第28話 準々決勝
試合場には、実戦練習と同じように、周囲に結界が張られていた。
その中で1対1で戦うのだが、相手を殺してしまうほど強力な魔法は禁止されている。
それ以外は魔法以外の、例えば物理的に攻撃するのも許されているルールで、いわゆる『何でもあり』だ。
とはいえ、参加者は魔法士に限られているし、大会の性質上、フェアに戦わなければ非難されるのは間違いない。
最悪の場合、勝ったとしても「品性に欠ける」として失格になる場合も、過去に一度あったと聞いていた。
「それでは、Cブロックの代表者決定戦を始めます。両者、礼!」
結界の外から審判員の声が試合場に響くと、向かい合ったルティスとエリオットは互いに礼を交わす。
「――始め!」
そして、その声と共に、試合場は緊張感に包まれた。
◆
「最初の難敵――かな?」
観客席のアリシアが眼下を見下ろしながら、隣に座るリアナに聞く。
リアナは表情を変えずに、小さく首を振った。
「いえ、あの方はチェック済みです。……ルティスさんが負けることはあり得ないです」
「自信満々ね。……それじゃ、他に危なそうな参加者はいそう?」
「……次に当たりそうなクララさんにも、恐らく勝つとは思います」
少し考えて、リアナはそう答えた。
「クララさん、ってそう言えば精霊祭のときに助けてくれた娘ね。結構優秀なのね……」
「そうですね。これまでの試合も見ましたが、気合いも入っていますし、かなり練習してきている感じがしました」
「……何か目標でもあるのかしら?」
「さぁ……。それは私には分かりませんが……。要注意なのは、Aブロックのテオドールさんです。元々優秀な方でしたけど……なにか、今日は異様な雰囲気を感じますから……」
リアナは、先程のAブロックの試合のことを思い出しながら呟いた。
あまりにあっという間に終わってしまったこともあって、正確な力量を測ることはできなかった。
ただ――。
「そうよね。なんでも無難にこなす優秀な魔法士、って聞いてたけど、そんな感じには見えなかったのよね……」
「ええ。風の魔法一発で、相手を壁まで吹っ飛ばして終わりましたから。あれほどの魔法が使えるような人だとは思っていなかったのですけど……」
「ルティスさん、大丈夫かしら……」
心配そうに呟くアリシアに、リアナは何も答えなかった。
◆
最初に動いたのはエリオットだった。
「……霧の中に踊る幻影よ、我が指示に従え……!」
弟のエリックと同じく、得意とする幻影魔法で視界を撹乱する作戦なのだろうか。
確かに狙いを定めにくくなることから、相手が戸惑っている間に攻撃する、という戦法だろう。
ただ、それはルティスも予想していたことだ。
その対策も考えてあった。
「――雷よ……。弾けろッ!」
――バヂバヂッ!!
ルティスの声とともに発動した魔法が試合場を満たす。
一撃で相手を打ち負かすほどの威力はないが、広範囲に広がる魔法で、足止めには効果が高い。
「――くっ!」
幻影の中から小さく苦悶の声が聞こえる。
その声の方向から、おおよその位置がわかった。
すぐにその場所を狙うことも考えたが、まだ正確な場所はわからない。外れたときのことを考えて、一度仕切り直すことにした。
「――守りの盾よ! 我が身を包み込め!」
幻影の中から何が飛び出すかわからない。
ルティスは先に防御魔法を展開しつつ、エリオットの声がした方に意識を向けた。
「――氷の刃よ! 我が敵に冷徹な裁きを与えよッ!」
――ギィンッ!
そして、予想通りに仕掛けてきたエリオットの氷の刃が、ルティスの壁に弾かれる。
もしかすると、以前のルティスの壁では貫かれたかもしれない。
ただ、リアナの氷魔法を受け続けた今の壁は、容易く破られることはないと確信していた。
『……守りは最優先で練習しましょう。私が魔族に勝てたのは、聖魔法が使えるからだけじゃないです。絶対に破られない守りがあるからなんです。それと――』
リアナにも口うるさく言われ続けていた。
ルティスがしっかり守れていれば、魔族と戦ったときもアリシアを守ることができていたということも。
氷の刃が飛んでくる方向から、エリオットの位置に確信をもったルティスは、改めてそこに向けて魔法を放った。
「――雷光よ、我に従え!」
その方向をステッキで指し示し、雷魔法を放った。
もちろん、全力ではない。
予選で実感していた。全力を出すと、相手が死ぬ恐れがあると。
――バチバチバヂッ!!
それでも激しい轟音とともに、周囲が青白く染まる。
そして――。
周囲が静かになり、幻影がすっと晴れていく。
ルティスの正面には、膝を付いて動かないエリオットの姿があった。
「……まだ、続けますか?」
ルティスが静かに声をかけると、苦痛に顔を歪めたエリオットは静かに首を振った。
「いや……。降参だよ」
◆
「……今日の試合は良い感じに見えました。明日、優勝まで気を抜かないように」
「ありがとうございます」
学園からの帰り、馬車に乗っていると、後席のリアナがルティスに労いの言葉をかけた。
「強くなりましたね。……今のルティスさんなら、私も勝てないかもしれません」
「お嬢様、それは……ないでしょう。俺なんてまだまだです」
アリシアも試合を見ていた感想を言うと、ルティスが謙遜する。
「駄目です、お嬢様。あまり優しくすると、ルティスさんが調子に乗ってしまいます」
「ふふっ、そうね。……明日、ルティスさんが優勝するところを私にも見せてくださいね」
リアナの苦言にも、アリシアは嬉しそうに笑った。
しかしルティスは不安を募らせていた。
「……ですけど、明日当たると思うふたりは、どちらも手強いです。クララは、多分なんとかなります。ただ、テオドールさんは……」
ルティスもAブロックの試合は見ていた。
それまで圧勝してきている彼の強さは、リアナにも匹敵するのではないかと思えて。
「……テオドールさんは、確かに危険な相手だと私も思います。……場合によっては、
リアナも心配そうな顔を見せた。
正直、リアナには「あの程度の相手、簡単に勝って貰わないと困ります」などと軽く言ってほしかった。
しかし、心配そうなその顔を見て、やはり自分の思っていた通り、簡単に行く相手ではないことを確信する。
もっとも、その前にクララに勝つ必要があることは言うまでもないのだが……。
「でも……絶対に優勝してみせます。リアナさんにあれほど付き合ってもらったんですから」
ルティスは自分に言い聞かせるように、その言葉を胸に刻み込んだ。
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