第11話 精霊祭
ルティスはリアナに命令された通り、18時が来る5分ほど前に、屋敷の裏門に来た。
まだ時間が少し早いこともあって、そこには誰もいない。
(怖えな……)
時間が迫るにつれ、緊張で心臓の動きが早くなってくるのを感じる。
それとともに、喉の乾きが気になった。
水でも……と思ったが、時計を見るともう時間がなく、その場を離れるわけには行かなかった。
「お待たせしました」
そんなことを考えてると、屋敷のほうから聞き慣れた声が耳に入った。
リアナの声だ。
ルティスが振り返ると、そこにはふたりの女性。
(ん? 誰だ……?)
ひとりはいつものメイド服のリアナだが、もうひとりは……?
太い黒縁メガネを掛け、目深に帽子を被った地味な格好の女性なのだが、ルティスの記憶にはなかった。
「ルティスさん。今日はこの方を精霊祭に案内してあげてください。……粗相のないように」
「は、はい……!」
リアナの頼みに、すかさず返事をしてから、ルティスはその地味な女性を見た。
ルティスと目が合うと、整った女性の口元が少し緩んだように見えて――。
ハッと気付く。
「――え!? まさか、お嬢――いてッ!」
つい声を上げてしまったルティスの頭に、すかさずリアナの魔法による氷の塊が飛んできて、ゴツンという音と共に視界に火花が飛んだ。
「違います。この方はリシア様といって、私の友人です」
「ええっ! どう見ても……」
どう見てもアリシアなのだが、リアナは頑なにそれを認めない。
そのやりとりを見ていた女性――変装したアリシア――が「ふふっ」と笑った。
「もう良いのよ、リアナ。……ルティスさんもごめんなさいね。どうしても精霊祭に行ってみたくて」
「お嬢様なら、普通に参加することもできるのでは……?」
ルティスが聞くと、アリシアは小さく首を振った。
「そうですけど、いっぱい護衛付けて見て回るだけなんて、楽しくないもの……。でも、ひとりでは怖くて。お願いできるかしら?」
「え、ええ……。構いませんけど……。それならリアナさんと行かれては……?」
「それも考えたんですけど、リアナが屋敷を抜けると、私が居ないことがすぐバレちゃうもの。だから……ね」
顔の前で両手を合わせてお願いのポーズを取るアリシアに、ルティスは頷くことしかできなかった。
◆
アリシアは屋敷を出ると、ルティスと並んで歩きながら、精霊祭の会場である小高い丘に向かっていた。
ムーンバルトの街の中にあるその丘には、古びた石碑があって、なにやら読めない古代文字が書かれている。
精霊祭はその石碑へと続く道沿いに、ロウソクの明かりがずらりと並べられ、街の人々が石碑に向かって願い事をするのが習わしだ。
とはいえ暗い祭りではなく、その道中には露店が立ち並ぶ。
子供から高齢の住民まで、賑やかに祭りを楽しむのだ。
「ふふっ。リアナ以外の誰かとふたりで出かけるなんて、初めてよ」
「お嬢様……」
楽しそうに笑うアリシアに声を掛けようとしたとき、彼女は指を口に当てて「しー」っと言う。
「外ではそんな呼び方しないで。誰か聞いてるかもしれないもの。……そうね、折角だからリシアでいいわ」
「は、はい……」
緊張しながら返したルティスに、アリシアは大きく伸びをしながら目を細めた。
「ルティスさんは精霊祭に行ったことあるんですよね?」
「ええ、毎年行ってましたよ」
「……ガールフレンドと?」
「――へぇっ? い、いや。そんなのいませんって」
突然のことに声が裏返るが、慌てて否定した。
確かに昨年はクララと行ったが、彼女はガールフレンドなどではなく、あくまで昔馴染みの友人だ。
「ふーん。……リアナが言ってたのは嘘なんだ?」
「あの……誘われたのはそうですけど、別にガールフレンドという訳では……」
「そうなのね。……でも、もしかしたら向こうはその気あったのかもね? ふふっ」
アリシアが笑う。
ルティスはクララの顔を思い出してみたが、そんな素振りがあったようには思えなかった。
「まさか! 俺なんて落ちこぼれですから。そんな……」
「そうかしら? リアナはあなたを評価してるわよ? それに私も……」
「そ、そうでしょうか? リアナさんにはいつも厳しいことしか言われませんけど……」
魔法の練習をしていても、リアナからは「中等生以下の下手くそ」だの「脳みそ入ってないんですか?」だの、厳しいことしか言われないのだから。
「ふふっ。本当にそうだったら、リアナは最初からあなたに教えたりしないわよ。もうリアナのこと、だいたい分かってきたでしょう? あの子、本当に素直じゃないんだから……」
確かにリアナの性格ならば、見込みがなければ早々に見切りを付けてしまいそうでもある。
そう考えれば、まだ少しは自分の成長に期待してくれているのだろうか。
「だと……良いんですけど」
「ま、私にもよくわからない時があるけれどね、リアナの考えてること。だから、たぶんとしか言えないけれど」
「あはは……」
少し濁したアリシアの言葉に、ルティスは苦笑いを浮かべた。
それからしばらく会話なく道を歩き、ようやくロウソクの明かりが見えてきた。
「そろそろですよ。お嬢――いえ、リシアさん」
「みたいね」
暗くてわかりにくいが、多くの人影が露店の明かりに照らされているのが目に入る。
楽しみなのだろうか。心なしか、アリシアの歩みが早くなった気がした。
「リシアさんは、精霊祭に来たことは?」
「……3年くらい前に1回だけ。でも、ずっと周りに護衛つけられてたし、毒でも盛られたらって言って、何も買わせてくれなかったの」
「すみません……。そんなこと聞いて……」
寂しそうに答えたアリシアにルティスは罪悪感で胸が痛む。
確かにそれでは楽しくなんてなかったのだろう。
「いえ、良いのよ。仕方ないことだから。……だから今日はやりたいこと全部やるって決めてるの。よろしくね」
アリシアは顔を上げて笑顔を見せた。
(可愛い……)
地味な格好をしているとはいえ、それでも女神のようなその笑顔には癒やされる。
彼女は普段から学園でも笑顔を振りまいているが、どこか……作ったような表情に見える時があった。
しかし、今の笑顔にはそんな様子もない。
「はい。お任せください!」
ルティスは彼女に向かって、大きく胸を張ってそう答えた。
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