第24話 新たな目標

 リアナが言う「お願い」について、ルティスは慌てて聞き返す。


「えぇ?! ……命令、なんですか⁉︎」


「ちょっと落ち着いてください。……学園祭の一環として、その年の最優秀者を決める大会があるのは知ってますよね?」


 リアナが言っているのは、魔法アカデミーで毎年開催される、若手の魔法士でのトーナメント戦の優勝者に与えられる『クレセント・グローリー賞』のことだとすぐに理解した。


 そのトーナメント戦は、あくまで学園主催ではあるものの、18歳から26歳までのムーンバルトに住む魔法士であれば誰でも参加できる。

 催し物としての側面が強いが、上位入賞者にはそれなりの特典が準備されていた。それは、騎士団員であれば昇進であったり、学生であれば騎士団への入団が優遇されたりなどだ。


「もちろん、知っていますけど……」


 リアナは真剣な顔で、ルティスに告げる。


「ルティスさんには、その大会に参加して――優勝してもらいたいんです」


「――優勝!? いや、無理でしょう!」


 リアナの話に、ルティスは手を振った。

 学園の生徒だけだとしても難しいというのに、騎士団所属の魔法士も参加するのだから。

 自分では、あのクララにだって勝てるかどうか……。


「いえ、私は十分可能性があると思っています。……ルティスさんには言ってませんでしたが、これまでずっと、それに向けた練習ばかりしてたんですよ」


「そ、そうだったんですね……。でもなんで……?」


 学生が優勝することは稀だが、トーナメントで優勝したときに与えられる特典は、クレセント・グローリー賞の盾と、騎士団への特例入団程度だ。

 騎士団へは優勝者でなくとも入団できるし、優勝者という肩書など、入団したあとではそれほどの意味を持たない。


「実は、今年の優勝者には別の特典が与えられる予定です。……いずれ発表されますが、今はここだけの話に留めてください。その特典は――アリシアお嬢様の婚約者の候補になれる、というものです」


「――ええっ!? 婚約者、ですか!?」


「まぁ、あくまで『候補』ですけれどね。どんな人が優勝するか分かりませんから、最終的にはお嬢様が判断されます。ちなみに優勝者が女性だった場合は、その特典はありません。そして、この特典を考えたのも、もちろんお嬢様です」


「なんで、そんな……」


 ルティスが不思議に思ったのは、婚約者を決めるのに、わざわざそんな条件を作ったのか、ということだ。


「……しきたりとして、18歳になるまでに婚約者を決めなければならないのです。今、お嬢様は17歳になったばかりです。あと1年足らずしかありません」


「そんなしきたりがあったんですね……」


 わざわざ聞くことでもないが、そんな決まりごとがあったとは全く知らなかった。


「ええ。……ちなみに、お嬢様の婚約者になれるような人って、普通はどんな人かわかりますよね?」


「それは、もちろん。近くの領主のご子息――例えば先日のフィリップ殿とか。あとは大金持ちの……」


「ですよね? それなりの家柄でなくては、普通は候補者にもなれません。ですが――今回は、それらを全て無視し、優勝すれば候補者になれるんです。本当は、そんな回りくどいことはしたくないのですが……」


 リアナは小さくため息をついて、続けた。


「お嬢様の持つ聖魔法の血筋を継ぐために、優秀な魔法士と結婚する。……建前としては、もっともらしいと思いませんか?」


「確かに……」


 それならば、家柄のことを無視しつつ、周りを納得させられると踏んだのだろうか。


「それが『優勝者』だという理由です。でも本音は違います。単にお嬢様は政略結婚などしたくないだけなのです。……わかりますよね?」


「ええ……。お嬢様の性格からすると……」


 表向きは令嬢らしく振る舞っているが、本来のアリシアはサバサバしていて、自由を好む性格なのだから。


「だから――ルティスさんには優勝してもらって、お嬢様の婚約者になってもらいたいのです。それがお嬢様の希望です。そして……それは私には絶対にできないことですから」


 そこまで説明したあと、リアナは少し目を伏せて、寂しそうな顔を見せた。


 ◆


 視察旅行に持っていったルティスの着替えを手にしたリアナは、『ついでに洗っておきます』と言って部屋を出ていった。

 帰ってうとうとしていたのはそれほど長い時間だったわけではなく、まだ夕食の時間までは少しある。


 やることの無くなったルティスは、またベッドに寝転がって、先程のリアナの話を思い返していた。


(婚約者候補か……。ずっと前から、そんなことを考えていたんだろうな……)


 確かに、あのアリシアが魔力の強い者と結婚すれば、子供にも強い魔法士が産まれるということは想像できる。

 しかし――。


(政略結婚じゃないだけで、好きな人と結婚できないことには変わりないけど……)


 それでも、貴族としての生活から開放される可能性はあるのだろう。

 ただ……自分に優勝者になれというのは、どういうことだろうか。

 もし自分が優勝できたとしたら、アリシアは婚約者に選ぶのだろうか。いや、優勝して欲しいという希望がアリシアからの話だとすれば、選ぶつもりだからこその話なのだろう。


(もしかして……)


 こんな自分に『肩書』を付けるためだけに、そんな大層な環境を準備したのだろうか。

 そう考えてしまう。

 そして、それにリアナも協力している。


(でも、俺は……)


 部屋を出ていくとき、寂しそうな顔を見せたリアナの顔が浮かぶ。

 夢にまで見るほど、彼女はいつも厳しいことを言っているが、本当はなんでもない、ただの優しい少女だということも知っている。


 アリシアの婚約者になるということは――。

 その言葉の意味を深く噛み締めていた。


 ◆


「おはようございます、リアナさん」


「はい、おはようございます。……もうあまり時間もありませんから、今日からは朝の掃除は免除します。代わりに少し練習を入れましょう」


「わかりました。よろしくお願いします!」


 翌朝起きて、自分の仕事に向かいリアナに挨拶すると、彼女はそう提案してきた。

 学園祭まであと2ヶ月ほどしかない。

 そのため、更に練習の密度を上げようということなのだろう。


 ルティスも昨晩、色々と考えて、まずはそのトーナメント戦に全力を尽くすことに決めていた。

 少なくとも、リアナがそれを望んでいるのだから。

 それに、優勝したとしてもアリシアの婚約者になるかどうかは決まってはいない。それであれば、その後のことは優勝してから決めればいい。

 そう思ったのだ。


「……良い返事ですね。期待していますよ」


 リアナはそう言いながら、ほんの少し頬を緩めた。

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