔法受けても完全には消滅しなかったテオドールが、ふたりに迫るのが目に入った。


「聖なる光、我が手に祝福を……」


 アリシアは慌てて聖魔法の詠唱を始める。

 そのとき――。


『うわ……ぁっ!!!』


 恐怖を感じたのだろう。ルティスの悲鳴が耳に入った。

 時間がない――。

 とはいえ、これほどテオドールとふたりが接近している今、アリシアが魔法を放つと、ふたりも巻き込んでしまう。


(ああっ! どうすれば……!?)


 リアナを庇うルティスが目に入って、もう自分が魔法を放つしかないのは理解しているが、躊躇してしまい――。


 テオドールの手が光を帯びる。

 ふたりに向けた魔法が放たれようとしたとき、アリシアは一瞬視界が揺らいだことに違和感を覚えた。


(――何!? 今のは……)


 瞬きしたあとには、テオドールの姿はあれども、ふたりの姿はどこにもなく。

 それが目の錯覚などかもしれないと思いながらも、途中までの詠唱の残りを再開する。


「……闇を打ち破り、光を満たせ!」


 そして、もう一度、試合場は光で満たされた――。

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