第3章 視察旅行
第15話 出発
結局、あの精霊祭での事件は、クララの証言もあり、アリシアと似た少女を誤認した誘拐犯が起こしたものとして処理された。
……アリシアしか使えない聖属性の魔法を受けたことに、犯人たちが気づいていなかったのが幸いだったとも言える。
それから1ヶ月ほど経ち、日常に戻っていたルティスがいつものように屋敷の掃除をしていたとき――。
「……え? 視察旅行……ですか?」
ふらっと見回りに来たリアナから唐突に告げられて目を丸くした。
「ええ。お嬢様の正式な外交行事です。来週から1週間、隣のシルバーハイム伯爵領に出向きます。私はもちろん同行しますが……」
リアナはそこでいったん区切って、しばらく無言でルティスの顔を見上げた。
「…………リアナさん、怖いんですけど」
「……コホン。その護衛のひとりに、ルティスさん。あなたを推薦しておきました。正式に決まるかはお嬢様次第ですが、そのつもりで準備しておくこと」
「は、はいっ」
しっかり返事をすると、リアナは満足そうに頷いた。
「……ルティスさんも、
なぜか遠くを見て呟いたリアナに、ルティスは戸惑いながら声をかける。
「……リアナさん……?」
「あ、いえ……こちらの話です。仕事の気は抜かないように」
「はい、わかりました」
そう言ってリアナは去っていった。
(……機嫌良さそうだったな。今日の夕食は期待できそうだ)
こうも毎日頻繁に顔を合わせていると、全く表情に出さないリアナではあるものの、なんとなく機嫌がいいときがあるというのが分かるようになってきた。
……それは決まって夕食が肉料理のとき。
献立を決めるのもリアナの仕事だが、健康にも気を使っているから、偏った料理が出ることはない。
しかし、もちろん彼女にも好きな料理があって、そういう日は朝から機嫌がいいのだった。
そして――。
その日の夕食は、ルティスの予想通り、彼女の大好物であるハンバーグだった。
◆◆◆
「それでは行きましょうか、みなさん。よろしくお願いしますね」
「はい、アリシアお嬢様」
アリシアの視察旅行への出発の朝。
屋敷の前に並んだ3台の馬車と、護衛である騎士団兵士の前で、彼女は女神のような微笑みを携えていた。
シルバーハイム伯爵領までは馬車で2日。
途中にある街で一泊する予定だ。
今回は、アリシアが乗る馬車の前後を、護衛の騎士が乗る馬車が挟んで移動するという予定だ。
休憩場所に関しても、全て事前に計画が立てられていて、それを考えたのはリアナだ。
「ふふ、ルティスさんはこういうの初めてだと思いますけど、頼みますね」
「は、はい。お嬢様」
緊張しているように見えたルティスに、アリシアが声を掛けた。
そう、リアナが推薦していた通り、ルティスもこの視察旅行に同行することに決まっていた。
しかも、アリシアが乗る馬車にリアナと共に同乗するのだ。
同行することが決まってからも、ルティスはてっきり別の馬車に乗るとばかり思っていたのだが、当日になってリアナからそのことを告げられて目を丸くした。
「いってらっしゃいませ、お嬢様。お気をつけて」
「はい。みなさんも留守の間、よろしくお願いします」
馬車に乗り込んで出発する直前、屋敷に残る使用人たちから声が掛けられ、アリシアが手を振った。
そして、「出してちょうだい」の一言で、車列はゆっくりと動き始めた。
◆
馬車の中では、いつもの学園への登校のときと同じように、ルティスが荷物とともに前席に座り、後席にアリシアとリアナが並ぶ。
道の悪い街道を走るため、騒音が大きいこともあって、道中の会話は少なめではあるが、時々後ろでふたりが話をしているのが聞こえていた。
ちなみに、今回はリアナもメイド服ではなく、アリシアほどではないものの、それなりに華美なドレスを身に着けていた。
それはルティスも例外ではない。
シルバーハイムの街で開催される晩餐会には、身辺警護のためリアナと共に同席することが決まっており、そのための練習も積まされていた。
ただ、ルティスは劇団で役者をしていた際に、そういった役どころの経験もあった。その立ちふるまいには、指導しようとしたリアナが、珍しくも目を丸くしたことを微笑ましく思ったほどだ。
――そして、一行は順調に進み、リアナの立てた予定通りに宿泊地の街、ラフォレストに着いた。
◆
ラフォレストは、ムーンバルトとシルバーハイムのちょうど中間に位置している。
人口は少なめではあるが、名前の通り緑豊かで水のきれいな街だ。
馬車のまま街に入り、予約していた大きな宿の前でゆっくりと停車する。
「お疲れさまでした、お嬢様」
「リアナもね」
馬車を降りようとするアリシアに、リアナが声を掛けると、軽い調子で応じる。
その様子からすると、大きな疲労は無いように見える。
「んー、ずっと座っていると疲れるわねぇ。……ルティスさんはどう?」
「は、はい。これほど長時間馬車に乗ったのは初めてですので……少し肩が凝りました」
「ふふっ、でしょうね。……あとでリアナにマッサージでもしてもらったらどうかしら? ――ね?」
アリシアが含みのある笑顔でリアナに顔を向けると、リアナは「……ご遠慮します」と首を振る。
その様子を見て、アリシアは「相変わらずねぇ」と笑った。
そのときは、
しかし――。
「――って、えええっ! リアナさんと同室ですかっ!?」
宿で部屋に案内されるときにわかったこと。
それは、その日の部屋数が足りず、止む無くルティスとリアナが同室で宿泊することになっていたことだった。
「……だ、だってだって、仕方ないんです。空いていなかったのですから……。お嬢様と私が同室というのは許されませんし……」
部屋にふたりきりになった途端、普段と打って変わって、もじもじと言い訳するリアナがそこにいた。
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