第31話 表彰式、そして……

 ルティスが回復したことを受け、試合場では表彰式が行われようとしていた。

 優勝したテオドールには『クレセント・グローリー賞』と、副賞であるアリシアの婚約者候補の特典が贈られる。また、特待生扱いとして、今後の授業料は全額免除となる。


 準優勝のルティスには、小さな盾と将来騎士団に無試験で入団できる特典。それと、残りの学園の授業料が半分免除される。

 第3位に入ったのはクララだ。

 彼女には授業料の免除が3割になるという違いのほかは、ルティスと同様だ。


 理事長であるアリシアの父、セドリックとその横にはアリシア。

 その前には入賞した3人が整列している。

 そして、リアナは少し離れた場所でその様子を観覧していた。


「それでは、見事優勝したテオドールさんには、『クレセント・グローリー賞』の盾が贈られます」


 係の者が持っていた盾は、一度セドリックに渡され、それをすぐにセドリックがテオドールに渡す。


「続いて、副賞として、今回は特別にアリシア様の婚約者候補になるという特典が与えられております。――アリシア様」


「はい」


 返事をしたアリシアは一歩前に出て、テオドールと向かい合う。

 その顔は笑顔のように見えて――しかし、普段から彼女と接しているルティスには、すぐにわかった。


(……申し訳有りません。お嬢様……)


 本当に嬉しいのであれば、彼女はこんな笑顔をしない。

 アリシアの期待を裏切ってしまったことを、悔やんでも悔やみきれなくて、ぐっと歯を食いしばった。


「……優勝おめでとうございます。素晴らしい試合でした。こちらが、候補者の証となる腕輪です。どうぞ……」


 アリシアが持っていたのは、様々な装飾が施された銀色に輝く腕輪だった。

 このために準備したのだろう。


 それをテオドールに手渡そうと、ゆっくりとアリシアが近づく。

 腕輪を手渡すために彼女が手を伸ばすと、彼はそれを片手で受け取りながら――もう片方の手でアリシアの手首を掴んだ。


 それを不思議に思ったアリシアが、テオドールの顔を見上げながら声を掛けた。


「……? テオドールさん?」


 そのとき――。

 テオドールの隣に立っていたルティスは、ぞわっとした悪寒と共に、異様な魔力に気づく。

 それは、リアナも同様に持っている感覚らしく、彼女に言わせると、魔力の揺らぎのようなものを感じ取る力らしい。


「――このッ!!」


 ルティスは咄嗟に叫びながら、全力でテオドールに体当たりをした。


「――ルティスさん⁉︎」


 その衝撃でテオドールの手は離れ――何が起こったのかと驚いたアリシアは声を上げる。

 しかし、ルティスは構わず彼女を護るように、その前に立った。


「お嬢様、離れてくださいッ!」


 リアナもそれに気づいていたのだろう、ほんの少しだけ遅れてルティスの隣に並ぶ。


 ――ルティスに突き飛ばされたテオドールは、ゆらりと立ち上がりながら、ルティスの方に顔を向けた。


「……良く感づいたな。お前……」


「二度目なんでね」


 以前に魔族と対峙したときは、自分はなんとなく違和感を覚えただけで、リアナが気づかなければきっと為す術もなくやられていた。

 今回は、その前に気づくことができたということは、多少は成長しているのだろうか。


 テオドールは感心したように呟く。


「ほう。……ということは、もしやグリモラスが消えたのはお前の? ……いや、いくら下級とはいえ、お前程度に負けるような奴ではないはずだが……」


「……まさか、こんなところに魔族が紛れ込んでいたとは。……油断しました」


 以前対峙した魔族の名前を口にしたことで、テオドールが何者なのか確信したリアナが自嘲する。

 その『魔族』という言葉を聞いた周囲の面々は、皆が「まさか」という顔をしつつも、距離を取るように後退する。


「ふ。ムーンバルトの血統が公の場で同時に揃うことは稀だからな。……ちょうどいい余興にもなった。力を入れすぎて、つい殺してしまいそうで難儀したが」


「なるほど、目的はわかりました。……ただ、先にを相手にしてもらいましょうか」


 苦い顔でリアナが宣言する。

 背後では、アリシアが父のセドリックを護るように寄り添っていた。

 クララも自分では手に負えないことを理解しているのか、蒼白な顔で、ふたりを庇うように立つ。


 そして観客席で見ていた観客達も、何が起こったのか分からずにざわめき始めていた。

 ただ、誰しもが知っているあの『氷結の魔女』リアナが、普段なら絶対に見せない緊迫した表情をしているのを見て、ただならぬことが起こっていることは伝わっていた。


「……良いだろう。メインディッシュの前の前菜だな。……私をグリモラスと同じだと思うなよ……?」


 低い声で告げたあと、テオドールはゆらりと身体を揺らしたかと思うと、その場にゆっくりと浮かび上がる。

 そして、両手を大きく広げて、天を仰いだ。


『――ウォオオオオォッ!!!』


 テオドールは、建物そのものが震えているかのような、地響きのような低い叫びを上げた。


「――守りの盾よ! 我が身を包み込め!」


 ルティスはすぐに攻撃が来ることを感じ、すかさず防御魔法を開く。

 出し惜しみすることなく、全力を込めて。

 自分が守りを固めることで、少しでもリアナが戦いやすくすることが、今の自分にできることだと自覚していたから。


 ――ガガガガッ!!


 それと同時に、壁に衝撃が降り注ぐ。

 決勝戦で受けた攻撃と同じだとすぐに気付くが、それとは桁違いの数だ。

 そしてそれは試合場の周囲にも飛び、周りに張られた結界に当たって威力は弱まりつつも、観客席にも飛び込んだ。


「うわああぁっ!!」

「きゃあああーー!」


 傍観していた観客が口々に叫び声を上げて逃げ惑う。

 しかし、それを見ている余裕はなかった。


「――大空を揺るがす雷の叫び。――雷光よ、我に従えッ!」


 ステッキを握りしめたリアナが、珍しく雷の魔法を発動させる。

 とはいえ、以氷魔法が好きなだけで、どの魔法にも得意不得意はないという話を以前に本人から聞いていた。


 一瞬――。

 視界が真っ白に染まる。

 それは本当に一瞬のことだったが、それがものすごく長く感じた。


 その直後に――。


 ――バリバリバリバリッッ!!!!


 鼓膜が破れるかと思うほどの轟音が試合場を満たした。


(ハンパねぇ……! これが本気かよ……ッ!)


 防御魔法を緩めることなく、すぐ横で魔力を振り絞るリアナの真剣な横顔をちらっと見た。

 自分が得意としていると言っても、この威力の前には子供だましのようなものだ。


 ――しかし、その轟音が静かになったあと、テオドールは何も変わらずその場に浮かんでいた。


「……人間ふぜいがここまでの魔法を使えるとは……その若さで……。グリモラスが敗れたのも、わからなくもない。……ただ、奴にもこんな魔法では効かないはずだ。やはり聖魔法に敗れたのか……?」


 テオドールは考え込みながら、ぶつぶつと自分に問いかけるように呟く。

 そしてゆっくりとリアナの方に顔を向けた。


「……そんな魔法では私には勝てん。――仮に本当の力を隠しているというなら、今のうちに出しておいたほうが良いぞ?」


「……やはり、効きませんか。はぁ……。本当に最近ツイていないですね……」


 ため息をつきながら、リアナも自嘲するように呟いた。

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