第18話 アンブロジオ鉱山

「それでは、これからアンブロジオ鉱山に向かいます。こちら、同行していただくシルバーハイム伯爵のご子息、フィリップ殿です」


 翌朝、宿の前に整列したムーンバルトからの騎士団の前で、アリシアが説明する。

 アリシアの隣には、短い銀髪の青年――歳は20代半ばだろうか――が立っていた。

 説明されたフィリップはアリシアと軽く握手してから、ムーンバルトからの騎士団に向かって口を開いた。


「フィリップ・デュ・シルバーハイムです。本日はアリシア殿に同行する任を父より受けております。よろしく」


 騎士団の面々はフィリップに向けて敬礼を返す。


「鉱山までの先導はシルバーハイムの騎馬隊がしてくれます。失礼のないように。……こちらの方が騎馬隊のレオポルド隊長です」


「騎馬隊のレオポルドです。今日はこのような機会をいただき光栄です。よろしくお願いします」


 続いて騎馬隊の隊長を紹介し、同様に敬礼をし合ってから、各自持ち場につく。

 これまでの道のりでは、アリシアの横にリアナが座っていたが、ここからはその場所にはフィリップが座る。

 つまり、必然的に前席にはルティスとリアナが並ぶことになる。


「どうぞよろしく。……アリシア殿とは久方ぶりにお目にかかりましたが、変わらずお美しい」


「ありがとうございます。フィリップ殿も随分とご立派になられましたわね。……出発しましょうか。出してください」


「はい。承知しました」


 馬車に乗り込んですぐ、後席からふたりの社交辞令が聞こえてくる。

 もちろん、この場では使用人が無駄口を叩くようなことは許されず、前席のふたりはずっと黙っていた。


 アンブロジオ鉱山へは、馬車で2時間ほどの道のりだ。

 その間、後席ではアリシアとフィリップが、昨今の情勢について情報交換をしているのを、前席から聞くだけだった。

 とはいえ、騒音のある馬車ということと、そういった知識をあまり持っていないルティスにとっては、ほとんど耳に入ってこない内容ではあったのだが。


(リアナさんは、そういうのも詳しいのかな……?)


 屋敷での家事全般に加えて、学園でも成績が優秀なリアナのことだ。

 もしかすると、そういった政治知識にも明るいのかもしれないと思いながらも、馬車の中で会話することはできなくて聞けなかった。


 そして、すぐそばで肩を寄せ合ってそんなことを考えているうちに、馬車は鉱山に着いたようで、徐々にスピードを緩めていた。


「アリシア殿、お疲れでしょう。まずは鉱山の詰め所にて、概要をご説明いたします」


「ありがとうございます、フィリップ殿」


 馬車を降りたアリシアをエスコートするように、フィリップが鉱山の入り口にある大きな建物を指し示した。

 そのふたりを騎馬隊長のレオポルドが先導し、アリシア達を前後に挟むように、後ろにリアナとルティスが続く。

 アリシアに同行していた護衛の騎士団の面々は、ここでは馬車で待機することになっていた。


 詰め所の近くまで歩いてきたとき――。


「……レオポルド、どうした?」


 ふいに足を止めたレオポルドに、フィリップが不審な目を向けた。

 ゆっくりと後ろを振り返ったレオポルドは、その顔にうっすらと凍りついたような笑みを浮かべていた。


(なんだ……?)


 その様子を見ていたルティスは、彼の不気味な顔に背筋がぞくっとする感覚を覚えた。

 それと同時に――リアナがアリシアの手を強く引いて、強引にルティスの後ろに下がらせる。


「……レオポルド? 急にどうした? 何が――」


「フィリップ殿、離れてくださいっ!」

 

 何が起こっているのかわからずに戸惑うフィリップに、リアナが鋭い声を上げた。


「くっくく……」


 理解ができずに立ち尽くすフィリップを見ていたレオポルドだったが、突然肩を震わせて笑い始めた。

 その異常さに、フィリップも怯えた顔で後ずさる。


「あなた……何者です?」


 アリシアを庇うように一歩前に出たリアナは、真剣な顔でレオポルドを睨む。

 ルティスも同じようにリアナの斜め後ろに陣取って、懐に忍ばせていたステッキを手に取った。


 リアナの言葉を無視して、しばらく笑っていたレオポルドだったが、やがて笑いを止め、ゆっくりと周囲を一瞥した。


「……何者だと思う? 当ててみたまえ」


「…………」


 レオポルドはそう問いかけると、リアナは無言でじっと彼を見つめていた。

 そして――。


「……あまり予想が当たって欲しくはないのですが……魔族かと」


「――!」


 リアナが呟いた言葉に、全員が驚いたような表情を見せた。


「何を……言って――」


 フィリップがそう言いながらも、大きく首を振り後ずさる。


 レオポルドはリアナひとりを見たまま、口を大きく歪めた。


「……くく。少しはマシな奴がいるようだ。つまらぬ狩りの命令だと思っていたがな」


「こんなところに、何の目的で?」


 そう聞きながらも、リアナはステッキを取り出して構える。


(リアナさんがステッキを……!)


 普段、リアナはステッキを持たない。

 ルティスと稽古をしているときも、いつも手に何も持っていないが、それでも彼を圧倒する力がある。


 そのことについて以前尋ねたことがあった。

 そのときは「ステッキがない方が、しっかり集中する練習になるんです」と話していたこともあり、それ以降は、ルティスも練習の時はあまり持たないようにしていたくらいだ。


 そんなリアナがステッキを持つのを初めて見たルティスは、ただ立っているだけの目の前の男――リアナが魔族だと言う――が、容易な相手ではないことを示していた。


「ふ。聖魔法が使えるという人間を早めに摘んでおくだけよ。……それに女は若い方が美味いしな」


 レオポルドはそう言って、リアナの後ろ――アリシアの方に視線を向けた。

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