第16話 偽りの姿
「あーあ、ふたりが羨ましいわ。私もひとりじゃない方がいいのに……。つまんない……」
夕食のとき、同じテーブルに着いたアリシアが、リアナに向かって愚痴を言っていた。
そのテーブルにルティスも同席していて、苦笑いを浮かべるしか無かった。
ちなみに、周りのテーブルには騎士団の兵士たちが不審な者がいないか、目を光らせながら食事を取っている。
「そういうわけにもいきませんから。我慢していただかないと……」
「ぶーぶー。リアナだけ
「そ、そんなことはありません。仕方なく、です……」
顔色は変えないまでも、一瞬言葉を詰まらせたリアナが、ちらっとルティスの方に視線だけを向けた。
なんとなく助け舟を期待しているように思えて、ルティスが口を挟む。
「そうは言いましても、やはりお嬢様とはまずいですから……」
「その通りです。それに同室だからといって、なにかあるわけではありません。……ええ、断じて」
「ふーん、そうかしら……?」
含みのある顔でそう呟いたアリシアは、スープにスプーンを突き刺して、ぐるぐるとかき混ぜていた。
◆
「そ、それでは先にお湯を頂きますが、構いませんか……?」
「はい。どうぞごゆっくり」
夕食後、部屋に戻ったリアナは、珍しく緊張したような様子で確認してから、着替えを持って部屋備え付けの湯船に向かった。
扉を閉める前に、ちらっと振り返ると、少し目を細めた。
「もし覗いたりしたら、分かってますよね……?」
「も、もちろん! こんなところで氷漬けにはなりたくないですから……」
「……よろしい。では」
そう言ってバタンと扉が閉まる。
待っている間、中からは水の音と共に、なにやら鼻歌のような声が僅かに聞こえてきた。
(お風呂……好きなのかな……?)
もちろん直接リアナに聞いたこともないし、とても聞けるようなことではない。
しかし、扉一枚しか隔てていないところに裸の彼女がいるということを想像すると、どうしても意識がそっちに向いてしまう。
それを振り払うように頭を振ったルティスは、意識を逸らそうと、ひとり魔法の構成を編む練習に意識を集中させた。
しばらくして――。
扉が開くとともに、中からまだほんのりと湯気の漂うリアナが出てきた。
ゆったりとしたバスローブ姿で、少し上気したその顔は、いつもより穏やかに見えて……。
ルティスはつい、ごくりと唾を飲み込む。
「ふぅ……。いいお湯でした。長湯してすみませんでした」
「い、いえ……。ご心配なく……」
「……? ……どうかしましたか?」
ルティスの声が気になったのか、リアナは少し身を屈めると、ずいっと彼に顔を近づけて、覗き込むように見上げた。
(むっ、胸が……)
本人は全く意識していないのだろうが、下着を身につけていない、柔らかそうな胸の谷間が、バスローブの胸元からしっかりと見えていて。
ルティスの視線はそこに釘付けになってしまう。
「…………ひゃあッ!」
その視線の向かう先にようやく気付いたリアナは、上気した頬を更に真っ赤にさせて、慌ててバスローブの胸元を押さえた。
「すっ、すみません! わざとじゃなくて……!」
「い、いえ……! 私もごめんなさい……」
リアナはそう言うと、
そして、目から上だけをちょこんとシーツから出して、じーっとルティスを観察する。
(……な、何だこの可愛い生き物は……!)
普段の凛とした立ち振る舞いとは全く異なる動き――まるで小動物のような――を見せられて、ルティスも顔が火照るのが自覚できた。
そして、つい――聞いてしまう。
「あの……リアナさん? 前からうすうす思ってたのですけど……。もしかして、リアナさんって……普段わざと冷たく振る舞ってません……?」
「…………!」
それを聞いて、リアナはピクッとその細い眉を動かした。
そして――。
「な、な、なにヲ言ってるんですカ? そ、そ、そんなコト……ありませんヨ……?」
リアナは裏返った声でそう答えた。
「それ、説得力ないです……」
「……きゅぅーっ」
唸りながら首を振る彼女があまりに可愛らしくて、彼女のベッド脇にしゃがみこんで間近で顔を見つめた。
無言でじっと目が合わせると、リアナはますます赤くなって、やがてシーツに目まで隠れてしまった。
そんな彼女に、そっと手を伸ばして、シーツからちょこんと出ている頭をそっと撫でた。
「……きっと、お嬢様のためにそうしてるんですよね? すみません、これまで気づかなくて……」
「…………」
そのまま無言でシーツに潜り込んだままだったリアナだが、しばらくするとゆっくりと目を出した。
そして――。
「……ぜ、絶対、漏らさないでくださいよ? お嬢様しか知らないことですから……。約束してくださいぃ……」
潤んだ目でそう呟いたリアナに、ルティスはしっかりと頷いた。
「はい、必ず。……だから、リアナさんも今まで通りでお願いします」
「うん……。がんばります……」
そう言って小さく頷く彼女の頭を、ルティスはしばらく撫で続けた。
◆
「くー……くー……。……むにゃ……むにゃ……」
深夜、ほんの小さなランプで部屋が薄明るく照らされるなか、ふと目を覚ましたルティスは、少し離れた隣のベッドでシーツに
目を閉じて気持ちよさそうに寝息を立てている姿は、とてもあの冷淡な『氷結の魔女』には見えない。
本来の彼女の姿が、あの可愛らしい少女の姿なのだとしたら。
これまで、どれほど自分を抑えて生きてきたのだろうか。
その気苦労は想像するだけでも大変なことに思えた。
それを知った今、ルティスは心に決めていた。
――偽って、いつも微笑みを浮かべているアリシア。
――偽って、いつも微笑みを閉じ込めているリアナ。
そのふたりのためにできる限りのことをしようと。
そう思いながら、もう一度枕に頭を乗せると、ゆっくりと目を閉じた。
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