第29話 準決勝
「……ルティスくんが勝ち上がってきてくれて嬉しい」
午前中に行われる準決勝。
その試合前に、クララはルティスに話しかけた。
もともと劇団時代から交流のあるふたりだから、試合と言ってもあまり緊張感はなかった。
「うん。なんとかね」
「『なんとか』ってレベルじゃないでしょ。半年前とは別人じゃない」
「そうかな? リアナさんと比べたら大して変わってないって思ってたんだけど」
自分でもこれまで成長してきたことを実感していたとはいえ、強くなればなるほど、リアナの異常な強さがより分かるようになった。
いくら鍛えても届かないと思えるほどに。
「元々、才能あったんだと思うよ。ほら、ルティスくんって結構不器用だもんね」
クララが笑って言ったことに対して、苦笑いする。
「ひどいなぁ……」
「だってそうじゃない。劇でも台本すぐに覚えられなくて、いつも遅くまで練習やってたの知ってるから」
「そんなこともあったなぁ……」
その頃を懐かしむ。
確かにクララの言う通り、台本がなかなか覚えられなくて、皆より練習を長い時間やっていた。
それでなんとか無事に役者としてやってこれたのだから。
「……でも、そういう努力できるってところが、ルティスくんの良いところだと思うよ。ちゃんと結果出してるし」
「はは、ありがとう」
「ところでね――」
そこでクララは言いにくそうにしながら、少し顔を伏せて続けた。
「……この試合、私が勝ったら、ひとつだけ頼みごと聞いてもらえる……?」
「え、別に試合に関係なく、クララの頼みなら聞いてもいいけど……。もちろん内容によるけどね」
軽い調子で返したルティスに、クララは慌てて手を振った。
「あっ、ごめん! さ、さっきのは忘れてっ! ――ほ、ほら。そろそろ試合始まるよ」
「う、うん。――よろしく」
案内役の人が近づいてくるのを見て、ふたりは試合場への入口に顔を向けた。
◆
「――始め!」
試合開始の合図とともに、ルティスは先に動く。
クララの得意な炎魔法はかなり強力で、これまでの試合でも一気に炎幕で攻める戦法を取っていたからだ。
「――守りの盾よ! 我が身を包み込め!」
だから、最初に防御魔法をしっかりと張って、守りを固める作戦だ。
ほぼ同時に、クララも魔法を放つ。
「――灼熱の焔よ、我が呼び声に応えよ……。焼き尽くせッ!!」
得意の炎魔法を唱えたクララが片手を上げると、一気に試合場を炎が包み込んだ。
(げ、マジかよ……!)
これまでは、ここまで強力な魔法は見せていなかった。
出し惜しみしない作戦なのだろうか、下手すると相手を殺す可能性があるほどのものだ。
――ボワァッ!!
ルティスの張った防御魔法を包み込むように炎が渦を作った。
炎そのものは届かないが、真夏の日差しのようにジリジリと熱が伝わってきて、肌を焼く。
その熱さに、長時間は耐えられないと思えた。
(ただ、クララも同じはず……)
壁で守りを固めつつ、様子を伺う。
普通、同時に別の魔法を使うことはできないから、炎を放っているクララも今は何もできないはず。
それに、ここまでの魔法であれば長時間、魔力が保つとは思えなかった。
つまりクララは、熱さでルティスがダウンするか、自分の魔力が尽きるのか、どちらが先かの勝負に出ているということだ。
(相変わらず……無茶なやつだな……)
後のことを考えずにガンガン力で押してくるところは、昔から変わらないクララの性格だ。
しかし、それが彼女の良いところでもあるとルティスは思っていた。
(このままでも多分勝てるけど……)
額から汗を流しながら、どう対処するかを考える。
ひとつはそのまま耐えきること。
もうひとつは――。
(ここで魔力使い切ったら、午後の決勝までに全回復しないかも……。なら――)
早い段階で勝負を決めることを決意する。
もともとは、いざというときに取っておくつもりだったが、もうひとつの準決勝でテオドールが圧勝したところを見ていた。その彼と戦うためには、できるだけ魔力は残しておきたい。
そう思い、手に持つステッキをクララのほうに向けて、これまで以上に集中して詠唱を始める。
その様子を見たクララの顔色が変わるのが、揺らめく炎越しにはっきりと分かった。
普通ではありえない、防御魔法を維持したままに、他の魔法を使おうとするというその行為に対して。
「――大気の息吹、疾風の力、我が手に吹き荒れよ!」
――ゴワァッ!
ルティスの手から放たれた風は、周囲の炎を巻き込みながらクララに向かって吹き荒れる。
それはさながら火災旋風のようで、一気にクララを包み込んだ。
「きゃあああっ!!」
試合上にクララの悲鳴が響いたあと、すぐに炎はかき消えた。
炎を生み出していたクララが魔法を解いたからだ。
しかし、その一瞬で服は一部が焦げ、クララは呆然と立ち尽くしていた。
何が起こったのか理解はできるが、信じることができなくて。
「――嘘……でしょ……?」
ルティスはクララに向けてステッキをもう一度向ける。
「……どうする?」
呆然とした表情でルティスを見つめるクララは、ゆっくりと首を左右に振った。
◆
――おおおっ!!
ルティスが炎の中で風の魔法を使ったとき、観客席からは大きなどよめきが上がった。
予選のときとは違い、かなりの席が埋まっており、多くの観客がその状況を見ていた。
そのとき、防戦一方に見えたルティスが、一気に形勢を逆転させる魔法を放ったのを見て、魔法士ならば誰しもが驚く。
口々に「ありえない……」や「何が起こった?」などの小さな声が聞こえていた。
それを耳にして、アリシアはリアナに尋ねた。
「……
「ええ。……とはいえ、あれほど簡単に身に付けられる人なんて、まず居ませんけど」
「そうよね……。私にもできないもん。やっぱり、ルティスさんって……」
「さぁ、私にはさっぱり。……最初は見ていられないほど下手だったのですが。どんな才能を持ってるんでしょうね」
それはきっと本人でもわからないことなのだろう。
ただ、偶然にも彼が屋敷で働くことになって、今こうして大きく成長してくれたことに感謝した。
(……偶然……なのでしょうか。それとも……あの演劇のときから、こうなるって決まっていたのかも……)
アリシアと一緒に自分も観覧したあの演劇は、まだうっすらと記憶に残っていた。
生まれる前から自分に決められていた役目。それから逃れられないのは分かっているけれど、それでも少しくらい夢を見ても良いのかも、と思わせてくれた。
――それが儚い夢で終わることは分かっていながらも。
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