第30話 決勝戦

 いよいよ決勝戦の時間が近づいてきた。

 試合前に顔を合わせたテオドールに、ルティスは自分から声をかけた。


「よろしくお願いします」


「ああ、よろしく」


 それだけ答えて、テオドールは真剣な顔で口を閉じる。

 テオドールはルティスよりも長身で、体格もしっかりしている。

 寡黙なところから、影では女生徒から人気のある男だと知っていた。

 もちろん、その声は本人にも届いているだろう。


 これまで全ての試合を、風の魔法であっさり勝ってきたテオドールに対し、どう戦うか。

 防御魔法を張ったとしても、それごと吹き飛ばされる可能性が高く、クララとの試合のように耐える作戦は難しい。

 この試合までの時間、そればかり考えていた。


「そろそろご準備ください」


 案内役の人の声に、ルティスは「ふぅ」と大きく深呼吸する。

 ちらっと横を見るが、テオドールは特に緊張しているような素振りはなかった。


(……手強そうだな)


 それだけで、この試合が厳しいものになると想像できた。


「それでは、入場ください。良い試合を」


 案内役に促されて、扉に向かい、ゆっくりと歩き出す。

 そして、決勝戦の幕が上がる。


 ◆


 満席の観客に見守られ、ふたりは試合場で礼をする。


「――始めっ!」


 審判の声を聞いた瞬間、ルティスは素早く動く。


(――先手必勝!)


 後ろに少し飛んで下がりながら、ステッキを持たない左手を前にし、その場で詠唱を始めていたテオドールを指差す。


「――雷よっ!」


 ――バチッ!


 最短での詠唱で、威力は弱いながらも、雷魔法を放つ。

 弱いと言えども、今のルティスであれば、以前の普通に唱えた魔法と変わらないほどの威力がある。

 いかに先手を取るか。これはリアナから口酸っぱく言われていた。


「くっ! 壁よ!」


 テオドールは詠唱を中断して、素早く防御魔法に切り替える。

 そして雷を防ぎつつ――一気にルティスとの距離を詰めた。


(――速い! まさか……!)


 防御魔法がある間は、威力の弱い魔法では効果がない。それを狙い、物理攻撃を仕掛けようとでもいうのだろうか。


 あっという間に距離が縮まり、テオドールの腕が伸びてくる。

 体格差を考えると、掴まれると危ないと直感した。


「――風よ!」


 ルティスは咄嗟に風魔法を放つ。

 それはテオドールに向けて放ったのではなく、自分に向けて。


 ――ゴウッ!


 風を切る音が響き、ルティスは横方向に吹き飛ばされた。

 自らの魔法によって飛ばされることで距離を取ったルティスは、よろめきながらも急いでテオドールと向かい合う。


「……ちっ」


 獲物を逃し、立ち止まったテオドールが舌打ちするのが聞こえた。

 しかし、ルティスは間髪入れずに次の魔法を放つ。


「――氷よっ!」


 嫌というほどリアナに見せられた魔法。

 手足を凍らされたのも、一度や二度ではない。


 彼女がこの魔法をよく使うのは、使い勝手が良いということも理由のひとつだ。

 氷は相手そのものを凍らせてしまうこともできるが、それとは別に、相手の動きを封じたり、盾にしたりすることもできる。


 今回は、直接放てば防がれるだろうことを想定して、テオドールのほんの少し手前、試合場の床に向かって魔法を放った。

 「バキバキッ!」という音とともに、ふたりの間に氷の壁が立ち上がる。

 テオドールが距離を詰めにくくするのが目的だった。


「……なかなかやるな。今までの相手とは違うようだ」


 平然と立っているテオドールは、しかし慌てているような素振りはない。

 それがルティスには不気味に思えた。


 それまでの短い攻防で、場内がシーンと静まり返り、皆が観客席から戦いを見守っていた。


(……焦ったら負けだ。落ち着け……)


 相手が強いのはリアナと練習しているときに、嫌というほど経験していた。

 焦ると、つい大技を使ってしまいそうになるが、そういう戦い方をすれば、その隙を狙われるということもよく知っていた。


「――大気の息吹、疾風の力、我が手に吹き荒れよ!」


 以前は苦手だった風魔法を放つ。

 これも、最近頻繁に使うようにしている魔法だ。

 テオドールがこれまでよく使っていた戦術と重なるところがあるが、これは威力が弱いものの、風魔法は防御しにくいという側面からだ。


 それで倒せるというような攻撃ではないが、テオドールに向けて放った魔法は、彼が反撃しにくくする効果を生む。

 テオドールは先程ルティスが作った氷に半身を隠しながら、風から踏ん張って居るのが見えた。

 そして――。


「――雷光よ、我に従えッ!」


 風魔法はそのままに、右手に握りしめたステッキから、得意とする雷魔法を放つ。

 試合場が一瞬まばゆい光に包まれ――。


 ――ドゴゴゴゴォッン!!


 すぐさま、耳をつんざく轟音がその後に続いた。


 風魔法に更に雷魔法を重ねた攻撃に、テオドールが耐えられるとは思えなかったが、油断は許されない。

 眩んだ目を細めて、注意深くテオドールのいた場所を注視する。

 その瞬間だった。


 ――ガッ!


「ぐっ……!!」


 テオドールの姿が見えたと同時に、何か――見えない石でも飛んできたかのような衝撃を頭に受けて、ルティスはうめき声を上げた。


(なんだ……!? 今のは……。無詠唱でか……?)


 詠唱も聞こえなかった。

 リアナも詠唱せずとも得意な魔法なら放つことができるが、それと同じようなものだろうか。


 しかし、それを考える前に、身を守らないといけない。


「――守りの盾よ!」


 急いで叫び、防御魔法を開く。

 間一髪だったのか、そこに続けざまに「ドン! ドン!」と2発、同じような衝撃を受けた。


 ルティスの視界の正面、ゆらりと立ち上がったテオドールは、ルティスにステッキを向けた。


(――ヤバい……!)


 ふらつく頭には危険信号が点灯するが、咄嗟に次の行動は取れなかった。

 そして――。


「――疾風の力、我が手に吹き荒れよッ!」


 テオドールの風の魔法がルティスを防御魔法ごと吹き飛ばし――彼の意識はそこで途絶えた。


 ◆


「……うぅ……」


 小さくうめき声を上げながら、ルティスが目を覚ました。

 その目に真っ先に入ってきたのは、見慣れたリアナの顔だった。


「……お疲れさまでした。怪我は癒やしてあります」


 無表情に淡々と告げるその言葉を聞いて、ルティスは徐々に頭がはっきりとしてきた。

 自分は決勝戦を戦っていたはずだ。

 しかし、その途中から記憶はない。

 ならば……。


「……し、試合は……?」


 震える声でリアナに尋ねると、彼女は少し目を細めた。


(俺は……負けたのか……)


 その表情で、はっきりと理解した。

 もし自分が勝っていたならば、きっと彼女はそんな顔をしないだろうから。


「……はい。ルティスさんは準優勝です。惜しかったですけど、相手が少し上回ってました」


「そう……ですか……。申し訳ありません……。期待に応えられなくて……」


 リアナやアリシアからあれほど期待してもらっていたのに、それに自分が応えられなかった。

 自分が負けたことそのものよりも、それがずっと重くのしかかる。


「いえ……。ルティスさんが何かミスをしたわけではありません。仕方ないです」


「…………」


 慰めの言葉をかけられても、最初で最後のチャンスを棒に振ってしまったことは変わらない。

 これまで何を練習してきたのか。

 後悔の念が重くのしかかり、ルティスはベッドで仰向けになったまま、薄っすらと目に涙を溜めた。

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