第21話 晩餐会 前編
「私どもの不手際、大変申し訳ありませんでした」
その日の夕方、きっちりとした正装を身に纏ったフィリップが宿に来て、開口一番アリシアに頭を下げた。
「いえ、フィリップ殿に責任があるわけではありませんわ。皆が無事戻ってこられただけでも良かったと思います」
「そう言っていただけると助かります」
「それに……狙われていたのは私のようですし……」
アリシアは聖魔法を使える自分を狙ってきていた魔族の顔を思い浮かべた。
彼女にとっても、話にはいくらでも聞いたことはあったが、魔族を直接見たのは初めてのことだ。
聖魔法を使えるといっても、実際には何もできなかった自分を悔やむ。
「それほど聖魔法士は、魔族にとって脅威ということでしょう。それにしても――」
フィリップは同席しているリアナに目を向けた。
「リアナ殿の強さには驚きました。魔法士ではない私には何が起こったのかもわかりませんでしたが、その後の治癒魔法も含めて、ただならぬ力を感じました」
「私などまだまだです。フィリップ殿もご無事でなによりでした」
謙遜するリアナに、フィリップはそっと彼女の手を取って
「いえ……。この恩は忘れません。私にできることなら、どんなお礼でも致しましょう」
「そのお気持ちだけで十分です。これが私の仕事ですから」
「今でなくても構いませんよ。……もし困ったことがあったとき、必ず助けになりましょう」
フィリップはそう言うと立ち上がり、改めてアリシアに向かう。
「本来は今晩の晩餐会にご招待させていただく予定でしたが、いかが致しましょう? お疲れだとは思いますが、もし顔だけでも出していただけると、父上も喜びます」
アリシアは、リアナとルティスに向けて小さく頷くと、ふたりも頷き返す。
若干の疲れはあるが、アンブロジオ鉱山から帰って時間があったこともあり、かなり回復はしていたからだ。
「それは予定通り参加いたしましょう。折角、ここシルバーハイムに来たのですから」
それを聞いて、フィリップは顔を明るくさせた。
「ありがとうございます! それでは、時間になりましたら改めて馬車でお迎えに参ります。それまでおくつろぎください」
「はい。お言葉に甘えさせていただきますわ」
「ではまた後ほど」
アリシアが頷くと、フィリップは深く礼をしてから帰っていった。
それを見送ったあと、アリシアは小さく息を吐く。
「ふぅ……。私、堅苦しいの好きじゃないのよねー。ま、仕方ないケド……」
以前は、そういう場で優雅な応対をしているアリシアの表の面しか、ルティスは見ていなかった。
ただ、屋敷で働くようになってから、本当は普通の女の子と何も変わらないのだということを知った。
それは、自分にも周りにも常に厳しいリアナにも言えることではあるが……。
「お気持ちはわかります。ただ、それも……」
「仕事だもんね。仕方ない仕方ない……」
アリシアは自分に言い聞かせるように呟くと、「また後で」と言って自室に戻っていった。
残されたルティスは、リアナに向かって話しかけた。
「……さきほどは申し訳有りませんでした。言いたくなかったことを聞いたりしてしまって……」
そして深く頭を下げると、リアナは困ったような顔を見せた。
「……本当の本当に、それだけは絶対お嬢様にも漏らさないでくださいね。私達だけの秘密ですよ。それに――」
リアナは続きを言いかけて、そこでふいに口を閉じた。
ルティスも先程のことがあったあとだけに、それ以上何も聞かずに話を変えた。
「……晩餐会ですけど、俺たちはどうすれば良いんですか?」
「お嬢様は挨拶回りがあります。なので、私と一緒に隅の方で料理でも食べながら、お嬢様から目を離さないようにしていれば良いです。何かあれば、指示しますから」
「なるほど……。『何か』とは、どんなことが考えられますか?」
ルティスが突っ込んで聞くと、リアナはしばらく考えてから答えた。
「……今まで『何か』があったことなどありませんから。……まぁ、今なら別の魔族が襲ってきたり、とかでしょうか?」
「それは、もうご遠慮したいですね……」
「……私も、それにはほんとーに同感です。……もしそうなら、今度は隠し通すことはできないでしょうから」
嫌そうな顔をするルティスに、リアナも苦い顔をしながら深く頷いた。
◆
迎えにきたフィリップに同行して、晩餐会の会場であるシルバーハイム伯爵の城に着いた。
レセプションに着くと、待っていたのだろうか。
フィリップと同じ銀髪のシルバーハイム伯爵が、両手を広げて出迎えをしてくれた。
「これはこれはアリシア嬢。よくお越しになられました。ささ、こちらへ……」
「ご無沙汰しておりますわ。シルバーハイム伯爵」
白いイブニングドレスに身を包んだアリシアは、伯爵に連れられて、会場に向かって優雅に歩く。
それに続いてフィリップ。
目立たぬよう少し離れて、グレーのドレス姿のリアナと、着慣れぬテールコートを身に着けたルティスがふたり並んで続く。
護衛とはいえ、晩餐会の会場に入る以上、正装を身につける必要がある。
ルティスはちらっと隣のリアナに視線を向けた。
背中が大きく開いていて、しかもぴったりと肌に密着したドレスを身に着けていることもあって、身体のラインが良く分かる。
その視線に気付いたリアナがぴくっと眉を動かした。
「……お嬢様と比べないでください。自分でも気にしているんです」
拗ねたように呟いたリアナの視線の先には、アリシアの背中がある。
確かに、リアナより背が高く、すらっとしているアリシアは、ドレスが良く似合っている。
一方、背が低いリアナは、確かにドレス姿は見劣りするように思えた。
「お嬢様は綺麗ですけど……リアナさんも良く似合っていますよ」
「…………」
ルティスの言葉に、リアナはしばらく何か考えてから、ゆっくりと口を開いた。
「……お世辞としても、ありがたく受け取っておきます。……ルティスさんは得意の役者ぶりを見せてください」
「わかりました。がんばります」
「はい、よろしくお願いします」
胸を張ったルティスに、リアナは彼の顔を下から見上げた。
◆
晩餐会が始まり、アリシアが参加者面々の前に立って挨拶を行っていた。
「アリシア・デ・サン・ムーンバルトでございます。本日はシルバーハイム伯爵からご招待いただき、父の代わりに参りました。ここシルバーハイムとムーンバルトは隣同士ということもありますし、これまでも、これからも友好を深めていきたいと、父も私も思っております」
そこでいったん間を取って、シルバーハイム伯爵の方に視線を向け、頷き合う。
「……長くなってもいけませんので、雑談はテーブルで行うことにしましょう。それでは……乾杯!」
「乾杯!」
アリシアの音頭に、面々がグラスを掲げる。
もちろん、アリシアを含めてリアナ、ルティスに至るまで、お酒は飲めないこともあって、ワインに似せたジュースなのだが。
今回は立食パーティーということもあり、乾杯のあとは皆思い思いの場所にて歓談を楽しんでいるようだ。
見ていると、すぐにアリシアの回りには人だかりができていて、人気のほどが窺える。
「……すごいですね」
「そうですね。……でも、お嬢様から目を離さないように」
「はい。承知しました」
会場に入る際、参加者は厳重な持ち物検査を受けている。
しかし、自分たちを含めて、魔法士であれば武器などなくても人を襲うことはできるし、テーブルナイフですら凶器になり得るのだ。
「リアナさん。食べるもの持ってきましょうか?」
じっとアリシアを見ているリアナに、ルティスが尋ねる。
ふたりともが目を離す訳にはいかないからだ。
リアナは、しばらくしてぽつりと言った。
「……ハンバーグが食べたいです」
まだ始まったばかりなのに、好きなものを欲しがるリアナに、ルティスは少し笑いが込み上げてきたが、それを抑えながら言った。
「はい。少し待っていてください。……たくさん確保してきますから」
「……その任務、任せました。完遂した暁には、
真剣な顔をしながらも、少し頬をほころばせたリアナに送り出されて、ルティスは食べ物が並べられているテーブルに急いだ。
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