第22話 晩餐会 後編

「……特に何も起こらなさそうですね」


 晩餐会が中盤に差し掛かっても、アリシアの周りの人がいなくなることはなくて、ずっと笑顔で応対をしている様子を眺めていた。

 リアナは一瞬だけ、ちらっと視線をルティスに向けたあと、諭すように言った。


「今のところは。でも油断してはなりません。……ルティスさんはこれまで色々とやらかしてますからね」


「そ、それは、すみません……」


 彼女の言っている通りで、ただ謝ることしかできなかった。


「……まぁ、部下の失敗の責任を取るのも上司の仕事ですから。同じ失敗をしないように」


「――は、はい! ……ところで、ハンバーグのお代わりは必要でしょうか?」


「……! ええ、是非よろしくお願いします」


 食べ放題だというのを良いことに、リアナは好きなハンバーグばかり食べていた。

 胸焼けしそうに見えて聞いてみたものの、特にそんなことはないらしい。


「――はい、お待たせしました。どうぞ」


「任務ご苦労。屋敷では好きに食べられませんからね」


「……楽しんでいるようで何よりです」


 ルティスが笑うと、リアナは少しだけ眉を顰めた。


「違います。これも仕事の一環です。……私が食べている間も、ちゃんと見ていてくださいよ?」


「はい、わかってますよ」


「ん、よろしい」


 リアナはそう言いながらも、すぐにルティスの手からハンバーグが乗った皿を奪い取った。


 ◆


「こちらが私を助けていただいたリアナさんです」


 食事も一息ついたとき、リアナの前にフィリップが現れた。

 父親のシルバーハイム伯爵も同行していて。


「おお、こんな若くて可愛らしいお嬢さんだというのに、それほど腕が立つとは……! あぁ、初めまして。エドワード・アルベリクト・デュ・シルバーハイムです」


「初めまして、シルバーハイム伯爵。私はアリシア様の護衛を務めさせていただいております、リアナと申します。フィリップ殿もご無事でなによりでした」


 リアナはドレスのスカートが地面に付かないよう、少し手で持ち上げながら、腰を落として挨拶をする。

 その彼女の邪魔をしないよう、ルティスは半歩後ろに下がって礼をした。


「その節は本当に感謝しています。野盗程度の襲撃ならあり得るとは思っていましたが、まさか魔族が現れるとは……」


「私も驚きました。……この付近で、これまで魔族が現れたことはあったのでしょうか? 人に干渉してくることなど、聞いたことがないと思うのですけれど……」


 フィリップの話に対してリアナが尋ねると、シルバーハイム伯爵が答えた。


「私の記憶にある限りでは、一度もありませんね。もし……今後も、そのようなことがあるのであれば、体制を考え直さねばならないと思っています」


「そうですね……。とはいえ、魔獣程度ならともなく、上位の魔族に対抗できるのは一部の限られた者のみですから……」


 リアナはその一部に該当すると自負していたが、普通の魔法士では無理なことも分かっていた。


「ええ。しかし、手をこまねいている訳にもいきませんから。アリシア殿とも話をしましたが、今後シルバーハイムにも、ムーンバルトのような魔法士の訓練所を作ろうと考えています」


「なるほど。……シルバーハイムには、聖魔法の使える血筋はあるのでしょうか?」


 リアナが問うと、伯爵は苦い顔をした。


「……以前はいたのです。しかし、今はもうわからなくなってしまいました。血筋自体は残っているかもしれませんが、先の大戦の混乱で……」


 伯爵が話す『大戦』とは、80年程も前に起こった、この国を割った争いのことだ。

 発端は王家の兄弟による後継者争いに過ぎないのだが、それぞれに仕える貴族が綺麗に分かれていたことから、国を揺るがす大戦へと発展してしまった……と、聞いていた。

 仔細は、この場にいる誰もが生まれていないのだからわからない。


「確かに、大きな訓練所があれば、適正のある者も見つかるかもしれませんね」


 過度な期待はできないが、もしかすると聖魔法以外にも、意外な適正のある者がいるかもしれない。

 リアナは頭の中でそう思いながら、ちらっとルティスの顔を横目に見た。


 伯爵も大きく頷く。


「ええ、我々もそれを期待しています。埋もれている才能は、発掘しないと価値が生まれませんから。……鉱山で眠っている金と同じように」


 ◆◆◆


「はぁ……。疲れたぁ……」


 晩餐会が終わって宿に帰ったアリシアは、周りに他の人がいなくなった途端、開口一番に大きなため息をついた。

 今後の予定を確認するため、アリシアの部屋に集まったのは、ルティスも含めて、いつもの3人しかいない。


「お疲れさまでした。マッサージでもいたしましょう」


「ありがとう、リアナ」


 そう言いながら、アリシアはベッドにうつ伏せで倒れ込んだ。

 そんな姿を見ていると、先程までの優雅な立ち振る舞いとは全く違う。

 以前は、ルティスに対してそういう緩い姿を見せることは無かったが、精霊祭に行った頃からだろうか。彼女はルティスにも気を許してくれているように思えた。


「……ルティスさんはどうでした? こういうのって初めてだったんでしょう?」


「あ、はい。初めてでしたが、ほとんどリアナさんと食事しながら立っていただけなので……」


 ルティスが答えると、アリシアは口を尖らせた。


「いーなー。私、全然食べられなかったから。料理も美味しそうに見えたのになー」


「お嬢様の周りは人が途切れませんでしたね……」


「ほんっと疲れる。でも、いっぱい食べてドレスのお腹膨らませる訳にもいかないし……」


 ぐったりした様子のアリシアの上に乗っかり、リアナがマッサージを始める。


「……ああ、そういうのもあるんですね。女性は大変ですね。……あ、でも――」


「なりません!」


 ルティスが口を滑らせそうになったのを察して、突如リアナが鋭い口調で話を遮る。


「は、はい! ……すみません」


 ビクッとして身体をビシッと直立させたルティスを見て、アリシアが笑う。


「ふふっ、楽しそうね。……どうせリアナが好きなものいっぱい食べてたんでしょ? そんなのいつものことよ」


「…………」


 リアナは表情を変えずに、無言でマッサージを続ける。

 それを良いことに、アリシアは更に言った。


「この子、好きなものには目がないから。涼しい顔して、たぶん頭の中では涎垂らしてる――あっ、痛いっ!」


 無表情のまま――リアナが力を入れたのだろうか、アリシアがビクッと身体を震わせた。


「いたいいたい! ごめん、ごめんってば!」


「……違います。痛いのは疲れている証拠です。しばらく我慢してください」


 アリシアはうつ伏せのまま、足をバタバタさせる。

 ルティスにはそれをどうすることもできず、ただ見ていることしかできなかった。


 ◆◆◆


 シルバーハイム領への視察旅行は、多少予定を変更しつつも、無事滞在日程を終えた。


 具体的には、本来の予定では、街から出て近隣の農村や港町への視察も計画されていた。それを警備の関係で取りやめて、代わりに市中の美術館など、安全と思われる場所への訪問に変更したのだ。


 そういう意味では、アリシアへの負担は、当初予定よりは軽減されたと言える。


 そして――。


 無事、予定通りアリシアの屋敷に戻ってきた。

 その日も一日中、馬車で移動したため、もう周囲は薄暗くなっていた。


「騎士団のみなさん、今回はありがとうございました。お陰で無事に戻ることができました。特別な任務でお疲れだとは思いますが、疲れを癒やしてから、本来のお仕事に戻ってください」


「ははっ!」


 道中の護衛を務めていた、ムーンバルト侯爵の騎士団の面々は、アリシアの挨拶に対して敬礼をしたあと、馬車と共に城へと帰っていった。

 残されたのは3人に加えて、屋敷付きの者のみ。


 アリシアの「さ、屋敷に入りましょう」との声に、彼女に続いて屋敷に入った。

 そのあと、ルティスも自分の荷物を持って私室へと戻る。

 今日は片付けを行ったあとは、特に何も予定はなかった。


 倒れ込むようにベッドに寝転がったあと、大きく息を吐く。


「ふぃー。疲れたぁー」


 この二日間は、ほとんど馬車での移動だけだったということもあり、移動疲れが激しい。

 なにしろ、馬車の中でずっと座っているだけなのだから。

 馬にも水や食料を与えるために、定期的に休憩は取られるとはいえ、それでもかなりの疲れが全身を襲っていた。


(あ、ヤバ……。起きないと……)


 先に片付けをしておかないと、このまま寝てしまいそうで。

 もしそうなると、朝が大変だ――と思いながらも、睡魔に抗えず、目を開けていられなかった。


 ◆◆◆


【第3章 あとがき】

 もちろん、これまでと同様、本編とは関係ありません(ι`・ω・´)ノキリッ


アリシア「ルティスさん、お疲れさまでした」

ルティス「いえいえ、いい経験になりましたよ」


アリシア「私も、魔族なんて初めて見ました。……というか、姿を見せること自体、聞いたことがないのですけど……」

リアナ 「そうですね。もちろん、私も初めてでした」


アリシア「それなのに、あっさりやっつけちゃうって、リアナすごい……」

リアナ 「……きっと、相手が下級だったんです。上位の魔族だったら、たぶんとても歯が立ちません」


ルティス「そうなんですね。……ふだん、魔族ってどこにいるんでしょう?」

リアナ 「さぁ……。そのへんは学園で習うこともありませんし。そもそも、学園の成り立ちは、大戦の反省から、優秀な魔法士を育てて領地を守ることを目的としていますから」


ルティス「なるほど……。俺は、騎士団に入るには学園に入るのが早いって聞いたので、そのあたり詳しくは……」

リアナ 「……歴史は大事ですよ? 上辺だけだと薄っぺらい人間になってしまいます。魔法だけじゃなくて、他にも指導が必要なようですね」


ルティス「え……! これ以上に……!?(やめてほしい)」

リアナ 「当然です。ルティスさんにはお嬢様の護衛としての自覚が足りません(キリッ)」


アリシア「まぁまぁ。そのへんはそのうち覚えればいいわよ」

リアナ 「そうやってお嬢様が甘やかすからいけないのです」


アリシア「ふーん。……どうせリアナはルティスさんと……」

リアナ 「……お嬢様、なにか?(顔真っ赤)」


アリシア「まぁいいわよ。……そろそろお開きにしましょう」

ルティス「はい。ありがとうございました」


アリシア「それじゃ、次回予告。第4章は、ようやくこの学園編のクライマックスです。ルティスさんの修行の成果が見られるのかどうか、ぜひお楽しみに~」

リアナ 「よろしくお願いしますっ! ……ついでに★レビューも(ぺこり)」

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