第4章 学園祭

第23話 頼みごと

 ――。


「――全く、何の役にも立たなかったですね。……むしろ、お嬢様を危険に晒すことになりましたし。推薦した私に恥をかかせただけです」


 ルティスは床に座った状態で、正面に仁王立ちするリアナから説教を受けていた。


 怒られているのは、魔族に襲われた際のこと。

 ルティスが魔法を受けたことで、庇おうとしたアリシアごと攻撃されたのだ。

 つまり、アリシアがリアナの後ろにずっと隠れていれば、アリシアは無傷のはず。そして、リアナが魔族の魔法を防ぎつつ、アリシアの聖魔法で勝てたかもしれない。


 そのことを滾々こんこんと説明されながら、ルティスは何も言い返せなかった。


「……申し訳ありません」


「まぁ、結果として無事だったのは良かったと思いますが……。ルティスさんには更に厳しく指導しなければなりませんね」


「うぅ……」


 前回の精霊祭のとき以来、練習の厳しさは増していた。

 それ以上に厳しくなると耐えられない気がした。

 ……そもそも、アリシアの護衛のために屋敷で働いている訳ではなく、最初はただの使用人のはずだったのに、なぜこれほどまでに練習を続けているのか。


「さあ、それでは今から罰を兼ねて、練習をしましょうかねぇ……」


「えっ! 今からですか!?」


 視察旅行から帰たばかりで、まだ片付けすら終わっていないのだ。

 流石にそれは勘弁してほしかった。


「当然です。……まずは、私の魔法を防ぐ練習からです。行きますよ?」


「ちょっ、ちょっと待ってください――!!」


 ルティスは急いで防御魔法を展開しようと、両手を前に突き出した――。


 ◆


 ――むにゅっ。


 ルティスは手に伝わってきた柔らかい感触とともに、目を覚ました。

 リアナとのやりとりが夢だったことに安堵しつつ――。


(……むにゅむにゅ?)


 手を伸ばした自分が触れているものが何か分からなくて、その感触をしっかりと確かめつつ、ゆっくり目を開けた。

 まだ焦点が合わず、ぼやっとしている視界に入ってきたのは――。


「…………」


 真っ赤な顔でぷるぷると震えながら立っていたリアナだった。


「――だああああっ!!」


 一気に目が覚めると、急いで手を離して、彼女から距離を取るようにベッドから飛び退く。

 そして、それまで自分が触れていたもの――それがリアナの胸の膨らみだったことに気づいて、自分の手とリアナの顔を交互に見比べた。

 一瞬遅れて――。


「……ふにゃうぅ……」


 リアナも糸が切れたように、両手で自分の胸を隠し、そのままぺたんと床にへたり込んだ。


 ◆


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」


 しばらく気まずい空気が流れたあと、均衡を破ったのは平謝りするルティスの声だった。

 床に座ったままのリアナの前で、ひたすら土下座しながら謝る。

 意識は夢の中だったとはいえ、触れてしまったことは事実なのだから。


「…………」


 その前で、まだ頬を染めたリアナは視線を泳がせたまま、困ったような顔をして黙っていた。

 怒っているようには見えなかったが、彼女のことだ。

 機嫌を損ねると、このあと氷漬けにされる可能性もあるのだから。


「……リ、リアナさん……?」


 恐る恐る声を掛けると、リアナはルティスに目を合わせた。

 そして、こくりと喉を鳴らしたあと、ゆっくりと口を開く。


「……ね、寝ていたのですから、わざとではないのはわかります。……すみません、勝手に部屋に入って。……ルティスさんは視察でかなり疲れてそうだったので、着替えを一緒に洗っておこうかと思って……」


「そうだったんですね……。申し訳ありません。……夢の中で手を突き出したら、偶然……」


 ルティスはその夢を思い返す。

 夢の中のリアナはあれほど怖かったのに、いま目の前にいる彼女はただの少女のようで、その落差に驚きつつも。


「そうだったんですね……。夢……ですか。ちなみに、どんな夢だったんです?」


「えっ……! そ、それは……ちょっと……」


「…………言えない、と? 私にはしつこく聞いてくるのに……?」


 恨めしそうにルティスを見上げるリアナの目が怖くて、話さないのは無理だと即断した。

 かといって、適当な嘘が即座に思いつくようなはずもないし、もしバレたら死刑だ。


「あ、いえっ! そ、そんなことは!」


「別に夢ですし、怒りませんから。……たぶん」


 その「たぶん」が怖くて、ルティスはゴクリと喉を鳴らす。

 そして、ゆっくりと口を開いて、夢の内容を説明した――。


 全てを聞いたリアナは、うんうんと満足気に頷く。


「……なるほど。まぁ、間違いなく正論ですね。夢の中の私も、なかなか良いこと言うじゃないですか」


「でも怖かったです……」


「そう言っても、夢に見たっていうことは、です。……ルティスさん自身が本心ではそう思ってるってことですよ? 魔族とのこともそうですし……。私のことも」


「そう……かもしれませんけど……」


 話を聞いている間に落ち着いたのか、リアナはふいに立ち上がると、ルティスのベッドサイドにゆっくりと腰掛けた。


「とはいえ、終わったことは仕方ないです。なら、次はもっと練習を積んで、同じ失敗を繰り返さないようにするしかないですから」


「はい……」


「でも、流石に今日は練習しませんよ。……まぁ、明日からは厳しくいきますけど」


 その話に、ルティスは夢の中でも思ったことをリアナに聞いてみる。


「……前から気になっていたんですが、リアナさんがこれほど練習に付き合ってくれるのは、どうしてですか? 俺、元々雑用係だと思っていたのですけど……。あっ! もちろん言えないのであれば構いませんけど……」


 以前、リアナからステッキを貰ったときのことも覚えていた。

 そのおかげでルティスの魔法は大きく上達したのだが、それもただの雑用係であれば不要なものだ。


 リアナはしばらく無言で考えている様子だったが、やがて口を開いた。


「……そろそろいいでしょうかね、教えても。……実は、ルティスさんには、ひとつ大きなお願いがあるんです。もちろん、頼まれてくれますよね? ……まぁ、嫌と言っても拒否権などありませんけど」

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