第20話 リアナの秘密

「……ルティスさん、そろそろ起きられますか?」


 聞き慣れた声を耳にして、ルティスは意識を取り戻す。

 しかし、いつもほど厳しい声ではなく、優しく掛けられた声に、ゆっくりと目を開けた。


「……ここは……?」


「馬車の中です」


 回りをゆっくりと見回すと、確かに鉱山に来るときに乗っていた馬車だ。

 その後席に乗せられているのがわかった。

 そして――。


「良かった。大丈夫そうで……」


 すぐ隣には、アリシアの姿もあった。

 先に目を覚ましていたのだろうか、こちらを見ている彼女と目が合った。


「ええと……。確か……」


 記憶が曖昧だったが、確か魔族との戦いになって――。

 そこで、はっと鮮明に記憶が蘇ってきた。


「――そうだ! あの魔族は!?」


「もういません。……滅んでいただきました」


 こともなげに言うリアナに、ルティスが目を見開く。


「ど、どうやって……。あの氷魔法も効かなかったのに……」


 リアナが得意とする氷魔法でも全く効果がなかったのを覚えていた。

 となれば、どういう手段で倒したのか、理解できなかった。

 ただ、一瞬視界が真っ白に光ったことだけ覚えていた。


 しかし――。


「……それは秘密です」


 リアナはそう言って、小さく息を吐いてから、アリシアに声を掛けた。


「お嬢様。フィリップ殿の怪我を治癒したあと、先に馬車で帰っていただきました。あと、この状況ですので、夜の晩餐会はキャンセルも考えましょう。……まずは宿に帰りましょうか」


「そうね。……本当にありがとう、リアナ」


「ご心配なく。それが私の仕事ですから……」


 自嘲気味にリアナが呟くのを、アリシアは複雑そうな顔で見つめていた。


 ◆


 シルバーハイムの宿に帰ったあと、疲れを癒やすために、一度はそれぞれ自室に入った。

 しかし、ルティスはどうしても聞きたいことがあった。

 

(あのときの光……)


 それはリアナが使った魔法。

 馬車の中では聞くことがはばかられたが、できればふたりで会って聞きたかった。


 部屋を出て、隣のリアナの部屋の扉をノックする。


「……はい。開いていますよ。どうぞ」


 中からの返答を待って、ルティスは扉を開いた。

 部屋の中にはリアナがひとり。

 据え付けられた椅子に座ってこちらを見ていた。

 帰ったあと、服を着替えたのか、地味な部屋着になっていた。


「失礼します。リアナさんに聞きたいことがあって」


 部屋に入ると扉をゆっくりと閉める。

 そして、彼女に無言で促され、リアナの正面に座った。


「……なんでしょうか。私が答えられる範囲であれば」


「でもその前に。……何の役にも立てなくてすみませんでした。俺のせいで、むしろお嬢様に危険を……」


 ルティスはそのことを素直に恥じて、リアナに頭を下げた。

 前も同じだ。

 精霊祭に行ったときも、自分がやられてアリシアが危険な目に遭っている。

 その反省もあって、それまで以上に魔法の練習を積んできたと思っていたのだが……。


「いえ、今回は相手が悪かったのです。ルティスさんは、以前よりはずっとにはなってます」


 慰められているようには全く感じないが、そもそも自分の力の無さが招いたことであり、何の反論もできない。罵倒されないだけマシだ。


「そうでしょうか。……もっと精進します」


「ええ。これからも厳しくしますから、覚悟しておいてください」


「わかりました。……それで――」


 ルティスは本当に聞きたかったことをここで切り出す。


「どうやってあの魔族を倒したのか、教えて欲しいのです。……また将来、同じように戦うことがあるかもしれませんから」


 しかし、リアナは表情を変えずに返した。


「……それは秘密だと言ったと思うのですけど」


「でも、どうしても聞きたくて。……実は俺、気を失う前に、一瞬光ったのが見えたんです。まるで――」


 ルティスはそのときの情景を思い返しながら続けた。


「――お嬢様が使う、聖魔法に見えました……」


 リアナはひとつ小さくため息をつく。


「……気の所為じゃないですか? 頭でも打ったとか」


「う……。それは否定しませんけど……」


 確かに魔族の魔法を受けて、頭に火花が飛ぶような衝撃を受けた。

 ただ――。


「そうは言っても、見間違えたりしませんよ。それに、あの魔族は聖魔法を使えるお嬢様を真っ先に狙ってました。……弱点だったからじゃないですか?」


「魔族が聖魔法を苦手だとするのはその通りです。でも、他の魔法が全く効かないわけじゃないです」


「でも、リアナさんの氷魔法は効きませんでしたよね……? それより効果的な魔法ってあるんですか? それに、それなら別に隠すことじゃないですよね」


「…………」


 食い下がるように言うルティスに、リアナは初めて表情を変えて、言葉を詰まらせた。

 困ったように無言を貫くリアナを見て、ルティスは想像していたことを話した。


「……もしかして、実はリアナさんも……聖魔法が使えるんじゃないですか?」


「…………! ……そ、そ、そんなコト……あ、あるハズないですヨ……?」


 リアナは大きく首を左右に振りながら、小さな声で否定する。少し体が震えているようにも見える。

 ルティスはその口ぶりに確信を深めた。


「……それ、説得力ゼロです」


「きゅうぅ……」


 泣きそうな声で肩を落とすリアナを見て、はっと目が覚める。

 つい調子に乗って深くまで追求しすぎたことに気づいて、慌てて弁明した。


「あっ、すみません! そんなつもりじゃ……!」


「…………ひどいです……。ルティスさんがいじめる……」


 リアナは恨めしそうに口を尖らせて呟いたあと、やがて大きなため息をついた。


「はあぁ……。そこまで見てたのなら、仕方ないですね。…………ええ、そうですよ。私は聖魔法が使えます。これは……お嬢様も知らないはずです。……漏らしたら、当然分かってますよね?」


 隠し通すことを諦めたリアナは、吹っ切れたように白状する。

 それでもルティスに口止めすることは忘れなかった。


「は、はい……。でもなんで……」


「……ごめんなさい。たとえルティスさんでも、それだけは教えられません」


 リアナはそれだけ答えて、それ以上何も言わなかった。


 ◆


 ルティスは部屋に戻ったあと、ベッドに寝転がって考える。

 リアナが答えられない、と言ったことに対して。


(特殊な魔法系統は……誰にでも使える訳じゃなくて、限られた血筋しか使えない。聖魔法もそうだ。俺が知ってるのは、ムーンバルト家の者くらい……)


 となると、リアナが聖魔法を使えるということは、同じ血を引いていることなのだろうか。

 しかし、アリシアとリアナは同じ歳だし、容姿も性格も大きく違う。

 双子というようなはずもないし、もしそれならアリシアが知らないはずがない。


 リアナの両親は長くムーンバルト家に仕えている魔法士と聞いていた。

 そのどちらかが、実はムーンバルト家の出自なのだろうか。そうとしか考えられなかった。


(……ただ、それなら別に隠す必要はないよな)


 もちろん、アリシアに気を遣わせないため、親戚であることを隠している可能性もある。

 だが、あれほど付き合いの長いふたりだ。

 その程度のことであれば、関係が壊れるようなことはないだろう。


 そう考えると――もっと深い理由があるように思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る