第12話 願いごと
「わ、なにこれっ! おっきな飴!? ――え? これ
石碑に向かうまでの道。
露店に並ぶ真っ赤な飴を見て、アリシアは子供のようにはしゃいだ声を上げる。
林檎を溶かした飴で固めたもので、それに手で持てるよう串が突き刺さっていた。
「ああ、それ中は林檎なんですよね。外側は飴ですけど」
「へえぇー。か、買ってもいいかなぁ? 良いよね??」
ワクワクしながらルティスに確認するアリシアは、まるでおもちゃを見つけた子犬のようだ。
しかし、買うかどうかを決められるのは当のアリシアである。
「良いと思いますよ。お腹を壊すようなものでもないですし。ただ、小さい方にしておいたほうが良いです。さっき言ったとおり、中は全部林檎ですから、すぐお腹いっぱいになります」
「うん、わかったわ。――おじさん、この小さいほう、ふたつくださいっ!」
「あいよっ! ありがとうね、お嬢ちゃん」
そして、アリシアが露店の店主にお金を支払おうと、財布から金貨を取り出して「これで」と手渡した。
それを受け取った店主は目を丸くする。
「こ、これ金貨じゃねぇか。――ちょっと待ってくれ、お釣りあったかなぁ……」
困ったような顔をして、店主がお釣りを探しに行こうとしたのを、アリシアが引き止める。
「あ、お釣りは良いですよ。そのまま受け取ってくださいな」
その言葉に、ルティスは驚く。
今アリシアが渡した金貨は、下手するとこの露店の今日一日分の売上より多いくらいだ。
それをたった2個の飴を買うために渡すなんて、普通じゃない。
「いやー、流石にそういうわけにもいかんでなぁ……」
露店の店主も困った顔をする。
(そういや、念のために……)
ルティスが自分のポケットをまさぐると、あった。
リアナに「お金はいらない」と言われていたが、何かあったときのためにと、お金を持ってきていたのだ。
慌てて、そのお金――銀貨を店主に手渡す。
「代わりにこれでどうです? 足りると思いますが」
「お、兄ちゃん、ありがとう。十分さ。――お嬢ちゃんにはこれ返すよ」
店主は金貨をアリシアに返し、ルティスから銀貨を受け取ると、お釣りを手渡してきた。
「また来年も来てなー」
「ありがとうございます」
店主から飴を受け取ると、アリシアは丁寧にお礼を言って、嬉しそうに笑顔を見せた。
そしてすぐにその飴を口に寄せた。
「あまっ! 美味しいですわっ」
飴をペロペロと舐めながら、アリシアは感想を言った。
「ただの飴なんだけど、こういうところで食べると美味しく感じますね」
「ええ、本当に。……ルティスさん、お金ありがとうございました」
ペコリと頭を下げて礼を言うアリシアに、ルティスは照れた顔をする。
「いえ、お金持ってきていてよかったです。こういうところじゃ、金貨は使えないと思ったほうが良いです」
「そうみたいですね……。私、全然知らなくて。でも困りました。今日金貨しか持ってきていないの……」
飴を舐めながらも、困った顔をするアリシアに、ルティスはポケットの中を確認してから答えた。
「大丈夫ですよ。露店で買うくらいのものなら、俺が持ってきてるお金でなんとかなりますから」
それを聞いて、アリシアはぱっと笑顔に戻った。
「ありがとうございますっ! このご恩は一生忘れませんから……」
「そんな大層なものじゃないですって……」
アリシアの笑顔に照れながら、ルティスは頬を掻いた。
(結構……子供っぽいところもあるんだな……)
普段は女神のような、落ち着いて穏やかな微笑みを携えている彼女だが、今は年相応か……むしろもっと子供のような明るい笑顔を見せてくれていて。
妹でもできたかのような気分にさせられる。
本当の彼女はこういう気さくな性格なのだろうと思うと、願わくば今だけでもこうして普段の重荷から解放されて欲しいと思えた。
◆
ちょうどその頃、クララも精霊祭に足を運んでいた。
そのとき、たまたま人混みの中に見知った顔が見えて、同行していたエリックに聞いた。
「――あれ、ルティスじゃない?」
「本当だ」
エリックも頷く。
クララから、「ルティスが行けないみたい。あなた行かない?」と声を掛けられていたのだ。
自分は以前からクララが気になっていたから、それにふたつ返事で頷いた。
ただ、クララはルティスに好意を寄せているようで、友人として度々相談に乗ってもいたから、複雑な気持ちはある。
遠くからルティスを見ていると、どうやらもうひとり連れがいるようだ。
薄暗くてよくわからないが、それは女性のようで、そんなふたりが林檎の飴を並んで食べているのが見えた。
「……ふーん、わたしの誘いを断って、他の娘とデートなんだ……。仕事だって言ってたのに……」
ポツリとクララが呟く。
(ま、まずい……!)
静かに怒っているような気配がクララから感じられた。
その証拠に、彼女の周りの温度が少し上がったように思える。
クララの得意な炎属性の魔法が、感情とともに漏れ出ているような……。
「まぁまぁ。落ち着こうぜ……」
「……わたしは十分落ち着いてるよ? ……尾けるよ?」
――絶対落ち着いてない!
と、エリックからは断言できたが、今それを言うと、自分がとばっちりを受けることは間違いない。
1学年下のツートップがあまりにも飛び抜けているから目立たないが、クララは同学年の中ではトップクラスに優秀なのだから。
「お、おう……」
エリックは仕方なく、クララに恭順の意を示した。
◆
石碑の前に着いたふたりは、順番待ちの列に並ぶ。
皆、ここに来るのが目的なのだから、当然多くの人が並んでいた。
「ルティスさんは、何をお願いしますか?」
アリシアはルティスの顔を覗き込むようにして尋ねた。
リアナに比べると長身だけど、それでもルティスから見れば小柄な彼女が、上目遣いに見てくることにドキッとする。
「え、えっと……。早く借金が返せますように、かな。……って、そんなの自分で頑張れよって話だとは思うのですが」
「ふふっ、そうですね。……もし、借金がなくなったら、ルティスさんはうちで働くのを辞めてしまいますか?」
「――え? あまり考えたことがなかったのですけど……どうでしょうか?」
確かに、言われてみると自分が働いているのは借金を返すためだ。
となれば、無くなってしまえばその必要はなくなる。
……とはいえ、学園を卒業したあとは、どこかで働く必要がある。
元々は、騎士団に魔法士として仕えることを目標にしていたのだが……。
「確か、ルティスさんは騎士団志願でしたよね? その場合は、普通ならお父様に仕えることになるわけです。……でも、もしルティスさんさえよろしければ、このまま屋敷で働いていただいて、卒業後は屋敷の衛兵になるというのはどうでしょう?」
「え……! 良いのですか……?」
それは魅力的な提案に思えた。
いずれにしても、ムーンバルト家に仕えることは変わらない。
アリシアに仕えられるのであれば、むしろ願ったり叶ったりだ。
「ふふっ。そのほうがきっとリアナも喜びますもの」
「……うっ」
唐突に鬼上司の名前を聞いて、ルティスは苦笑いをした。
これからもずっと、今のように厳しく言われ続けるのに、耐えられるのかどうか自信はなかった。
「あ、そろそろ順番ですわね」
「みたいですね」
話をしているうちに列が進んで、あと少しで自分たちの順番が来るようだ。
詳しい作法などは知らないが、先に祈りを捧げている人たちを観察する。
そして――自分たちの順番が来た。
ふたりは石碑の前に並んで、両手を組んで祈りを捧げる。
アリシアが何を願っているのか、ルティスにはわからない。
聞けば教えてくれるかもしれないけれど、なんとなく、それを聞くのは失礼に思えて。
ルティスは自分の願い事を、ひとり小さな声で呟いた。
「――さ、ゆっくり見物して帰りましょうか」
「はい。そうですね」
顔を上げたアリシアは、足取り軽く石碑を離れる。
ルティスもそれに続いた。
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