第13話 闇夜の襲撃
「……あの子、誰なんだろう? 見たことないけれど……」
少し離れたところからふたりを観察していたクララは、小さな声で呟いた。
妙に親しそうに見えるのだが、クララの知る限り、ルティスにそういう関係の女性はいないはずだ。
特に、最近は侯爵令嬢であるアリシアの屋敷に住み込みで働いているはずだから、外で新たな出会いがあるとは考えにくい。
(それに、元々予定があったなら、わたしが誘ったときにすぐ断ると思うし……。となると、その後で予定が入ったとしか……)
となると、同じ屋敷で働く同僚の使用人とかだろうか。
年代的に思い当たるのは、
ただ、リアナは確かもっと背も低くて小柄で……なによりも、あんな笑顔を見せるなどあり得ない。
(まさか……)
消去法で残るのは、アリシアしかいない。
その可能性を考えて、じっと特徴を観察する。
帽子に髪を全部入れているようで色がわからないが、背格好はだいたい近いくらいだ。
そして、目立つ黒縁メガネは、顔を隠すためのものではないだろうか。よく見れば、整った顔立ちをしているのがよく分かる。
(やっぱりそうだわ……! 間違いない……)
他に護衛などがいないところを見ると、お忍びで出てきたのだろうか。
いつの間にルティスとそういう関係になったのかは分からないが、少なくとも彼を信用していないとあり得ない話だ。
(…………って、あれは……?)
歯噛みしながら見ていると、ルティスたちの向こう、クララから見てちょうど反対側に、自分たちと同じように木の陰から様子を見ている人影が目に入った。
楽しそうに歩くふたりは気づいていないようだけれど、何人かの男がふたりの後を尾けているように見えた。
それとも、彼らがアリシアの護衛なのだろうか……?
「……エリック、あの向こうの木の陰の人、見える?」
「ん? ああ……」
横にいるエリックにも聞くと、すぐに見つけたようだ。
「なんかわからないけど、あやしい。……そっと追うわよ」
「わかったよ……」
◆
石碑からの帰りにも気になる露店に寄っては、買い食いをしたりクジを引いてみたりと、アリシアに付き合った。
楽しそうにあっちこっちに目移りする彼女が微笑ましくて、ついつい長居してしまい、もう時刻は21時を回っていた。
「もう寄りたいところはないですか?」
人も少なくなってきた頃、ルティスはアリシアに聞いた。
「……名残惜しいですけど、そろそろ帰らねばリアナが心配しますね」
「そうですね。……どうでしたか? 精霊祭は」
「はい! こういうの、初めての経験でしたので……すごく楽しかったです」
ルティスが尋ねると、アリシアははにかんだ笑顔で彼に向き合った。
「それは良かったです。俺も、リシアさんと来れて楽しかったです」
「ふふっ、ありがとうございます。……一生の思い出になりました」
「はは、そんな大げさな……」
「いえ……」
ルティスが笑うと、アリシアは寂しそうな顔を見せる。
「……もしかしたら、これが最初で最後かもしれませんから。しっかり目に焼き付けておきたいです」
「お嬢様……」
その顔を見て、改めてアリシアの立場を実感した。
今まで知らなかったが、それほどまでに自由がないことを知る。
屋敷と学園とを往復するだけの毎日。
それも、馬車で移動するため寄り道も許されない。
屋敷の中ではのんびり散歩をしているのをよく見かけるが、外に出ることが滅多に無いのは、行きたくないわけではなく、
「さ、帰りましょうか」
「はい」
アリシアがそう言って、歩き始めたときだった。
――ドオンッ!!
「お嬢様ッ!」
すぐ近くで大きな爆発音がして、ルティスがアリシアを庇うため、彼女の手を強く引いた。
「――キャアアアッ!!」
「うわあっ!」
近くにいた人たちの悲鳴と、驚きの声が響く。
爆発系の魔法かなにかだろうか。
爆風に煽られて、アリシアの帽子が飛ぶと同時に、その中に仕舞っていた長いブラウンの髪がぱさりと落ちる。
しかし、今は彼女の正体を隠すことよりも、この場をなんとかしないといけない。
「――だ、大丈夫ですかっ!?」
「え、ええ! 私は……」
戸惑うような声色ではあるけれど、怪我などの心配はなさそうだ。
回りの人が逃げるなか、ルティスはすぐに爆発があったほうに視線を向けた。
(何があった……!?)
こんな場所で事件が起こるというのは今まで聞いたことがない。
基本的にムーンバルトの街は普段から平和なのだから。
ただのテロや愉快犯の可能性もあるが、考えられる最も最悪なのは……アリシアが狙われている、という場合だ。
彼女ほどの立場となれば、身代金目当てに誘拐犯が狙うことも各地で頻繁に起こっていることだからだ。
いつでも防御壁を展開できるように、集中しながら様子を伺っていると、爆発の起こった方向から複数の人影が近づいてくるのが見えた。
(――魔法が来る!)
ルティスには、なんとなくそれが感じ取れた。
それは、リアナと練習をしているときにも最近感じることで、魔法が放たれる直前の魔力の
「――守りの盾よ! 我が身を包み込め!」
二度目の爆発が起こるよりも一瞬早く、ルティスの張る防御壁が開く。
――ゴウン!!
放たれた魔法は防御壁によって弾かれ――。
「聖なる光、我が手に祝福を。……闇を打ち破り、光を満たせ!」
すかさずアリシアが詠唱すると、周囲が一瞬まばゆい光に包まれる。
それはルティスも見たことがなく、どんな効果がある魔法かもわからないが、アリシアが得意とする聖属性の魔法だった。
限られた血筋の者しか扱えない特殊な魔法だと学園でも習っていて、この近隣ではムーンバルト侯爵家のみが使えるという話だ。
――キン!
アリシアの放った光は、甲高い音を立てて弾け――そしてスッと消えた。
(――すげぇ!)
目を凝らして光の先を見ると、気を失っているのか、ひとりの男が倒れているのが分かる。
しかし、人影はひとりではなかったはずだと気付いたとき、視界の脇から勢いよく飛びかかってくる黒い影が目に入った。
ルティスは咄嗟にその影に向けて魔法を放つ。
「――雷光よッ!」
それは威力の弱い簡易詠唱の魔法だが、リアナとの練習では主にそういった魔法を繰り返し実践していた。
威力が弱い代わりに、溜めがなく直ぐに発動できるし、連続して使うことも可能だ。
以前のルティスは強力な魔法を使うことにばかり意識が向いていたが、実戦ではむしろこのような魔法のほうが役立つことをリアナから学んでいた。
――バチッ!
「――ぐッ!」
雷魔法が直撃した男は、苦悶の声を上げて動きを止め、蹲った。
「やったか……?」
その様子に安堵したルティスは、ほっと一息つく。
だが――。
「――くっ!!」
突然死角から飛び出してきた人影に気付く。
しかし目に入った時には、構えも間に合わず――アリシアからは、ルティスと男が交差したように見え――彼は地面に倒れ込んだ。
「ああっ! ルティスさんっ!!」
闇夜にアリシアの悲鳴が響いた――。
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