第17話 嗅覚
「……そろそろ起きなさい。ルティスさん」
「は、はいッ!」
翌朝、間近に掛けられた声を聞いて、条件反射でガバっと身体を起こした。
慌てて声のしたほうを見ると、彼女は寝ていたベッドサイドに腰掛けて、柔らかい微笑みを浮かべていた。
しかし、すぐに表情を消し、いつもの顔に戻った。
「……朝ごはんの時間が近いです。5分で準備しなさい」
「はい。すぐ準備します」
ルティスはそう答えて、急いで着替えを探す。
以前であれば、彼女に命令されると脅迫されているような気持ちになったが、今は不思議とそんな気持ちは湧いてこなかった。
むしろ、自然と……リアナに協力しようという気持ちが強くて。
「うん、素直でよろしい」
そういう雰囲気がルティスからも漏れていたのか、リアナはほんの少し、口元を緩めてそう頷いた。
◆
準備をしてから、先に食堂に行って待っていると、少し遅れて現れたアリシアに挨拶をする。
「おはようございます。お嬢様」
「おはよう、リアナ。それにルティスさんも」
挨拶しながらテーブルに着いたアリシアが、ふとなにかに気付いたような顔を見せた。
「……んん? なんか雰囲気が違う」
「そ、そんなことはありません。いつもと同じです」
「あ、やっぱりね。……なるほどなるほど」
リアナの返答に合点がいったのか、にやっと笑いながら頷いた。
その微妙な雰囲気の違いだけで分かってしまうアリシアの観察眼に驚きつつも、ルティスも弁明する。
「いえ、本当に何もありませんでしたから。すぐに部屋で寝ただけです」
「ふーん……。とりあえず、そういうことにしておきましょうか」
リアナはなにか言いたげな顔をしていたが、これ以上口を開くと更にボロが出ると思ったのか、何も言わずに黙っていた。
そのうち、朝食が運ばれてきて――。
「それじゃ、いただきます」
「「いただきます」」
アリシアに続いて、ふたりも小さく礼をしてから朝食に手を付けた。
◆
朝食後すぐにラフォレストの街を出発して、また馬車に揺られること半日。
日が傾き始めた頃、ようやく目的地であるシルバーハイムの街に着いた。
「今日もみなさんお疲れさまでした。今晩はこのあとゆっくりしていただいて、明日の日中はアンブロジオ鉱山の視察。夜は晩餐会への出席を予定しています。よろしくお願いします」
「――ははっ!」
シルバーハイム伯爵が事前に準備してくれていた宿の前で馬車を降りると、アリシアが護衛の騎士団の面々に挨拶をした。
その女神のような笑顔を見ると、誰もが疲れを癒やされる。
この宿は伯爵が借り切って警護を行うことになっているため、連れてきた騎士団はフリーとなる。
しかし、ルティスとリアナは万一のことに対処するため、常時アリシアに付き添う予定だ。
「それでは、行きましょうか」
「はい、お嬢様」
いつもの無表情な顔でリアナが続いた。
さらにその後ろをルティスが付いていく。
「……今日はさすがに別室よね?」
「もちろんです。お嬢様」
途中、アリシアが聞くとリアナは即答する。
「……ふーん」
それを聞いて、アリシアは意味深な笑みを浮かべた。
◆
――コン、コン、コン。
「はい。開いていますよ」
ルティスが夕食までの時間、部屋でゆっくりとしていると、突然扉がノックされた。
てっきりリアナだと思って返事を返したのだが――。
開けられた扉の隙間から顔を見せたのは、アリシアだった。
「――え? お、お嬢様!」
「あら、私が来るのはそんなに意外かしら? ……よほどリアナと仲良くなったのね」
「そ、そんなことは……ありませんけど……?」
上擦った声でルティスが答えると、アリシアは小悪魔のように「ふーん……」と呟いた。
(って、お嬢様は鋭すぎだろって……!)
前から思っていたが、アリシアは何で気づくのかわからないが、隠し事を嗅ぎつける嗅覚でもあるように思えた。
そのとき。
コンコンコン……。
控えめなノック音と共に、「ルティスさん、入りますよ」と声が響く。
ルティスは「あっ!」と思ったが、その前に扉が開いて、リアナが隙間から顔を出した。
そして――。
「――え? な、な、なぜお嬢様が……!」
唖然とした顔でリアナは目を点にした。
「あら、私がいちゃダメかしら?」
「そっ、そんなことは……な、な、ないですけど……」
消え入りそうな声でそう答えたリアナは、アリシアに無言で手招きされると、しぶしぶ部屋の中に入り、パタンと扉を閉めた。
「なんだかリアナの様子がおかしいから、ちょっとね」
「……うぅ」
悪戯な顔をするアリシアに、リアナは表情を崩し、困ったように顔を伏せた。
「私にまで隠さなくてもいいのよ。……もう、ルティスさんにもバレてるんでしょ?」
「……は……はい。申し訳……ありません……」
深々と頭を下げるリアナに、アリシアは「ふぅ……」と小さくため息をついた。
「ま、良いわ。仲がいいことは悪いことじゃないもの。ただ、お仕事はちゃんとね」
「も、もちろんです! お嬢様」
「ならいいわ。……ふふっ。ルティスさん?」
アリシアは自然な笑みを浮かべてルティスに顔を向けた。
「はい」
「前に言いましたけど……。リアナはこういう子なの。……あなたが支えてあげてくれない?」
「も、もちろんですよ。お約束します!」
ルティスの返事に、アリシアはうんうんと頷く。
「それじゃ、夕食にしましょうか。今日はハンバーグを頼んであるの。……リアナの好物だったわよね?」
「…………」
リアナをちらっと見ると、複雑そうな顔をしながら、指をもじもじとさせていた。
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