第19話 魔族との戦い

「レオポルド……お前、ずっと前から……?」


 フィリップが震える声で聞くと、ゴミを見るような目でレオポルドが顔を向けた。


「……グダグダとくだらんことを話す必要も無いが、少しくらい良いだろう。……本物のコイツは少し前に喰ったよ。……不味かったがな」


「…………!」


 絶句するフィリップを横目に、レオポルド――の姿をした魔族――は、顔を歪めて笑った。

 そして、みるみるうちにその姿は、まだ若い少年のような容貌に変わっていく。

 髪と目が共に青く、肌も青く見えるほど生気のない蒼白へと。


「くっくく。姿などいくらでも変えられるからな。これが本当の自分……というわけでもないが。……そろそろ喰わせてくれよ」


 一歩前に踏み出した魔族に対して、リアナが聞く。


「……あなたの名前は?」


「グリモラスだ。まぁ、言ったところで意味のないことだ。どうせお前らは全員死ぬのだから」


「……死にません。私があなたを滅ぼしますから」


 自信を持ってリアナが答えたが、グリモラスはそれを鼻で笑った。


「くははっ! よほど自信があるようだが……それは無理だな」


 グリモラスが視線を後方にいたフィリップへと向けると、突如「キン!」という音とともに、彼の片腕が凍りつく。


「――ぐ、あああぁ!」


 フィリップは、凍った腕を自分の見下ろして悲鳴を上げて蹲る。


「……生きたまま喰うほうが美味いんだ。ゴミはしばらくその辺で叫んでろ。……残りはそこそこ魔力がありそうだ。食事前の軽い運動だな」


 グリモラスは、次にリアナの背後に立つアリシアへと視線を向ける。


 ――バチッ!


 フィリップに向けたのと同じ魔法のつもりだったのだろうか。

 しかし何か壁に当たったように激しい音だけが響いた。


「……チッ。意外と硬いな」


「そう簡単にはやられませんよ」


「ほざいてろ……!」


 リアナが張った防御魔法に弾かれたことに、グリモラスは顔を顰める。


「……氷よっ!」


 逆にリアナが魔法を放つ。

 彼女が最も得意とする氷の魔法だ。


 ――ガキィン!!


 硬い音と共に、大きな音を立てて、グリモラスが立っていた一帯を氷漬けにしてみせた。


(す、すっげぇ威力……!)


 その威力はルティスが今まで見たなかで最も強く、氷塊の大きさは小さな建物ほどもあるだろうか。

 氷の中に閉じ込められたグリモラスは、身動きひとつできない。


 しかし、リアナは表情を崩さず、じっとその中心を見つめていた。


「この程度で倒せる訳ないですか。……お嬢様、このまま氷ごと聖魔法で――」


 リアナに促され、アリシアが頷いた瞬間――。


 ――ジュバッ!


 眼前に出来上がっていた巨大な氷塊が一瞬にして消え失せる。

 残るのは、それまで氷があったという証――地面から立ち昇る蒸気と、その中心に佇むグリモラスだけだった。


「くく……。人間にしては強力な魔法だな。まぁ、しょせん雨に打たれた程度だがな。……ほら」


 言いながら、グリモラスは片手をルティス向けた。


「――守りの盾よッ!」


 同時にルティスが防御魔法を発動させる。


 ――バァン!!


「ぐっ!!」


 防御壁に魔法がぶつかった音が激しく響く。

 しかし、グリモラスの魔法の威力がまさったのか、ルティスは殴られたような衝撃を身体に感じて、尻もちをついた。

 頭がくらくらして、視界が定まらない。

 なにかの衝撃波を受けたように感じたが、今まで経験のないものだった。


「――ルティスさん!」


 アリシアが慌てて彼に駆け寄ろうとして――リアナの後ろから体が出た。

 それを狙っていたのか、グリモラスはすぐさまもう一度魔法を放とうと手を向けた。


「――お嬢様っ!」


 ルティスはそれを察して、まだふらつく体を必死に動かして、アリシアを突き飛ばすように手を伸ばす。


 ――バシンッ!!


「ぐ……あっ!!」

「きゃあぁっ!!」


 同時に衝撃が体に走る。

 先程と同じ魔法だろうか。

 しかし防御壁がないことで、そのまま衝撃を全身に受け、身体がバラバラになるような痛みが走る。

 眼前のアリシアも同じに見え――ルティスはそのまま意識を失って倒れた。


 ◆


「――お嬢様! ルティスさんッ!」


 リアナはグリモラスから視線を外さぬように集中しながらも、重なるようにして倒れたふたりに声を掛ける。

 しかし返答はない。


 その様子を見ていたグリモラスは、ゆっくりと口元を歪めた。


「くく。あっという間にお前ひとりだ。……腕は立つようだが、聖魔法が使えない以上、俺に勝てる可能性はゼロだ」


「…………」


 リアナは表情を変えぬまま、しかし無言で小さく「ふぅ……」とため息をついた。

 

「……? 諦めたか……」


 力を抜いたように見えたその様子に、グリモラスは不思議そうな顔を見せた。


「いえ……。お礼を言わせていただきます。皆をすぐ殺さなかったことに。……これで心置きなく力を使えますので」


「ふん、だと? どうせ無駄だが……」


 そして、グリモラスはリアナに向かって魔法を放つ。

 それは彼女の張る壁に弾かれて、リアナには届かない。


「……他の雑魚とは違って本当に硬いな。……とはいえ、いずれ尽きる」


 そう言いながら、何度も何度も同じ魔法を放っては、壁に弾かれる攻防を繰り返した。

 防御壁を張っている間は、リアナから攻撃ができないからだ。


 それであれば、自身の膨大な魔力を持ってすれば、いずれ魔力の尽きた彼女を貫くだろう。

 どうすることもできない彼女が、だんだんと焦る様子を眺めるのも悪くない。


 ――そう思っていた。


 しかし、リアナは防御壁を張ったまま、目を閉じて集中する。


「聖なる光、我が手に祝福を――」


 それは彼女が使えないはずの聖魔法の詠唱。

 しかも同時にグリモラスの魔法を受けながしながら。


 今までの魔力の流れと変わったことを感じ取って、グリモラスは驚きの表情を見せた。


「――お前、まさか……」


 それを言い終える前に、リアナの魔法が発動する。


「――闇を打ち破り、光を満たせッ!」


 ――その瞬間、まばゆい光が周囲を包み込んだ。


 ◆


 グリモラスの攻撃を受けて吹き飛ばされたルティスは、ぼうっとした意識の中で師匠とも言えるリアナの背中を見ていた。


 声は聞こえないが、魔族の攻撃をずっと受け身で耐えているように見えた。

 早く加勢しなければと思いながらも、身体が動かなくて。


(なん……だ……!?)


 そのとき、視界が真っ白に光った。

 それはまるで以前にアリシアが見せた聖魔法のようで。


 しかし、力が入らなくて、ルティスはそのまま意識を失った。

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