第14話 一生の思い出

 アリシアが見たのは、倒れたルティスの身体から流れた赤い血だ。

 それがゆっくりと広がりながら、地面を濡らしていた。


 ただ、それをぼーっと見ている暇もなく、男はゆらりと立ち上がってアリシアを見た。

 顔を黒いマスクで隠されていて、表情は見えない。

 手に持つナイフがルティスの血で赤黒く光って見えて、傷が相当深いことを示していた。


 そのとき――。


「――荒ぶる炎よッ!」


 突然聞こえてきた女の声と共に出現した炎がその男の服を焼いた。


「……ぐぅっ!!」


 火を消そうと身体を叩く男に向けて、アリシアが咄嗟に魔法を放った。


「――光の奔流よ!」


 生まれた光は炎をかき消しながら、男を吹き飛ばし――そして、気を失ったのか動かなくなった。


「ル、ルティスさんっ!!」


 アリシアは慌てて倒れたルティスに駆け寄り、治癒魔法を唱える。


「――我が手に神の癒しを! 生命を満たせ!」


 まだ間に合う。

 そう信じてアリシアは魔法を掛け続けた。


 ◆


「……お嬢様?」


 それからしばらくして、ルティスはゆっくりと目を覚ました。

 すぐ側に、今にも泣きそうなアリシアの顔が見えて、その名前を呟く。


「……よかったです。間に合わなかったらどうしようかと……」


 記憶に無かったが、自分の服に目を遣ると、べったりと乾いた血が付いていた。

 これが自分の血であることは、なんとなく理解できた。


(刺されたのか……。俺……)


 まだ頭がぼーっとするが、状況からすると、刺された自分をアリシアが癒やしてくれたのだろうか。

 自分の油断が招いた事態に、アリシアを巻き込んだことを悔やむ。


「お嬢様は無事でしたか……?」


「はい。ルティスさんのおかげです。それと……」


 アリシアはそう言いながら顔を上げて、正面に立つふたりを見た。

 それに釣られて、ルティスもその方向に顔を向ける。


「……クララ。それにエリックも」


 そこには顔なじみのふたりが立っていた。

 クララは手に持っていた、先程爆風で飛ばされたアリシアの帽子をそっとアリシアに手渡す。


「はい、帽子……」


「本当に……ありがとうございました。……申し訳ありませんが、あなた方は?」


 その帽子を被りながら、アリシアはクララに尋ねる。


「わたしはルティスの同級生のクララです。コイツはエリック。……アリシア様ですよね?」


 『コイツ』呼ばわりされたエリックが肩を落とすのが見えたが、それは気にしないことにして、アリシアは小さく頷いた。


「はい。……どうしても精霊祭に来てみたくて、ルティスさんに頼んだのですが、大変なことになってしまいました。私はどうすればいいのか……」


 困った顔をするアリシアを見て、クララはエリックの襟首を掴んだ。


「……アリシア様は内緒で来られてるんですね? なら――ここはわたし達に任せて、早く帰ってください。なんとか誤魔化しますから」


 その話に、アリシアはしばらく唖然としていたが、やがて小さく頷いた。


「本当に申し訳ありません。……必ず。必ず、後でお礼します」


「そんなの気にしなくて大丈夫。――さ、早く。人が増えてしまいます。ルティスくんも立てる?」


「あ、ああ……」


 クララに促され、少しふらつきながらもルティスは立ち上がる。

 それを支えるようにアリシアが腕を持つと、彼女はクララに礼をして、歩き始めた。


 その後ろ姿を、クララはじっと見つめていた。


 ◆


 アリシアとふたり、屋敷にたどり着くと、裏門ではリアナが待っていた。

 彼女がふたりに気づき、そしてルティスの服に付いた血を見た瞬間、ほんの少し、リアナが顔色を変えたのがわかった。


「リアナ。すぐにルティスさんの着替えを。これでは目立ちます」


「承知しました。しばらく隠れていてください」


 小声でアリシアが伝えると、頷いたリアナはすぐに屋敷の中に戻っていく。

 そして、手にルティス用の使用人服を持って帰ってきたのは、ほんの僅かの時間のあとだった。


「……自分で着替えられますか?」


「え、ええ……」


 ルティスはすぐに服を脱ぎ、受け取った使用人服に着替える。

 脱いだ服を見ていたリアナがルティスに聞く。


「……ナイフ?」


「そうみたいです。……詳しく覚えていませんけど」


 実際、ルティスは刺された瞬間のことを覚えていなかった。

 気付いたときには、回復した後だったからだ。


「……詳しい話は後で聞きましょう。そっと部屋に戻ってください」


 ◆


 ルティスは裏門のところでふたりと別れて、できるだけ平静を保って私室に戻った。

 幸い、他の使用人たちと顔を合わせることはなく、胸を撫で下ろす。

 血の付いた服はリアナが処分するといって、そのまま渡してきた。


「はぁ……」


 あの服を見れば、かなりの血を流したことは間違いない。

 まだフラフラするのはそのせいだろうか。

 アリシアの強力な治癒魔法のお陰で傷は残っていないのが幸いだ。


 ルティスは立っていることも辛くて、どさりとベッドへと横になった。

 その瞬間、もう夜も遅いということもあったのか、あっという間に睡魔が襲ってきて――目を閉じた。


 ◆◆◆


 朝になって、ルティスはゆっくりと目を開けた。

 今日も学園は休みのはずだが、使用人としての仕事はある日だ。


 そのことに気づいて、慌てて身体を起こそうと――したが、力が入らなくて、顔をしかめつつもまたベッドに寝転がった。


「……おはようございます。ルティスさん」


「――えっ!?」


 そのとき、唐突に声が掛けられた。

 声の方を見れば、ヘッドボードの向こうから、自分の顔を覗き込むようにして立っているリアナがいた。


「うわぁあっ!」


 驚いて声を上げたルティスに、リアナは表情そのままに、口を開いた。


「……とりあえず、今日は休暇を与えます。良いですね?」


「え……? 今日は確か……屋敷の大掃除の日では……?」


 予定では、家具を動かして普段掃除できないところの埃を払う日だったはずだ。

 いつもの掃除よりも大変だから、今日は全員で取り掛かるよう厳命されていた。


「……今のあなたが動くと、それこそ他の人に迷惑です。大人しくしていなさい。あと――」


 リアナはベッド脇にゆっくり歩きながら続けた。


「全てお嬢様からお聞きしました。……お嬢様をお守りする役目だというのに、何たるていたらくですか」


「う……」


 確かに、油断さえしていなければ怪我もなく全員倒せていたはずだ。

 それを指摘されるのであれば、反論の余地もない。


「――ただ、これはルティスさんに任せた私の責任でもあります。これまでのあなたへの指導が甘すぎたのでしょう。私も反省しています。……回復したら、覚悟していてください」


「…………はい」


 これまでの訓練でもまだ甘すぎたと言い切ったリアナに、これからのことを憂う。

 毎日半殺しにされるんじゃないだろうか……?


 しかし、そのあとリアナはほんの少し口元を緩めた。


「……でも、お嬢様は『とても楽しかった。一生の思い出にします』と言っておられました。その点だけは、ルティスさん。あなたにお願いして本当に良かったと思っています。……ありがとうございます。今日だけはゆっくり休んでください」


「はい……! ありがとうございます」


 リアナはそう告げると、そのままルティスの私室から出ていった。

 厳しいことも言われたが、それは自分のミスだ。

 しかし、最後の言葉を聞いて、行ってよかったと思えた。


 少しでもアリシアにとって良い思い出になったのであれば、それは全てを帳消しにするほど意味があったことなのだと。


 ◆◆◆


【第2章 あとがき】

 前回同様、本編とは関係ありません(笑)


アリシア「ふー、色々あったわねぇ……」

ルティス「最初リアナさんに言われたときは、びっくりしましたよ……」


アリシア「ふふ。……でも、林檎の飴は良かったです。屋敷でも作ったりできないのかな?」

ルティス「リアナさんならできるとは思いますけど、ああいうのは外で食べるから美味しいんですよ」


アリシア「あー、確かにね」

ルティス「だから、また来年ですね」


アリシア「来年……行けるといいのですけど……」

ルティス「きっと大丈夫ですよ」


アリシア「ふふっ。楽しみにしておくね(ウインク)」

ルティス「(可愛い……)」


リアナ 「(柱の陰から)じー」


アリシア「あら? リアナじゃない。どうしたの?」

リアナ 「いえ、たまたま見かけましたので。どうしたのですか?(内心ドキドキ)」


アリシア「来年はリアナも一緒に行けると良いわね、精霊祭に」

リアナ 「私、行ったことないんですよね……」


ルティス「なら、みんなで一緒に行きましょう」

アリシア「両手に花ね。……ルティスさんはどんな女の子が好みなの? あのクララって娘みたいなのが良いの?」


ルティス「(お嬢様の顔が怖い……)え、いえ……その……」

リアナ 「ルティスさんはいつも女の子ばっかり見ていますから」

アリシア「え? そうなんだ……」


ルティス「そ、そんなコトありませんって!」

リアナ 「それに、私の着替えを覗いてたことも……」


アリシア「へぇええぇ……(怒)」

ルティス「(ガクブル)それは、偶然ですっ!」


リアナ 「……さ、ルティスさん、そろそろ魔法の練習に行きますよ」

ルティス「ええっ! 今からですか?」


リアナ 「当然です。刺されて怪我するなんて、修行が足りません」

ルティス「うう……(泣)」


アリシア「あ……(行っちゃった。……まぁいいか、宣伝しておこう)」


アリシア「さて、第3章は少しこれまでと話が変わります。お楽しみにー。……もちろん、私のために★も入れてくれますよね?(ウインク)」

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