第26話 ふたりの夢
「……特にお前は長女だからな。ムーンバルト家の者として、恥ずかしくないよう振る舞いなさい」
「はい。お父様」
父であるセドリック・デ・サル・ムーンバルトは、まだ幼い娘アリシアに、そう言い聞かせる。
ムーンバルト家には、アリシアの他に弟であるローランがいるから、順当なら跡取りは男子に任せることになるのだろう。
しかし――。
「残念ながら、ローランには聖魔法の適正がない。だから、ムーンバルトの血筋はお前が継がないといけない。……分かるな?」
「はい、わかっております。……そのために、こうしてリアナと毎日練習を積んでいるのですから」
「……そうだな。偉いぞ、アリシア。それでこそ私の娘だ。……では、私は仕事があるから今日は帰るよ。元気でな」
「はい、お父様……」
セドリックはアリシアの前に片膝をついて、その小さな頭をそっと撫でた。
領主の仕事が忙しい父とは、たまにしか会うことはない。
普段、アリシアは与えられた屋敷で、教育係であるリアナの母親――アンナベルから、教養から勉学、魔法の練習まで全てを教わっていた。
屋敷からセドリックが帰ったあと、残されたアリシアのところに、同じ歳くらいの少女が顔を見せた。
「……お嬢様。そろそろ、魔法の練習の時間です」
彼女は物心ついた頃から一緒に過ごしてきたリアナだ。
目指すものは違うとはいえ、同じ年に生まれて、ふたりでずっと共に過ごしてきた。
姉妹のようでもあり、親友のようでもあり。
ただ、自分は聖魔法が使えるとはいえ、リアナのほうが才能があったのだろうか。
魔法にしても勉学にしても、全てリアナのほうが優秀だったことを、最初は少し憎いと思った。
「うん、行こうか」
「はい、準備はしておきましたから」
「いつもありがとう。リアナ」
しかし、いつも一歩引いて寄り添ってくれるリアナを見ていると、自分の嫉妬が恥ずかしく思えた。
なによりも――。
リアナが自分に隠れて必死に努力していることを知ったとき。
しかも、それが自分のためにしていることだと知ったとき。
アリシアは、本当の姉妹以上に、リアナのことを信頼するようになった。
◆◆◆
「……いよいよね」
「そうですね、お嬢様」
学園祭を間近に控えたある日。
アリシアの自室にはリアナが来ていた。
「リアナは、どうなると思う……?」
「…………」
不安そうなアリシアの問いに、リアナはしばらく考えてから答えた。
「……参加申込者全員のチェックもしました。もちろん、終わってみないとわかりませんけど……今のルティスさんが勝てないような相手はいないはずです。必ず……やり遂げてくれると信じています」
「そう……。本当にありがとう、リアナ」
「……いえ、これも仕事ですし……。私もこれまで楽しませてもらいましたから」
そう言いながら、リアナは小さく笑う。
その顔をじっと見つめたまま、アリシアは目を細めた。
「……ひとつだけ、リアナに聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「はい、なんでしょうか。……答えられることなら」
「……リアナ
「…………」
アリシアはまるで自分に問うかのように投げかけると、リアナは困ったような顔をして口を閉じた。
ただ、その顔を見ただけで、答えなど聞かなくともアリシアにはすぐわかる。
「……そうよね。まぁ、ずっと前から知ってたけど」
そう言いながら、アリシアは小さく「ふぅ……」とため息をつく。
いつも多くは語らないが、自分のために常に自制して――尽くしてくれるリアナを見て。
そんな彼女が秘めた想いを、自分のわがままで奪うようなことをしてもいいのだろうかと悩む。
ただ、それを成すために――これまで彼女が入念に準備をし、必死に考えて、彼を鍛え上げてきたことも事実で。
ここでやめることは、その行為を無駄にすることでもある。
アリシアの葛藤に気づいたのか、リアナが口を開く。
「以前も言ったと思いますが、私は何があっても……お嬢様の味方です。お嬢様の『夢』を叶えるために、ここにいるんです」
「……ありがとう。……でも、私はリアナにだって、夢を叶えてもらいたいの。……あるんでしょ? リアナにだって」
アリシアが聞き返すと、リアナは突然はっとした表情を見せる。
そして――。
「……同時に叶えられない夢なら……。私は……夢など持たないほうが……いいんです……」
リアナが自分に言い聞かせるように、震える声で呟いたのを、アリシアは寂しそうな目で見ていた。
◆◆◆
そして、いよいよ学園祭当日がやってきた。
学園祭はその名の通り、魔法アカデミーの敷地内で様々な催し物が行われる。
トーナメント戦もその一環だが、どうしても予選からだと数日間かかるため、並行して催し物を楽しみながら行うというのが例年の慣習だ。
学園祭の初日は、午前中に予選があり、午後にトーナメント戦の1回戦が行われる、というスケジュールになっていた。
「それでは、行ってきます!」
「はい、がんばってきてください。ルティスさん」
いつものように馬車で学園に登校したあと、ルティスはアリシアたちとは別れて行動する。
今回、アリシアはトーナメント戦での特典の対象ということもあって、常に競技をゲスト観戦することになっていた。
もちろん、リアナは護衛としても彼女に同行する。
そのため、ルティスに付き添うことはできないのだ。
なによりも、参加者のひとりを贔屓することなどできないのだから。
参加受付を済ませたあとは、A~Dの4つに分かれたブロックごとの予選を待つ間、校舎をぶらぶらしていた。
「――ルティスくん」
そのとき、後ろから急に声をかけられて、ルティスは振り返る。
「ああ、クララか」
「ルティスくんは予選何ブロック?」
クララに聞かれて、自分の予選ブロックを答えた。
「俺はCだよ。クララは?」
「わたしはD。……ということは、ふたりとも勝ち上がったら準決勝で当たるね」
「俺が勝ち上がれたら、だけどな」
各ブロックの予選で上位8名がトーナメントに参加でき、その8名で勝ち上がったそれぞれ1名が、準決勝と決勝で戦うことになる。
だから、まずは自分のブロックで1位になる必要がある。
「当たるのが楽しみ。……わたしはルティスくんが勝ち上がってくるって思ってるよ。なんかね、最近の実戦練習見てても、なんとなく余裕があるように見えるから」
そう言うクララは、ルティスの目を真っ直ぐに見た。
(結構、ちゃんと見てるんだな……)
最近の実践練習では、余裕を持って魔獣に対応できるようになってきている。しかし、あえて周りに悟られないように程よく手を抜いていた。
それはリアナの指示もあって、この大会で手の内を見られないようにするためだ。
ただ、クララがそれに気づいていたということは、他のクラスメートにもバレている可能性も警戒しないといけない。
「そうかな? まぁ、だいぶしごかれたからね。リアナさんに恥をかかせないように、程々に頑張るよ。……そろそろ時間だから行くよ。また後で」
「うん。……絶対勝ち上がってきてよね」
ルティスはクララの視線を躱すように、彼女に手を上げてから、予選会場に向かった。
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